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研究者、生活を語る on the web

分担し、外注しながら研究する生活<研究者、生活を語る on the web>

前田 健太郎

東京大学大学院法学政治学研究科

 政治学者です。大学院生だったころに妻と結婚し、大学教員になって2冊目の本を出したころに娘が誕生しました。娘が1歳の時、1年間の在外研究期間を取得したため、しばらく単身赴任となりましたが、帰国後は3人暮らしに戻っています。

平日は三部構成

 私の平日は、大きく分けて三部構成です。
 まず「朝の部」は、3歳の娘の起床とともに始まります。朝食を作り、妻の出勤に合わせて娘を近所の保育園に送った後、戻ってきて家事の残りを済ませ、一息つきます。このあたりで、時刻は午前10時です。
 ここからが、「昼間の部」です。大学に行き、授業の資料を作成したり、メールに返事を書いたり、本を読んだりします。そして、夕方には大学を出て、午後6時ごろに保育園に向かいます。
 ここで、「夜の部」に移ります。まず、近所の公園やショッピングモールで娘と遊び、買い物をします。帰宅して夕食を済ませ、入浴を終えると、寝かしつけの時間です。一緒に布団に入り、絵本を5冊から10冊ほど読み聞かせるころには、娘が入眠します。
 これで、1日の「業務」が終了です。妻が仕事を終えて帰ってきた後は、互いにその日の出来事について話し、就寝します。

 

研究者、生活を語る|国際遠距離を乗り越えて──研究者としてのキャリアと家庭生活 01

 平日のスケジュール(例)。

「両立」の種明かし

 このスケジュールを見ると、私があたかも「ワンオペ育児」を行っているかのように感じるかもしれません。また、真面目な研究者がこのようなスケジュールで生活するのは無理だと思う方もおられるでしょう。この文章でお伝えしたいのは、決してそうではないということです。そもそも、これまで日本で子育てをしてきた多くの女性研究者は、これと似たようなスケジュールで生活してきたのではないでしょうか。そして、私の生活には、それを可能にする仕掛けが、きちんと存在しているのです。
 それでは、私はいったいいつ、研究をしているのでしょうか。その答えは、週末です。我が家では、平日と週末で育児を分業しています。土曜日になると、私は午前中に一通りの家事を済ませた後、大学の研究室に向かい、夜まで作業を続けるのです。このため、帰るころには、娘がすでに寝ていることも少なくありません。
 このような分業体制を敷いているのは、それが夫婦の勤務形態に最も適しているからです。妻は平日の夜に仕事が入るため、保育園の迎えに行くのは現実的ではありません。これに対して、私の平日はそれなりに時間の融通が利きます。そこで、私が平日の育児を引き受け、代わりに週末は妻が育児を担当することにしたという経緯があります。
 ここで大きな助けになっているのが、ベビーシッターと家事代行サービスです。
 もともと、妻の出産後しばらくは、夫婦それぞれの両親の手を借りながら、自治体の制度を利用して、ベビーシッターにも来てもらっていました。その発想の延長で、妻が仕事に復帰した後も、ベビーシッターを週末ごとに利用することにしたのです。2020年に新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、保育園が休園になると、ベビーシッターの提供するサービスは我が家の生活には欠かせなくなりました。
 その後、娘が大きくなるにつれて、次の課題が浮上しました。それは、平日の夕食です。

 私は一人暮らしの経験はあったものの、決して料理が得意ではなく、市販のミールキットを作るのにも四苦八苦していました。しかも、娘の健康を考えると、味の濃さにも気を使わなければなりません。妻が週末に作り置きにチャレンジしたこともありましたが、育児と同時に行うことは無理だとわかりました。私の在外研究期間中は、1年ほど妻の両親に育児のサポートに来てもらい、幸いにして何とか乗り切ることができましたが、これもいつまでも続けるわけにはいきませんでした。これは、本当に大きな難問でした。
 そこで、我が家が選んだのは、家事代行サービスを利用し、定期的にプロの方に夕食の作り置きをお願いするという方法です。
 そのきっかけは、料理代行のマッチングサイトで、何気なく「幼児」と検索してみたことでした。すると、そのサイトには幼児食の作り置きを提供する調理師が何人も登録されているということがわかったのです。そこで、さっそくその中の1人とコンタクトをとり、来ていただくことにしました。サービスの内容は、事前に送られてくるメニュー案に従って、こちらで材料を買い揃えておき、当日は調理師が15品程度の調理を行うというものです。このサービスを、2週間に一度のペースで利用することにしました。
 これが結果として、大正解でした。娘は、夕食のメニューが突如として充実したことに大喜びし、すぐに大好物をいくつも発見しました。私も、娘に子ども向けの薄味の料理を毎日食べさせることができるようになり、安心して「夜の部」に臨むことができるようになりました。

家事と育児の外注

 以上のような事情を知って、拍子抜けする方もおられるでしょう。私は決して、これまで多くの日本の女性が強いられてきたように、長時間の家事と育児を1人でこなしているわけではありません。適度に夫婦で役割分担をしながら、苦手なものは外注しているのです。
 このような生活は、各種の公的な支援制度の助けがなくては、成り立ちません。今の日本では、ベビーシッターを利用するための支援制度が国と自治体の双方に存在しており、それらを活用すれば利用料金の自己負担をある程度軽減することが可能です。また、自治体によっては家事代行サービスの利用を支援している場合もあります。
 最初のころ、こうしたサービスをどこまで利用するべきか、私たちには迷いがありました。育児や家事は、一時的に祖父母の助けを借りることはあっても、基本的には親が分担して行うべきものだと思っていたのです。それを外注してもよいのか、はっきりとはわかっていませんでした。
 しかし、考えていくうちに、これは不思議なことだということに気がつきました。例えば、子どもを塾に通わせたり、習い事をさせたり、家庭教師が自宅に来たりすることについては、特に違和感はありません。そうだとすれば、なぜ子どもと遊び、夕食を作ることについては、外注することを躊躇していたのでしょうか。
 その大きな部分は、自分の経験に由来していたのかもしれません。これまでの日本では、子どもにとって、自分の遊び相手や身の回りの世話といったケア労働は、「ママ」や「おばあちゃん」といった女性たちが無償で行ってくれるものでした。しかし、自分が育児をするようになってみて実感しましたが、これほどの重労働を必要とするサービスが無償で提供されてきたことの方が、実は驚くべきことだったのです。そう考えた時、家事と育児を外注することへの心理的なハードルは大きく下がりました。

研究者としての目標

 しかし、なぜそこまで熱心に育児に取り組むのかという疑問もあるでしょう。それは、私にとって、娘と過ごす時間が、何物にも代えがたいからです。面白そうなことがあれば何にでも首を突っ込み、全力で取り組む娘の姿を見ると、心の底から喜びが湧いてきます。だからこそ、可能なものはなるべく外注し、ストレスを抱え込まずに、娘とさまざまな思い出を共有したいと考えているのです。
 同時に、娘と向き合うことは、研究者としての自分を見つめ直す機会でもあります。何しろ、娘が次々に投げかけてくる疑問にきちんと答えるのは、本当に難しい。「日本って何?」「国王って誰?」「なんで公園のトイレは家のトイレよりも臭いの?」「なんでバスは乗せてくれるのにパトカーは乗せてくれないの?」。これらは全て、私が専門にしている政治学という学問の知見を使えば答えられる疑問であるはずなのですが、一つとして、娘が納得できるような答えを用意することができたことがありません。
 こうした経験は、自分がまだまだ政治を、そして人間社会を、十分に理解できていないということを教えてくれます。だからこそ、いつの日か娘の疑問に、きちんと答えられるようになりたい。それが、今後の私の研究者としての目標です。

 

前田 健太郎 まえだ・けんたろう
1980年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門は政治学・行政学。2003年、東京大学文学部卒業。2011年、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。首都大学東京(現・東京都立大学)社会科学研究科准教授、東京大学大学院法学政治学研究科准教授を経て、2021年より現職。

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