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内藤直子 刀剣を語ることば[『図書』2026年2月号より]

刀剣を語ることば

 

刀剣の難しさ

 刀剣、刀装具に関わって30年が過ぎた。私の専門は刀装具なのだが、研究機関や博物館に所属する刀剣研究者の数が少ないことや、折からの刀剣ブームもあって、執筆や講演の依頼は刀装具よりも刀剣のほうが圧倒的に多く、依頼を受けては幾度となく書き、話してきた。しかし実のところ、こと刀剣については、自分が納得いく仕上がりだと思えたことが少ない。その理由は、自分でもわかっている。刀剣に関する事象があまりにも幅広く、歴史から科学にまで及ぶその知識を完全に習得することが困難であることに加え、刀剣の美しさや畏れを言葉で表すことが難しいからである。

 刀剣は刃物であり、だれしもが畏怖を覚える。刃物としての狂気と、静かなる高貴が共存する刀剣を表現するとき、その作業を少しでもおろそかにすると、たちまちことばは下品なものになってしまう。ほかの美術品であればさして目立たないだろうちょっとしたことばの選択のずれが、刀剣の場合は際立ってしまう。

 表現という点では博物館で作る刀剣展のポスターも同じである。刀剣の展覧会ポスターほど難しいものはない。配色や配置、デザインに緊張感をちょっとでも欠くと、たちまち「刃物の紹介ポスター」のようになってしまう。刃物の中にある「美」だけを際立たせるには、細心の注意と最善の選択が不可欠なのである。

 話が飛ぶようだが、商売人の方もまた同じである。刀剣商、などと聞くと、恐ろしげな世界を想像されるかもしれないが、実のところ上質な作品を扱っておられる刀剣商さんは全くもって紳士であり、“切れ物”を扱うからこそ、いつもパリッとして見えるよう、身なりへの気配りを欠かさない。日本の老舗の古美術店が伝え継いできたいい慣習も刀剣商にはかなり残っている。商売である以上収益を上げることは必須だが、それでも、この刀剣を商っていい相手かどうか、どのような刀剣をどのようなお客さんに持っていただくか、と自律的に交渉を進められる。刀剣に関わる全ての人が、刃物であるゆえの怖さと難しさを自覚し、思慮深くそれぞれの役割を果たしている。難しいからこそ、集う人々にも良識が求められている。このような刀剣社会の伝統的な不文律が、この世界の秩序と魅力を維持しているように思う。

知識とことば

 そんな刀剣を語るには成熟したことばが、そしてそのことばを繰り出すには裏付けとなる知識が必要である。知識があることと、その知識を熟させてことばに変換すること、その双方が揃って初めて、刀剣を美しく語ることができる。

 現在において、最も優れた刀剣作品の語り手だと思うのは、日本美術刀剣保存協会で長く刀剣鑑定に従事されてきた、田野邊道宏氏である。私とは年齢差もあり、お電話でお話したことはあるがお会いしたことはなく、一方的に文章に接しただけの関係である。

 田野邊氏による解説文の一例を挙げよう。解説は全体から始め、徐々に細部へと移行するのが定石である。この解説も同様の構成だが、冒頭にある全体の寸法説明は省略し、続く部分から引用する。

 

(前略)反りが九分九厘あり、(こし)()りで(ふん)()りつき、優美な曲線を描き、先の方に行って反り緩やかとなり、(ちゅう)(きっさき)に結んでいます。鍛えは、()(にえ)()(じん)に厚く敷いた梨子(なし)地肌(じはだ)が実に美しく、(はき)(おもて)(あん)(たい)をともなう地斑(じふ)(うつ)り立ち、()ぐ調に小乱れ・()(ちょう)()()()の目を交え、足の入った(やき)()には眩いほどの()(にえ)が輝き、見事な(におい)(くち)の冴えをみせています。(後略)
※読みやすくするため適宜句点を足した。

 

 多くの人にとっては暗号のような専門用語が列挙されていて、まるで外国語のように見えるだろう。外国語訳と同様、わかりやすくするために一部順序を変えながら訳してみる。

 

 この刀の反りは約3センチ。腰元で反り、そのカーブは先の方に行くと緩やかになる。反り全体は優美な曲線を構成する。柄に近い部分の身幅が先端側の身幅より広く安定感と力強さがある。鋒の大きさは中くらいである。

 地鉄の鍛え目の状態は、沸という鉄の粒が、まるで漆工の梨子地のようにくまなく細やかに敷き詰められるように見え、そのきらめきが美しい。

 表(刃を下にして(はい)(よう)した場合の表側)の地鉄には、親指で押したような暗い影に見える一帯がある。刃文は直線状であるが、定規で書いたような直線ではなくわずかに乱れたり、丁子(クローブ)状の小さな房が交じったり、小さな半円状となる箇所がある。刃文の縁からは刃先に向かって筋が入り、刃の縁には鉄の粒子がきらきらと輝き、明るさと強さを備えている。

 

 苦しみつつ訳したが、果たしてどちらがいい文章だろうか。

 同じ内容であればだらだら説明するよりも簡潔である方が文章としては美しい。なにより、個々の伝統的なことばが持つ余情は、訳文では反映しきれず、こぼれているように思える。

 昨今の世の中は、わかりやすく表現することが美徳であるという価値観に支配されている。特に新聞やテレビなどのメディアに情報提供する場合にはこの点を強く求められる。しかし、私がここで書いた訳文には原文のことばの持つ奥行きはなく、その意味ですでに同一ではない。難しい内容を訳した文章としては成立しているし、少しでも多く理解できる内容を提供することには意味も意義もあるのだが、私たちはこれが「同一ではない」ことを自覚しなければいけない。刀剣を語ることばの難しさは、それが置き換えがたいことばだというところにあるのだ。

 田野邊氏の文章は、読むとその刀剣の魅力が一層際立ってくる。

 

世上、本作が(くに)(なが)中で最も古調を示す出来とされていますが、私見では元々は鶴丸風の刃文であったものが後天的に()(にく)が落ちて今日のいっそう古びて見える(におい)(ぐち)の状に変容したものと考えます。(田野邊道宏『日本刀 五ヶ伝の旅 山城伝編』目の眼、2015年)

 

 要するに、時代を経て研ぎ減ったため当初の状態から変化を遂げた刀剣、あえて悪意のある言い方をするならば、研磨によって痩せてやつれた刀剣に対し、その客観的な所見をゆがめることなく、しかし作品の状態が損なわれたというニュアンスのない、作品価値を貶めないことばで綴られた作品解説である。この慎重なことばの選定には、田野邊氏の作品への理解と敬意、そして長年刀剣をことばで表現してこられた経験に根差す的確さがそなわっている。ですます調であるのもいい。刀剣が刃物であるがゆえに、品位を保つうえで、この文体は生きてくる。

 もちろんこれは、田野邊氏の圧倒的知識という裏付けがあって実現しているのであり、深い知識なく真似できるような芸当ではない。しかし、知識だけ持っていれば優れた文章が書けるわけでもない。世の中には、知識だけが列挙された本も多数あるが、たいていの場合どれを読んでも、作品の良さがそのことば数以上には伝わってこない。それどころか、事実を超えた情報が強いことばで発信されているものもあり、閉口する。

 私が理想とするのは、刀剣作品の良さや品格が、筆者が選択したことばから匂い立ってくるような文章である。

 しかし私自身は、刀剣の知識は田野邊氏に遠く及ばない。『Savoir & Faire 金属』(エルメス財団編、岩波書店、2025年10月)の執筆オファーをいただいたときも、自分より刀剣に詳しい方はたくさんいると思い、いささか困惑した。しかし、同封されていた『』(同、2023年)を読み、わざわざ指名された意図を察した。本書では刀剣、刀装具の金属としての美を、選択されたことばと文で表現することを優先されているのだと解した。

 不足する知識はなんとか補い、刀剣に無縁の、しかし日本の金工文化に興味を持ち、理解したいと思われている方々に刀剣、刀装具の魅力を伝えられるようなことばを私なりに選択し、日本の造形史の一角に刀剣、刀装具を位置づけた。

 当初は、自分が得意とする刀装具についてもっと書く予定だったが、今回の仕事が刀剣と正面から向き合う最後の仕事になるような気がして、結局紙面の大半を刀剣に費やすことになった。

本間順治『日本刀』

 刀剣の勉強をしたいのですが何を読めばいいですか、という質問をこれまで幾度となく受けてきた。実のところこれという回答がなくずっと困っていたが、この悩みは数年前に劇的に解消された。岩波新書の『日本刀』が復刊されたためである。

 活字となった日本刀の名著を一冊挙げよといわれれば、本間順治『日本刀』を選ぶ。もちろん田野邊氏の本もいいのだが、その趣旨もあって専門性が強く、全体像を知るには向かない。その点で『日本刀』は最初に手にする本として簡潔かつ過不足がない。やや古文調ではあるのだが、ここは乗り越えて読んでいただきたい、と言い添えて推薦している。

 本間氏は薫山の号で知られる刀剣研究者である。そして本間薫山と佐藤寒山(佐藤貫一)の両氏が昭和の刀剣研究の双璧であることはこの世界では周知の事実であるが、両氏とも、私が刀剣の世界に入る前にすでに鬼籍に入られている。本間氏の細やかなまなざしでまとめられた古刀研究は今なお学ぶべきことが多く、一方佐藤氏は、ダイナミックな視点で刀剣に対峙しており、特に新刀研究に明るい。

 刀剣の世界で用いる古刀、新刀、の語について補足しておくと、刀剣史では、慶長元(1596)年以降幕末までの作を新刀、それ以前の作を古刀、と呼び分けている。雑駁にいうならば、江戸時代の刀を新刀と呼んでいるのだな、という理解で概ねいいだろう。昭和の双璧たるお二人は、意図してかどうかはわからないが、古刀と新刀でそれぞれ得意分野を担っていたことになる。

 『日本刀』は昭和一四(1939)年初版である。概説書という性質から、淡々と、しかし学術的に事実を正確に伝える姿勢で一貫し、記されている。

 実はその後昭和26年に、本間氏は「日本古刀史」で國學院大學の博士号を取得することになる。つまり、同論に先立って著された本書は、後に集大成される膨大かつ子細な研究内容をすでにある程度手元においた状態で書かれた概説書なのである。それゆえに『日本刀』を読むと、本間氏の深淵なる研究の上澄みに触れているような感覚になる。同書が名著である最大のゆえんはこの点にある。

名刀の要件

 ところで、これまでの刀剣研究者、刀剣愛好家は名刀をどのように定義してきたのだろうか。ある程度刀剣に接してきた人であれば、「これは名刀だね」と言いたくなる刀剣は大体共通しており、意見が分かれることはまずない。ただ、名刀の要件を言語化しようとすると、そこには微妙に個人差があらわれそうな気がしていて、いつかこの点を調べてみたいと思いながら、いまだ着手できずにいる。

 ちなみに『日本刀』では名刀についてこのように述べている。旧字・旧仮名遣いは新字・新仮名遣いに改めて引用する。

 

 我が国の名刀の定義には良く切れる、折れない、曲らない等の実用的の条件が具備している以上に崇高なる品格と美しさとを兼備したものでなければならぬ。単なる鋭利のみの点に(つい)ては平安朝時代の作と室町時代の作の間にさまでの優劣はないであろう。(しか)も世に宝刀として或は名刀として珍重されているところのものは殆ど平安朝時代と鎌倉時代の作に限られているのは、実用以上の点を重視しているのである。

(中略)刃文に就ては(中略)種々の模様があるのは全く実用的の必要からではなく、求美の心から出ていることであり、更に地は青黒く刃は白く濁りなく研ぎ澄ますことの如きも同様であって(後略)

 

 本間氏は、刀剣の実用性に加えて「崇高なる品格と美しさ」を名刀の要件とし、その要件を備えているのは平安時代から鎌倉時代にかけての刀剣であると記す。そして日本の刀剣のさまざまな刃文や必要以上に美観を整える研磨といった、実用的には不要な特徴を備えていることがその証左だと考えている。

 この名刀観に異論をはさむ余地はないが、ここまで書き進めてきて、『金属』中で自分が、同じ内容を違う表現で述べていたことに気づいた。もちろん同書執筆時に本間氏のこの言説を見たり参照したわけでもないし、意識もしていない。

 刀剣をめぐる実用性と実用性以外の美という問題の所在地は同じなのだが、私と本間氏とでは、言語化したときに微妙に違う表現となったようだ。問題の所在地も所見の方向性も同じであり、その違いは誤差とも取れる。しかし私と本間氏の表現の違いは、とらえている部分が微妙に違うために生じているような気もするし、そのわずかだと思っている違いが実は大きいのではないかという予感もある。いつか書き手ごとで異なる刀剣の美のことばを集めて検証してみたい。

 最後に余談だが、博物館の学芸員として刀剣を展示してきた経験から、これは「名刀」の特性ではないだろうかと思っていることがひとつある。

 刀剣は光を当てないと()(がね)(鍛え肌ともいい、鉄を折り返し鍛錬することによって生じた鉄地の肌模様)や()(もん)(焼き入れを行うことで生じるさまざまな刃の模様)の鑑賞ポイントが見えないため、展示ではライティングが非常に大事である。光を当てる角度ひとつで見えたり見えなかったりするデリケートな作業で、私は数えきれないほどの刀剣に光を当ててきた。そんなこれまでの展示経験の中で、名刀と呼ばれている刀剣の多くに共通するように思うことがある。

 並みの刀剣であれば、スイートスポットにぴたりと光を当てないと見づらいもので、展示者にはその芯に当てるための技量が求められる。しかし、名刀たるや、私のような下手なライティングでも、一発ですっと受け入れ美しく光を放ってくれる。つまり、ちょっとぐらい芯からずれていたとしても、名刀は自らのポテンシャルの深さゆえに十分美しく輝いてくれるように思うのだ。名刀は懐が深い、という表現がぴったりくる感覚がある。

 この感覚が私の思い過ごしでないならば、展示者の能力を選ばず美しく存在してくれる刀剣、これもまた、名刀の要件といっていいのかもしれない。

(ないとう なおこ・日本美術史)


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