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愛媛県美術館「坊っちゃん展」(2018年6月30日~2018年9月2日)

愛媛県美術館の「坊っちゃん展」がすごい!

 

 愛媛県美術館では、6月30日から「坊っちゃん展」が開催中です。
 展示全体のディレクションを務めるのは、祖父江慎さん!
 最近は展覧会の展示も多く手掛けるブックデザイナーの祖父江さんは、夏目漱石『坊っちゃん』の膨大な蒐集で知られる熱烈な漱石本ウォッチャーでもあります。2014年には初版から刊行100年を記念し、新たなブックデザインの『心』を手がけてくださいました。
 
 そんな祖父江さんによる、漱石の、それも『坊っちゃん』がテーマの展覧会となれば、期待が高まります。祖父江さんも準備に力が入って当然です。
 開催に先立ち、写真家の梅佳代さん、浅田政志さん、彫刻家の三沢厚彦さんが、『坊っちゃん』と漱石の世界を表現した新作を出展されることや、祖父江さん所蔵の坊っちゃん本が、事務所コズフィッシュを旅立ち、松山に向かったことをうかがっていました。岩波書店からも、祖父江さんの見立てにより、漱石自筆の日本画や、漱石グッズコレクターの鎌倉幸光さんという方が、かつて小社に寄贈くださった漱石グッズ(『吾輩は猫である』をイメージした猫の土産物や、漱石原作の舞台や映画のパンフレットやポスター等々)をお貸ししました。
 
 開期スタートから一か月ほどたち、ようやく愛媛県美術館を訪ねたところ……アートと資料が融合した、想像をはるかにうわまわる展示に、圧倒されるばかりでした。すごい。すごすぎる。
 そして、なんと、というか、やはり、というか……祖父江さん担当の展示は、まだまだ増補中。開催中に進化する展覧会が繰り広げられていたのでした。
 
 会場に入ると、まず目に入ってくるのは、梅佳代さんによる「坊っちゃんたち」です。松山市内の中学校の男子生徒を『坊っちゃん』の中学生たちに見立てて撮影した作品で、当時の中学生は現在の高校生ですが、現代の男の子たちの生き生きとした表情に、『坊っちゃん』の作品世界がぐっと身近に感じられます。
 
 その次には、浅田政志さんが撮りおろした『坊っちゃん』の名シーンやアイテム(団子など)の数々が。清を演じるのがお母さまなのは、さすが「浅田家」で知られる浅田さん。『坊っちゃん』の物語に沿って緻密に作品世界を再現した写真はどれも、ユーモラスかつシャープに、見る人に迫ってきます。
 なかでも、マドンナに扮した浅田さんが、いわゆるターナー島にいる姿を写した作品は、驚きでした。風光明媚。美しい。マドンナ、かわいらしいけれど、なんだかおかしい。と同時に、人が渡ることの難しそうなこの島に上陸し、撮影した、その苦闘を想像せずにはいられません。困難を実現させた熱意の温度も、写真から伝わってくるようです。
 
 
 浅田さんの展示を先へと進み、温泉の男湯・女湯と染め抜かれた暖簾をくぐると、そこには祖父江さんによる魅惑の坊っちゃんワールドが!
 祖父江さん所蔵の大量の『坊っちゃん』をもとに文字組の変遷を紹介する、巨大な年表です。なんと、30メートル!
 
 
 
 時代によって、出版社によって、版によって、文字組にどのような変化が起きてきたのかが詳細に示されています。
 たとえば、岩波文庫であっても、時期によって文字組が異なります。1952年の33刷については、同じ一冊の文庫の中で、部分的に使われている書体が違うという、普通ならありえない事実も指摘されていました。
 
 
 一方、漱石全集が『坊っちゃん』の文字組を牽引してきたことも一目瞭然で、岩波書店に勤める一人としては、なんだか誇らしい気持ちにも。
 祖父江さんの漱石本探究の成果が存分に発揮されており、書籍の本文デザインに関心のある方には垂涎の的の内容なのはもちろん、出版史、読書の歴史から、日本の近現代が浮かび上がる、稀有な展示でした。これを見るためだけにでも、松山に行く価値ありです。
 
 壮大な文字組史のあとには、ご当地の松山ならではの貴重な資料や、祖父江さん所蔵、あるいは岩波書店からお貸しした品々からなる、『坊っちゃん』と漱石についての、幅広い展示コーナーが設けられていました。
 『坊っちゃん』執筆の背景にあった史実や、『坊っちゃん』がその後、映画や演劇でどのように需要されたか、あるいは、漱石ブームがどのようなものだったか、目に楽しい展示で、いかに漱石の作品が大衆的な人気を勝ち得てきたかが実感されます。
 
 
 岩波書店の奥深く、長い眠りについていた猫グッズも、愛らしく飾られていました。
 
 
 後半には、祖父江慎ブックデザイン『心』に関する展示もあり、岩波書店所蔵の貴重な初版本と祖父江さんがデザインした100年後の本が揃って飾られている姿は、『心』担当者として、胸が熱くなりました。
 
 
 展覧会の最後を締めくくるのは、「アニマルズ」シリーズで知られる三沢厚彦さんによる、猫や漱石をモチーフにした彫刻です。猫たちを目にしながら、温かな気持ちで会場をあとにしました。
 
 「坊っちゃん展」、全祖父江さんファン、全漱石ファン、全出版関係者にお薦めしたい展覧会です。開期は9月2日まで。まだ、まにあいます。そして、図録のないこの展覧会、図録に代わる「坊っちやん新聞」(カラー版ミニ記録集付き)を、祖父江さんと、コズフィッシュの今年の新人にして、すでに大活躍の脇田あすかさん・根本匠さんが、鋭意製作中です。開期の後半になればなるほど、祖父江さんがめざしていた完成形に近づく展覧会。今こそ、訪ねどきです。
 
 なお、松山に行くと、「坊っちゃん展」以外でも、祖父江さんの作品を見ることができます。中心街から市電で10分強の道後温泉では、町中にアート作品が展開されている「道後オンセナート2018」が開催中です。
 祖父江さんが、黒川紀章が設計した有名旅館、道後館の客室一室を、『坊っちゃん』のテキスト全文で埋めつくした、「部屋本 坊っちやん」が2019年2月28日まで公開されています。圧巻です。
 
 
 
 見学料金1500円/20分と有料ではありますが、見学券、ここだけでしかもらえない祖父江さんによる「坊っちやん新聞」、笹飴、喫茶利用券(坊っちゃん団子と飲み物のセット)と、楽しいおまけがいっぱいです。希望すれば宿泊することも可能だとか。耳なし芳一気分の一夜になるかもしれませんが……。
 道後温泉本館の廊下には、浅田さんが道後温泉の歴史を再現した一連の作品も展示されています。道後温泉本館はこの秋から耐震工事に入り、工事中も入浴可能ですが、いまでしたら、工事前の姿のままに利用することができます。
 
 愛媛県美術館には関西圏からだと車で見学に来られる方も多いとのこと。お近くの方も、遠くの方も、温泉旅を兼ねて、ぜひ、松山へ。
 

《追記》 どうしても見たい!と、青春18きっぷを使って日帰りで見に行ったと、祖父江さんファンの印刷所の方からうかがいました。プライべートの旅ながら、感激のあまりレポートを書き、社内で共有なさったそうです。

 (編集部・渡部朝香)

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