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『思想』3月号 公共Ⅰ

◇目次◇

思想の言葉………加藤泰史

公共と尊厳―― 一つの見取り図……………加藤泰史
公共哲学としての政治哲学――変容する共和主義……………上野大樹
ハーバーマスにおける公共……………田畑真一
「ポスト真実」時代の知と公共圏……………野家啓一
公共宗教論を規定していたもの……………「法律-権利問題化」と「経済-市場原理化」に翻弄される宗教と宗教言説……………藤原聖子
科学と公共……………神里達博
ネット社会とグローバル公共圏の可能性……………伊藤恭彦
高校新科目「公共」についての哲学的覚え書き……………一ノ瀬正樹
現出する成功――芸術美について……………マルティン・ゼール
〈名著再考〉ホッブズ『リヴァイアサン』における「公共」……………梅田百合香
〈研究動向〉現代フランクフルト学派の社会批判――ポスト・ハーバーマス時代の批判理論……………成田大起

 

◇思想の言葉◇

公共と批判
加藤泰史

 二〇一八年の五月に神戸大学で日本哲学会第七七回大会が三日間にわたって開催された.初日の夕刻に「哲学教育ワークショップ」が「高等学校新科目「公共」を考える―哲学・倫理学を生かすために」という題目の元に企画され,一ノ瀬正樹の要領を得た導入の後に四人の高校教員による提題と全体討論が行われた.四人の提題は「新学習指導要領」の分析とそれに基づいた哲学教育の生かし方から新科目「公共」への違和感や「新学習指導要領」に対する批判まで多様な内容に富んだ充実した提題であった.どの発表も傾聴に値する内容であったが,私には特に新科目「公共」に批判的な発表が印象に残った.討論の最後にはこの発表に対して大学教員から否定的な意見も述べられたが,私にとってはむしろ共感できる論点が多く含まれていた.

 その発表は「新学習指導要領」の「公民」の項目にも「倫理」の項目にも「批判」という語が登場しないとの指摘(ちなみに,さらに付け加えれば,「「公共」の扉」にも登場しない)を基点としながら,フーコー的観点から「新学習指導要領」を批判して「「公共」の扉」の書き換えを提案したものである.この対案は「「公共」の扉」のアからウにほぼ対応する内容を含むが,その中から特徴的な二点を紹介したい.すなわち,「個人の尊厳と自主・自立,社会に参画する自立した主体:批判的態度によって,他者の導きに従わない自由も含む,主体の自由」と,「現代社会に生きる人間としての在り方生き方:国家や社会の要求からときには批判的に身を引き離して思考すること」である.どちらも元々欠けていた「批判」をフーコー的に「別の仕方で思考する」ことと捉え直した上で,そこを基軸に据えて「「公共」の扉」を再構成しようと試みている.それは「公共」の概念と「批判」との内的関係を回復しようとする試みであり,極めて重要な論点でもある.「批判なき政治」を掲げて選挙に臨んだ参議院議員や所謂「ご飯論法」がまかり通る国会討論,さらに「批判」ということ自体がタブー視されている高校教育の現場などを考え合わせてみれば十分であろう.それらに加えて,近代から現代にかけての「公共」の概念の来歴を少しでも顧みれば,この論点は至極真っ当なものであることがさらに明らかとなる.当日の会場での批判はこのことを全く看過した的外れの言い掛かりであったと言わざるを得ない.

 近代以降の来歴の中で特に重要な哲学者はカントとハーバーマスであろう.両者はともに「公共」ないし「公共性」の核心部に「批判」を読み込んだ.カントは『啓蒙とは何か』の中で理性使用を「私的使用」と「公共的使用」に区別し,前者を国家制度の論理と分析し,後者を市民の論理と位置づけた上で,後者によって前者を「批判」して制度を改革してゆくプロセスを「啓蒙」と呼んだ.したがって,「啓蒙」の進捗は「理性の公共的使用」がどこまで実効的に機能できるかに依存する.そうだからこそカントは,「公共的使用」の自由を無制限と見なし,それに対して「私的使用」の自由は制限されてもよいとしたのである.ハーバーマスはカントのこの議論に「公共性の構造転換」を読み取り,まさに『公共性の構造転換』を江湖に問うたわけである.ハイデガーが「公共性」に対して否定的な態度を取ると同時に,「民族」を高く掲げたことを視野に入れると,それに対抗する「公共」の系譜学の中にカントとハーバーマスを加えなければ,あまりに希薄で気の抜けた系譜学にならざるを得ないであろう.そして両者をこの系譜学の中に書き加えれば,自ずと「公共」と「批判」との内的関係が浮上するはずである.「新学習指導要領」は巧みに「批判」という語を取り上げないことによって,「公共」が本来的に担っている「批判的」機能―それは根本的に「国家」や国家制度に対抗する機能を果たす―をあたかも不都合なものとして隠蔽しているかのように理解されても仕方があるまい.

 ここでさらに東洋の「公共」理解を少し参照してみたい.そこで『康熙字典』と『辞源』をひもといてみた.私は中国語はできないので,中国人留学生の魏偉の助力を得た.『康熙字典』にも『辞源』にも「公共」の項目はないが,「公」と「共」の両項目は掲載されていた.「公」の項目によれば,「ム」は「私」を示し,「八」は背を向けることを意味する.したがって「公」は文字通り,「私」の反対・対立を意味する.これに関係がありそうな意味として,「均等に分ける」,「無私である」,「〔位置が〕正しい」,「〔道が〕通る」,そして「共」と同じ意味などが確認できる.それに対して「共」には関係のありそうな意味として「同」,「衆」,「皆」などがあり,「一緒に」とか「とともに」を言い表す.「公共」の最古の用例は『史記』に登場する.すなわち,「法者天子所与天下公共也」で,開いて訳すとすれば,「法律は,天子でさえも天下(=全ての人々)とともに私物化せずに一緒に共有するものである」ということになるであろうか(諸説あり).もちろん文字だけから即断はできず,慎重に歴史的・社会的な分析を加える必要があろうが,いずれにしても中国の場合,「公共」は「私」と対立して「私」を超越した次元でその意味が構成されようとしている点が興味深い.アーレントなどの「公共」理解と比較してみると面白いかもしれない.方向性は逆になるのではなかろうか.もっとも,そこに「国家的(staatlich)=公的(〓ffentlich)」という等式を解体して「公共的(〓ffentlich)」を再構築しようと試みたカントを加えると,比較はさらに複雑化しよう.ただし『英華字典』では,形容詞の「public」の中国語訳として「公」と「衆人藻」は載っているが,「公共」は見当たらない.

 それでは翻って近代日本はどうであろうか.私は意外にも和辻哲郎の風土論の中に,カント的な「公共」理解の片鱗を読み取ることが可能ではないかと思う.一九二七年に和辻はベルリンに留学する.この年はハイデガーの『存在と時間』が刊行された年でもあり,これを和辻は早速購入して読解している.そのノートを読むと,和辻がすでに時として批判的に分析していることが分かる.その論点の押さえ方のセンスの良さには舌を巻くほどである.和辻は帰国後にハイデガーやヘルダーを創造的に改釈しながら風土論をまとめて『風土』として出版した.その『風土』に「日本の珍しさ」という一節がある.そこにおいて和辻は,日本社会の欧米化が現象的に進展しても,「家」が残っている限りその根本は変革されないままであるという観点から,その問題性を「公共」に関連づけて次のように指摘する.少し長いが引用してみよう.
もう少し進んでこの「洋服」を着た「洋館」に住む人を追究してみよう.彼はその洋館の前庭に芝生を敷き花壇を作っている.時には植木屋を入れてその手入れをする.それは彼とその家族とがそこにおいて楽しむためである.しかし彼は町の公園に対しては何の関心をも示さぬ.公園は「家」の外にある,だから他人のものである.それはあらゆる人から「他人のもの」として取り扱われ「我々のもの」としての愛護を受けることがない.市の経営であるということはその経営を託された吏員以外の何人もがそれにおいて義務を感じないということである.そこで市の公共の仕事が,市民一般の関心をうけることなく少数の不正直な政治家の手に放任される.そこでさまざまな不正が行なわれる.しかし洋館に住む人はそれが「家」の外のことであるがゆえにおのが事としては感じない.彼は洋館に住むほどの新しい人として子供の教育には熱心であり,子供がもし不正なことを平気でやるようなことがあれば,その全心情を傾けて関心するのであるが,公共のことについての政治家の不正に対しては,その百分の一ほどの熱心も示さぬ.さらにまたこの種の政治家によって統制される社会が,その経済的の病弊のために刻々として危機に近づいて行くのを見ても,それは「家の外」のことであり,また何人かが恐らく責めを負うであろうこととして,それに対する明白な態度決定をさえも示さぬ.すなわち社会のことは自分のことではないのである.(……)/洋服とともに始まった日本の議会政治が依然としてはなはだ滑稽なものであるのも,人々が公共の問題をおのが問題として関心しないがためである.

それゆえに和辻の診断によれば,日本社会では「公共的なるものへの無関心を伴った忍従」だけが発達して「デモクラシー」が現実的に可能とはならない.そしてこの「デモクラシー」を欠けば,議員の選挙も意義はなく民衆の「輿論」も存立しないわけである.和辻はこの「公共的なるもの」を「デモクラシー」に結び付け,民衆の「輿論」に関係づけると同時に,「日本の民衆の公共への無関心」が専制を呼び寄せる危険性にまで言及しているので,『風土』にあっては「公共的なるもの」と「国家的なるもの」とは位相および構造を異にしていると言ってよかろう.この時,和辻の「公共的なるもの」は民衆の「輿論」として具現化されることで,「国家的なるもの」と位相および構造が異なるばかりでなく,それと批判的に対峙することにもなろう.これは「公共」を「同質的なもの」にも「無批判的なもの」にも回収させないための重要な観点だと評価できる.和辻はカント哲学も極めて高い水準で理解していたので,この観点をカントから学んだ可能性もあるかもしれない.あるいは,師である夏目漱石の「第二のFrench Revolutionは来るべし」という思いを共有していたのかもしれない.もっとも和辻自身は『倫理学』でこうした観点から後退してゆく.しかし,「自己責任」の名の下で相変わらず「忍従」だけが発達し続けている現代日本社会―これが現代的な「日本の珍しさ」の一つと言えるかもしれない―のことを考え合わせると,この和辻的観点は「公共」の系譜学の中でもっと評価されてもよいのではないかと思う.

 「批判」は人格攻撃でもなければ,言葉尻を捉えることでもなく,論拠を示して他者の異なった意見と真摯に向き合うことを通して「対話」そのものを可能にする営為にほかならない.またそうした「批判」が機能するための空間が「公共」なのである.「批判なき公共」は盲目的であり,「公共なき批判」は空虚であって,それゆえに「批判なき教育」は「批判なき政治」に通ずると言えよう.その先に待ち受けているのは悲劇にほかならない.あるいは二度目であることになるから,むしろ喜劇と呼ぶべきか.

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