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『科学』12月号 【特集】和食とは何か

◇目次◇

【特集】 和食とは何か
1万年の和食史……原田信男
和食とその文化の地理的多様性……佐藤洋一郎
[対談]おばんざいで健康に:伝統食のもつ力とその由来……大原千鶴・家森幸男
日本納豆とアジア納豆――おかずか調味料か?……横山 智
「韓食」から見た「和食」……朝倉敏夫
ふたつの塩くじら……赤嶺 淳
和食とその文化の継承のための総合政策とは……新川達郎
ノルマンジーで京野菜を作る……間藤 徹

巻頭エッセイ 
近未来の料理人……髙橋拓児

福島第一原発事故後のあるべき安全目標―― その課題と新たな目標とは……勝田忠広

[連載]
幻獣遊学〈12〉空と陸の王者である鷲とライオンから生れたグリフィン……大村次郷
これは「復興」ですか?〈21〉キノコの森の秋……豊田直巳
3.11以後の科学リテラシー〈72〉……牧野淳一郎
手紙がひらく物理学史〈3〉幻の1934年度ノーベル物理学賞……有賀暢迪
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈204〉ゴロンゴーザと妙高笹ヶ峰:多様な環境に進出したヒヒとニホンザル……松沢哲郎
続・腸内細菌に聞け!――メタボと老化を腸から考える〈6〉ライフスタイルは腸内細菌を変える……小澤祥司
失われゆく原子力発電の正当性と将来性〈13〉原子力発電技術が日本の安全保障の一翼を担っているという
不愉快な戯言(5)――マンハッタン計画に見る米国の科学技術力と執念……佐藤 暁

[科学通信]
原発と基地:勝敗を分けた知事選の戦略――新潟県知事選における県民意識調査と沖縄県知事選の投票行動の分析……広瀬弘忠
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 気候のフィールドワークから自然地理を俯瞰する……江口 卓
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 労災認定された過労死:説明を拒否していた東電の姿勢……木野龍逸

総目次
次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 

◇巻頭エッセイ◇

近未来の料理人

髙橋拓児(たかはし たくじ 京料理 木乃婦・料理人)

 美味しい料理を作るために科学は必要か.フランスやスペインの分子調理においては必須といえる.積極的に科学者のノウハウを料理人が吸収し,その新しさを料理に取り入れアート化する.一つのモードを創り上げるのである.アルギン酸水溶液を使い,それをカルシウム水溶液に落とすことで人工のイクラを作る.エスプーマという調理器具により,液状の食材に亜酸化窒素を混ぜ,泡状(ムース)にすることで香気成分を損なうことなく今までにない空気のように軽い食感を表現した.これは画期的で素晴らしい科学の功績である.しかし,これらは科学者との融合実績であり,料理人自体が自立的に考案したものではない.

 日本料理の一つの代表格として懐石料理がある.私はこの懐石料理の主成分を以下のように捉え,その数値の前後に収めるようにしている.それは,一人に提供する懐石料理の重量1000g,1000kcal,水分量80%,たんぱく質60g,脂質35g,炭水化物80g,食塩相当量7gという数値である.実はこれらの数字は私が決めたわけではなく,京都にある料亭5軒の献立の成分のおおよその平均値である.

 懐石料理の主成分を測定するために,5軒分の懐石料理のコースの先付,造り,お椀,八寸,焼き物,煮物,…,御飯,水菓子までの一人前の料理のすべてを一つの容器に入れ,冷凍し,粉砕し,その液状化したものを成分分析してみた.すると実際に結果として,これらの成分の数値は料亭同士,非常に近似しており,その他,食物繊維や糖質についても大きな差異はなかった.私たちはこれらの数値を具体的に話し合ったことなどない.今回の実験でnが5という少ないサンプルではあるが数値が似通うということは懐石料理において,科学を意識せずにある一定の法則を遵守しているからだと推測できる.だからと言ってその主成分を守りながら料理を作りさえすれば懐石料理が出来上がるものでもない.

 私はその理由を「型」であると考える.太古の昔から日本人は「型」を大切にしてきた.「型」は日本人の生活体系における用の美であるといえよう.狩猟・漁撈・採集から始まり,集団農業,建築・食器・食材など海外様式の取り込み,美術・工芸・芸能の発展,奈良時代から明治時代まで政治経済が変化するたびに,有職料理,精進料理,本膳料理,茶懐石と日本料理もその都度大きく「型」を変容させてきた.現在はその「型」も科学的に説明がつくようになってきた.料理人が煮る,焼く,炊くなどの調理法を食材の科学的な反応として捉え,最適な温度や時間を見出している.お椀のだしの引き方も,科学的データにもとづいて昆布と鰹節の抽出温度と時間が決定されている.

 おそらく今後は料理人と科学者というダブルライセンスをもつ新しい人々が出現し,過去の「型」を立証しそこから最適値を求めるだけではなく,自立的に今までにない発想から生まれる研究成果によって,新しく美味しい料理を創造していく時代になるであろう.

 

 

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