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『科学』3月号 【特集】原発事故下の8年

◆目次◆

【特集】 原発事故下の8年
葬られた津波対策をたどって……島崎邦彦
津波リスクを葬り破局に進む「七つの会議」……添田孝史
「東京電力柏崎刈羽原発再稼働問題」ウォッチNo.3積み残されたままの
原発事故原因・事故分析 その(1)……田中三彦
原発事故の汚染土,再利用に反発の声相次ぐ……青木美希
福島原子炉事故8年後の回想と爪痕……佐藤 暁
福島県の甲状腺検査結果の動き――2018年12月27日の検討委員会の発表による……平沼百合

巻頭エッセイ
温暖化対策のパラダイム転換……高村ゆかり


[被曝防護政策の根拠を検証する]
被曝防護には空間線量そのものを使うことが妥当である――信頼性なく被曝線量を過小評価する宮崎早野第1論文……黒川眞一
3.11以後の科学リテラシーB……牧野淳一郎

[連載]
「米」遊学〈3〉もち米を主食とする東北タイの人たち……大村次郷
これは「復興」ですか?〈24〉 約180名の帰還計画?……豊田直巳
手紙がひらく物理学史〈6〉 相対性理論の研究者としてのプランク……有賀暢迪
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈207〉 ヒトは宇宙を目指す……平田 聡

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 中規模地震を起こす潜在の活断層と 大規模地震を起こす活断層……千田 昇
ロシアから発信される甲状腺がんの国際的な評価……杉原千文

今月の表紙
次号予告
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表紙=盛田亜耶 「最後の晩餐ー聖マタイの手」2018年 28.0×39.0cm 切り絵,アクリル絵具 
photo by Tomonori OZAWA, courtesy of gallery ART UNLIMITED
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人
 

◆巻頭エッセイ◆

温暖化対策のパラダイム転換

高村ゆかり(たかむら ゆかり 東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究機構)


 今世紀後半に脱炭素社会の実現をめざすパリ協定の下,今温暖化対策にかつてない変化が生まれている.

 変化の一つは,脱炭素化に向けた取り組みをビジネスが先導していることだ.企業がパリ協定の長期目標と整合的な目標を設定することを推奨し,認定するイニシアティブ「科学に基づく目標設定(Science Based Target(SBT))」がその一例だ.2019年1月末時点で,世界有数の企業169社がすでにSBTを設定したと認定を受け,さらに350社超が策定中だ.パナソニック,コマツ,住友化学など日本企業も36社が認定を受け,さらに34社が策定中である.SBTを設定する企業の多くが,2050年までに排出ゼロをめざし,自社のサプライチェーン全体の排出削減もめざして,サプライヤーにも同様の目標設定や排出削減を働きかける.また,2018年7月には,脱炭素社会に向けて積極的な温暖化対策に取り組む企業,自治体,NGOなどのネットワーク「気候変動イニシアティブ(JCI)」が立ち上がり,日立製作所をはじめ240超の企業が参加する.

 企業の社会的責任,深刻化する温暖化の悪影響への懸念,そしてクリーンエネルギー市場と新たなビジネスチャンスの拡大など企業の動機は様々だ.中でも,企業行動の変化に最も影響を与えているのは金融・投資家の変化である.金融・投資家は,投資先の企業が温暖化の悪影響のリスクや脱炭素に向かう社会の変化に対応できる企業かどうか,情報開示を求め,そのリスク対応を評価した投融資を拡大する.環境・社会に配慮した社会的責任投資を行おうとするESG投資の一環であるとともに,脱炭素社会に向かう社会の変革期における金融システムの安定性を確保しようとする動きだ.

 こうして見ると,温暖化対策は,企業にとって,もはや短期的な対策のコストの問題から,社会の変化の中で自社のビジネスのリスクとチャンスを分析し,適切に対応する経営陣(取締役会)のリスク管理と戦略が金融・投資家,市場と社会に評価される「本業」の問題となったと言える.

 残念ながら,現在の各国の削減目標は,パリ協定がめざす脱炭素社会の実現には十分な水準にはない.そうした中,こうした企業と金融・投資家の変化は,深刻化する温暖化の悪影響とそのリスクに直面する私たちにとって希望でもある.他方,パリ協定の長期目標の達成にはエネルギー効率の改善,低排出エネルギーへの転換を飛躍的に加速する必要があり,こうした脱炭素化への潮流を加速する政策の役割はこれまで以上に重要だ.まずは脱炭素社会の実現という明確な長期目標とそのためにあらゆる政策・資源を動員するという政治的意思を明確に示すことが,企業が脱炭素に向かうビジネス,イノベーションに注力し,投資を拡大するのに必要である.特に脱炭素に向かうエネルギーシステムの構築は,こうした企業の取り組みと企業価値の向上を支援するために不可欠かつ急務である.

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