【特別公開】ハッブル分類で銀河の進化がわかる?[谷口義明『未来の夜空はどう見える?』より]
「遠い未来に、天の川銀河とアンドロメダ銀河が衝突して一つの銀河となる」という予想を知っていますか。どうしてそんなことが言えるのか、銀河同士が衝突するとはどういうことか。天文学者の谷口義明さんによる著書『未来の夜空はどう見える? 銀河が教えてくれること』(岩波ジュニア新書)では、高校生2人の会話を通して、銀河の進化の謎をわかりやすく紐解いていきます。本書の第3章「ハッブル分類で銀河の進化がわかる?」を全文掲載します。
なんのために銀河を分類するのか?
翌週の水曜日がやってきた。光一と銀次はまた二人だけの部会を開いた。
「先週は、銀河のハッブル分類を簡単に紹介した。今日はその続きだ」
光一はそう前置きして、銀次に質問をした。
「銀河の形ってなんだろう?」
銀次はちょっと考えて、答えた。
「銀河の中で星がどのように分布しているかを見ているんじゃないでしょうか?」
「そのとおりだね。銀河の形は、銀河の中で星々がどのように分布しているかで決まる。問題はなぜそのように分布しているかだ。それがわかれば、その銀河の成り立ちがわかる」
「そうか、分類することが目的じゃないんですね?」
銀次が声を上げた。
「そうだよ。結局、銀河の起源を知りたいがために、銀河の形態分類をするんだ。生物がそのいい例だ。動物でも植物でも分類され、名前が付いている。しかし、名前を付けることが目的じゃない。犬と猫は何が違うのか? ヒトは猿やチンパンジーと何が違うのか? まさに「種の起源」を知りたいんだね。「銀河の起源」、ハッブルはこれを知りたかったんだ」
「うーん、ハッブル分類、恐るべし」
銀河を形で分類するだけなら、それほど難しいことではない。しかし、その分類の向こう側にこそ、銀河の真の姿が隠れているのだ。
Sc型は大きい?
銀次はハッブルの天文学者としての気概を見たように感じた。やはり、研究する人は、より基本的な問題を解き明かそうとしているのだなと思った。
光一はさらに話を進めていく。
「ハッブルは形態分類(図1)から何を読み取ったと思う?」
「さっきから、少し気になっていることがあるんですけど」
「なんだい、銀次?」
「左に見える銀河は小さくて、右側に行くほど大きく描かれているように見えます。これは何か意味があるんでしょうか?」
「鋭いね! 右側に行くほど大きく描かれているのは、実際にハッブルが調べた銀河がそうだったからなんだ(図2)」
「Sc銀河はずいぶん大きく描かれているけど、本当に大きいんですね」
「そのとおり。ハッブルは天の川銀河に比較的近い、明るく見える銀河ばかりを選んだ」
「明るいって、何等星ぐらいに見えるんですか?」
「うん、10等星より明るい銀河だ」
「肉眼で見える星は6等星までだから、結構暗い銀河も見ているんですね」
「6等星は1等星に比べると100分の1の明るさしかない。1等級暗くなると、2.5分の1の明るさになる。10等星は6等星より4等級暗いから、2.5分の1の4乗で、約40分の1の明るさになる」
「よくわかりませんが、暗いってことですね」
「10等星を40個集めれば6等星の明るさになる」
「なるほど、そんな感じなんですね」
「ついでながら、1等星は6等星の100倍の明るさだ。6等星を100個集めれば1等星の明るさになる」
「簡単な関係で、いいですね」
銀次は感心した。
ハッブルは分類の図から銀河の進化を考えた
「ハッブルが銀河の形態の分類に使った銀河の個数は400個だ」
「うわあ、結構な数ですね」
「でも、それほど多くもない。個数が少ないと銀河の個性が出てくる。まさに、その影響でSc銀河に大きなものが多かったんだ。たまたまそうなっていただけなんだけど、ハッブルは分類の図に銀河の大きさを反映させたんだ」
「銀河の個数を増やすとどうなんですか?」
「うん、分類の系列と銀河の大きさには明瞭な相関はないようだ。渦巻銀河に限っていえば、Sa型の方がSc型に比べて、逆に大きい傾向がある。いずれにしてもハッブルの分類図を見るときは、銀河の大きさは無視していい」
ハッブルは銀河の誕生と進化の解明に向けて銀河の形態を分類したわけだが、実は今話題になった銀河サンプルの選択効果がきっかけになって、あるストーリーを思いついた。光一はその話題を紹介することにした。
「ハッブル分類の図で、左から右に行くにつれて銀河が大きくなる。実際にはこうなっていないんだけど、この傾向に触発されて、ハッブルは銀河の誕生と進化について一つのシナリオを考えてみた」
光一はそれを説明したスライドを映し出した(図3)。
「この図に示したように、ハッブルのアイデアをまとめると次のようになる。
銀河は生まれたときはみんな球状をしていた。その後、角運動量の効果で、だんだん扁平化かしていく。そして、そのうち円盤構造ができて、円盤には渦巻や棒状構造が生まれたということだ。まさに、分類の図で左から右へと進化するシナリオになっている」
「そう聞くと、なんだか、ありそうなシナリオですね。これは正しいんですか?」
「いや、残念ながらダメなんだ」
銀次は少しがっかりした。
「銀河の形は星の分布を反映している。ということは、銀河の形を変えるには、銀河の中で星の分布を大きく変える必要がある。実は、この説明が大変なんだ」
ここで、光一は銀次に質問した。
「銀河の中で、星の空間分布を大きく変えるには、どうしたらいいと思う?」
銀次はしばらく天井を見上げて考えてみたが、答えを思いつかないようだ。その様子を見て、光一が説明を始めた。
「例えば、銀河の円盤部にあった星が、突然跳ね上がって、円盤部から離れていくようなことがあるだろうか?」
「星が自分自身の力でそんな芸当ができるとは思えないですね」
「そうだね、何か他の天体からの手助けが必要だ」
「そうか!」
銀次が膝を手で打った。何かアイデアを思いついたようだ。
「星と星がぶつかればいいのかな?」
光一は首を縦に振った。
「そのとおり。ただ、星同士が正面衝突する必要はない。星と星がお互いに重力を及ぼしあうぐらい近づけばいいんだ。そうすると、星の軌道は変わる」
「近接遭遇ということですね」
「おっ、いい言葉を知ってるね。銀次はフライバイ (flyby)という航法を知っているかな?」
「あっ、聞いたことがあります。人工衛星を火星や木星に送り込むとき、最初は月を目指して飛ばして、月の重力で推進力をもらい、軌道を変えて火星や木星に向かう。この航法ですね?」
「そのとおり。結局、二つの星が近づいて、お互いの重力の効果で大きく軌道を変えないと、銀河の中の星の空間分布は変わっていかない」
「星の出会いが多ければ多いほどいいんですね?」
「そうなんだけど、問題がある」
「星の出会いは難しいんでしょうか?」
「銀河の中の星の個数密度は非常に低い。太平洋にスイカが2個浮かんでいる程度なんだ」
「うわあ、スカスカなんですね。天の川を見ると滑らかに見えるから、もっと星がびっしりあるかと思っていました」
「太陽に一番近い星は知っている?」
「はい、プロキシマ・ケンタウリです」
「そうだね、ケンタウルス座のα星は3個の星からなる連星系だけど、そのうちの一つの星だ。距離は?」
「たしか、4.2光年だったと思います」
「そのとおり。1光年は光が1年間に進む距離で、約10兆キロメートル。したがって、プロキシマ・ケンタウリまでの距離は約42兆キロメートルもある。太陽の直径は約140万キロメートルだ。プロキシマ・ケンタウリまで太陽を並べると、なんと3000万個も連なって並ぶことになる」
「うわあ、星と星の間って、やっぱり、スカスカなんだ!」
「この程度の個数密度なので、星々の出会いは非常に少ない。銀河の形を変えるには、ざっと10の21乗年以上はかかる。宇宙の年齢は100億年、つまり10の10乗年程度なので、無理なんだ」
「ということは、楕円銀河は楕円銀河として、そして渦巻銀河は渦巻銀河として、それぞれ独立して誕生し、進化してきたんでしょうか?」
「それが最もシンプルなアイデアになるんだけど、どうも、それも違う」
「?」
「じゃあ、次回から順番に話をしていこう。楕円銀河、S0銀河、そして渦巻銀河の順番だ」
「次回から、本番ですね」
銀次は唇をキッと嚙み締めた。