web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『科学』2023年11月号 特集「新しい恐竜学」|巻頭エッセイ「「学問の自由」を守る喧噪」隠岐さや香

◇目次◇ 
【特集】新しい恐竜学
脳から迫る恐竜の進化……河部壮一郎
骨の内部構造を読み解く……千葉謙太郎
歯のマイクロウェア解析で恐竜の食性を読み解く……久保 泰・久保麦野・ダニエラ ウィンクラー
恐竜の“誕生”……小林快次・田中康平
胚発生を読み解く……平沢達矢
恐竜の初期進化を読み解く――分岐パターンをめぐる新たな議論……對比地孝亘
大量絶滅を読み解く……真鍋 真

[巻頭エッセイ]
「学問の自由」を守る喧噪——学術会議問題のこれから……隠岐さや香

花を「デザイン」することは可能か――イメージをかたちづくる……切江志龍

[チューリング賞2022]
イーサネットの発明・標準化・商用化……相田 仁

[連載]
数学者の思案18 プレプリントサーバー……河東泰之
「アリス」から,さらに先へ2 言葉と心のはじまり……岡ノ谷一夫・谷口忠大
3.11以後の科学リテラシー130……牧野淳一郎

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉生成AI,どうですか?1
得意・不得意と生成AI……トム・ガリー
宇宙の謎に新たに挑むユークリッド衛星……大栗真宗
みんなで翻刻――歴史災害史料のシチズンサイエンス……橋本雄太・加納靖之
〈本の虫だより〉ジューディア・パール,ダナ・マッケンジー『因果推論の科学』……白石直人
『岩波 数学公式I, II, III』の生い立ち……一松 信

次号予告/お知らせ
 

◇巻頭エッセイ◇
「学問の自由」を守る喧噪――学術会議問題のこれから
隠岐さや香(おき さやか 東京大学大学院教育学研究科) 
 

 「学問の自由」の度合いを世界規模で調査している人達がいる。そのことを初めて知ったのは,日本学術会議の任命拒否事件が起きてから大分経った頃だった。世界における民主主義の状況調査で知られるV-Dem研究所が,179カ国の「学問の自由」の度合いを0から1までの数値で評価しているのだ(学問の自由度指数Academic Freedom Indexと呼ばれる)。日本の値は0.58であり,これは下から30〜40%の集団に相当する。高いのは西欧や北欧,低いのは北朝鮮やエリトリアのような権威主義体制の国である。

 残念ながら日本の数値はあまりよくない。それは「大学等の組織自治」と「研究と教育の自由」に低い評価があるからだ。また,2020年にわずかながら数値が下がっている。学術会議の任命拒否事件が影響を与えたようだ。

 日本国憲法第23条など近代的な「学問の自由」の考え方によると,政府は研究者個人が研究する自由を尊重するのみならず,研究者が所属する組織の独立性も尊重しなければならない。時の権力や社会の多数派から迫害されるような学者でも能力を発揮できるようにとの発想がその背景にある。だが,任命拒否でそれが揺らいだ。

 学術会議は学者の代表によって構成されるアカデミーという組織である。その役割は時代とともに変化するが,現代では研究者同士の交流や,社会と学問の世界との対話の促進を役割とする。また,学問の立場から地球環境や社会の諸問題に提言することもある。その会員は210名おり,3年ごとに半数が改選される。2020年に会員として推薦されながら,菅義偉前首相から任命を拒否された6名は今回も任命されないままだった。学術会議は引き続き任命を求めていくようだ。

 実は,2023年4月に非常に危うい瞬間があった。政府が学術会議法を改正し,第三者が会員選考に影響を及ぼせる仕組みを導入しようとしていたのだ。この「第三者」が誰なのかは問題ではなく,外部の者による悪意ある干渉が可能となる変更を想定したことが大問題であった。

 幸いにも,市民有志や世界のノーベル賞受賞者,そして各国アカデミーから反対の声が上がり,国際世論を意識した政府は踏みとどまった。もし強行していたら,日本の学問の自由度指数はもっと下落していただろう。

 政府は新たな有識者懇談会を立ち上げて,学術会議の今後について検討し始めた。組織形態としては民間法人とすることも視野に入れているという。今のところ,学術会議からの情報提供や傍聴もあり,議論は30カ国以上のナショナル・アカデミーの情報を踏まえた比較的冷静なものとなってはいる。

 だが,依然として予断を許さない状況に変わりはない。なぜなら,根本的な問題は解決していないからだ。そもそもの任命拒否がなぜ起きたのかの説明がなく,一方的に組織形態を変革するための議論が進んでいる。その異常さは繰り返し指摘されるべきだろう。

 実は,10年前と比べると世界中で「学問の自由」の度合いは下がっている。それは民主主義の後退とも連動している。背景には,新自由主義的な競争と格差に疲弊した地域で権威主義的なリーダーが支持を得やすいことがある。そうしたリーダーの下ではしばしば異分子の排除が進行する。アカデミーへの介入が起きた後,戦争や研究者の迫害が常態化した国もある。

 「学問の自由」の後退は普通に暮らしていると気づかない。しかも皮肉なことに,それが失われた地域ほど皆がその話をしなくなるため余計に気づきづらいらしい。

 だからこそ,「学問の自由」は繰り返し話題にされなければならない。それが目に見える場所で心配され,騒ぎになるように。騒々しさの中に,民主主義と自由があるのだ。

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる