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『図書』5月号【試し読み】久保田淳/おしどりマコ

 ◇目次◇

 「心見る」女              久保田 淳
偽者と分身、そして永遠         安藤礼二
ジャン=マリー・グリオの俳句を読む   小津夜景
〈対談〉同級生の語らい         川上泰徳,佐藤正午
リヴァラン(riverrun)          近藤 譲
はるかなるナンギヤラ          おしどりマコ
私のこと その4            加藤典洋
藤野先生の「ノート添削」をめぐって(下) 三宝政美
古関裕而                片山杜秀
大仏・林檎・天主堂           さだまさし
花と風の月               辰巳芳子
五月、新緑がまぶしい季節に       円満字二郎
海の幸の賑わい             三浦佑之
北欧のアイコン、世界のアイドルとなる。 冨原眞弓
世界を駆け巡る言葉           山室信一
こぼればなし
五月の新刊案内

(表紙=司修) 
(カット=なかじままり) 
 

 ◇読む人・書く人・作る人◇

「心見る」女
久保田 淳
 
 和泉式部は石山寺に参詣の途中、山科のとある家で休んだが、「家主いへあるじ」が「心あるさま」に見えたので、また帰途にお寄りしましょうと言ったら、「よにさしも」と言われて、歌でこう答えた。
 
  かへるさを待ちこゝろみよかくながらよもたゞにては山科の里 (『後拾遺和歌集』雑五) 
 
 やはり石山寺参籠中のこと。彼女は、恋人の帥そちの宮(敦道親王)から「いつ出山するのか」と問われて、「こころみよ君が心もこころみんいざ都へと来てさそひみよ」(『和泉式部集』)と答えたともいう。「こころみる」(心見る)という動詞は、和歌では『古今集』から用いられているが、和泉式部の使用頻度はかなり高いようだ。彼女は対人関係において、しばしば自身の心と共に相手の心を見ようとし、時には相手にも同じことを求めたのではないだろうか。
 「かへるさを」の歌では、この歌を詠みかけられた「家主」は男だったのか、それとも女主あるじだったのか、その「心あるさま」とは具体的にどんなさまであったのかも、気になる問題である。『後拾遺集』の詞書の「よにさしもといひ侍ければ」に相当する部分は、『和泉式部続集』でのこの歌の詞書には無い。それならばこれは、撰者藤原通俊がこの歌の詠まれた場を想像して加えたのであろう。彼はその場の雰囲気をどのようなものと想像したのだろうか。
 二十五年ぶりに『後拾遺集』を読み返して、改めて解釈に思い悩むことは少なくない。
(くぼた じゅん・日本古典文学)
 

◇試し読み◇ 

 
はるかなるナンギヤラ
おしどり マコ

 「おはようございます! その本、もらっていいですか?」
 月に二回、私のとても楽しみな朝がありました、それは紙類の廃品回収の日です。貧しかったうちは、娯楽が本で、団地の子ども会の廃品回収の日は朝から遅刻すれすれまで、「お宝探し」と称して、本を捨てにくる方々に声をかけて本をごっそりもらっていました。これは小学生の頃の話。
 
 私がもっと小さい物心ついた頃は、父が大学院に入り直していて、学生寮に住んでいました。学生寮といっても留学生用の家族寮。隣はアフガニスタンのファミリー。三歳のときの友達はアフガニスタン人の姉弟とメキシコ人の男の子。お向かいは中国人の若いご夫婦で、その頃の私は、知らない人を見ると「サローム! ォラー! ニィハォ! あなたの言葉は何? どこから来たの? 宗教は何?」と話しかけていたそう。そして、みな貧しくて、子ども用のおもちゃを持っているファミリーなど一つもなく、いろんな物を譲り合って暮らしていました。
 なので、大学図書館は夢のような場所でした、めったに連れていってもらえなかったけど! 子どもの本は資料用の外国語の絵本しか無かったけど、司書さんが、どうぞ、と運んできてくださって、色とりどりの絵を見ているだけで幸せでした! しんと静かな空間で、小さい私のために大人の司書さんがうやうやしく絵本を集めてきてくださる、それだけでうっとりしました! 本に飽きたら、図書館を探検して、バラバラのサイズのいろんな本が、おすましして整列しているのを見て、背表紙をそっとなでながら歩き、よし、ここに並んでいる本を全部読もう! と決めたことを覚えています。
 
 父の大学院の卒業とともに地元の神戸に戻り、団地に入ります。相変わらず貧しいので、娯楽は図書館。週末は家族で回れるだけの図書館を回っていました。よく行ってた市民図書室は三軒で、私が一人で遠くに歩けるようになってからは隣の校区の小学校の市民図書室にも通ってたなぁ。シートン動物記も江戸川乱歩全集も全て読みました。作者で本を探す、ということを覚えた頃は、灰谷健次郎さん、今江祥智さん、山中恒さんなど片っ端から読んでましたね。
 一番のお気に入りは「岩波少年文庫」のシリーズ(ちなみに、当時から、なんで岩波「少年少女」文庫と違うねーん! とは思っておりました、うふふ)。何周読んだかなぁ……メアリー・ポピンズ、ドリトル先生、やかまし村にエーミールにピッピ、ケストナーやリンドグレーンも片っ端から読みました。ミヒャエル・エンデの影響も大きいな、『はてしない物語』の各章が「これはまた別の話、別のところで…」と結ばれて、話がどんどんはてしなくなるのが好きで、私もちょいちょい取り入れます、うふふ。
 中でも、ナルニア国ものがたり! これは五周は読んでいます、「朝びらき丸」と言われると反射的に「東の海へ!」と言うし、「カスピオン王子!」には「つのぶえ!」と叫ぶでしょう。岩波少年文庫で百人一首みたいなカルタがあったら、私けっこう強いな! ナルニア国ものがたりは私の中にしっかりと入っていて、親戚の家に立派な洋服ダンスを見かけるたび、潜り込んでナルニアに通じていないか調べていました。独立した女の子ルーシィは今も私の指針の一つ。ルーシィは四人姉弟の末っ子で、上の子たちが間違ったことを主張して、結局ルーシィの言うとおりだったとしても、ルーシィはみんなを励まして導きます。「ルーシィは他の女の子みたいに『ほら、やっぱりね』と言わないんだね」。この文章を読んでから、小2の私も「ほら、やっぱりね」は絶対に言わない、と決め、今もそうしています。『頼もしの君』ルーシィを今も目指しています。
 
 図書館めぐりをしていて、私は初めての交渉をします。貸出冊数が大人のほうが多く子どもの方が少ない。あれ? 大人は、子どもに本をたくさん読め! というのに、私はもっと読みたいのに、おかしくない?
 そうして私は、一番読みたい本がそろっている市民図書室の司書さんに、小3のとき「子どもの貸し出し冊数を増やしてほしい」と要望します。が、「決まりのため変えられない」と言われます。そこであきらめる私じゃないんだな!
 それから、子どもの本の文字数と、大人の本の文字数をカウントします。その図書室で、父が借りたものと私が借りたもの、二回分をカウントして、子どもの本の文字数のほうが明らかに少ない、とまとめます。そして「冊数ではなく文字数で考えると、子どもの本のほうが明らかに少ない。子どものほうがたくさん借りてもいいはずだ! せめて大人の貸し出し冊数と同じにしてほしい」と『お願い文』を作ります。再び市民図書室の司書さんに提出し「これはあなた(司書さん)一人ではなくて何人かで話し合って返事をください、できればその結果を手紙で返事をください」と言いました。その結果! 「子どもでも要望があれば、大人と同じ貸出冊数にする」と運用が変わったのです! ちなみにこれはうちの親は知らないことなのですよ、勝手にいつもどこかしらに何か物言いに行ってる私に「首つっこみすぎ」と良い顔してなかったので、このときは親に「何か知らないけど、今週から貸出冊数が増えたー」と報告しただけでした。ごめん、私が三週間かかって交渉した結果でした!
 
 本は借りるもの、廃品回収のときにもらうもの、古本屋さんで買うもの、という生活だった私が、初めて、お小遣いをためて買った本があります。『はるかな国の兄弟』という本です。このタイトルを書くだけで、自分の最も重要な約束を漏らしているようで緊張します!
 リンドグレーン作『はるかな国の兄弟』は、図書館で借りたあと、すぐにもう一度借り、何度も何度も借りたあと、この本を手放したくない、ずっと一緒にいたいと思って、近所の本屋さんに注文しました。ハードカバーでケースもついていて、そぅっと持って帰ったあと、机においてじっと見ていたのを覚えています。その後、私は枕の下にこの本を入れて眠り、祖母の家に泊まりに行くときも、どこに行くときも、持ち歩いていました。
 『はるかな国の兄弟』はヨナタンとカールという兄弟の話。兄弟はものがたりの冒頭に死んだあと、はるかな国ナンギヤラに行きます。そしてそこでいろんなことがあって、また死ぬのだけど、ナンギリマに行く光の中で終わります。ヨナタンとカールも大好きだけれど、何が私の中に入ってきたかというと、「ナンギヤラ」です。私も死んだ後、ナンギヤラに行くと決めました。そして私の大好きな人にも伝えて、ナンギヤラで会う約束をせねば、と思いました。
 母に急いでこの本を読ませました。読み終わった、という母に「もし、私が死んでも大丈夫だから、ナンギヤラで会えるからね、ママが死んでもナンギヤラで会おうね!」と言いました。そう、この約束をしていくためにこの本を手に入れることが必要だったんです!
 この約束は時々繰り返し話していて、小6の頃かな、母と大喧嘩して学校に行くとき、口をきかずに家を出る最後、「もし、このまま離れていたときにどちらかが死んだりしても大丈夫だからね、ナンギヤラで会えるからね、気にしなくていいからね」と言ったそう。母は今でも「あのときは、娘に負けた……と思ったよ、自分が意地張ってるのに気付かされて」と言ってました。
 
 中学、高校になってからは『はるかな国の兄弟』を持ち歩かなくなりましたが、ナンギヤラは私の中にずっとありました。そして、また巡り合ったのが大学のとき(鳥取大学医学部生命科学科に入りましたが、優秀な成績で三年で中退して芸人になりました)。医学部の授業で『死ぬ瞬間――死とその過程について』という本が出てきます。キューブラー・ロスが終末期の方々にインタビューしたもので「死に行く者の過程」は、否認、怒り、取引、抑うつ、受容の五段階ある、ということが書かれています。そのインタビュー中、北欧の小さな女の子が病気で亡くなる直前に、母親にナンギヤラの話をしているのです! ナンギヤラで会えるから、と。心配しないで、と。そして母親は小さな娘が亡くなったあと「あの子とはナンギヤラでまた会えるから。今は少し寂しいけど」と。あぁやっぱり、ナンギヤラと決めた方々がおられるなぁ、私もこの親子とナンギヤラで会うかもなぁ、と実家の母に電話して、大学の授業の本でナンギヤラが出たことを伝えました(今、手に入れた『死ぬ瞬間』を調べたらナンギヤラの記載が無い! でも私が授業で手にした後に出た改訂版だからかな? また調べなくては!)。
 今も、ナンギヤラのことは会話に時々のぼります。二〇一一年の東日本大震災から原発事故の取材を始めた私に、実家の母は繰り返し激怒の電話(芸人が事故の取材など止めなさい、仕事干されるでしょ! 政府が国民を守らないわけないでしょ!)をかけてきて、何度か親子の縁を切るのですが、その間も「たとえ親子の縁を切っている間に、どちらかが死んでも、それはそれ。またナンギヤラで会えるから」と思っていました。再び仲良くなってから、答え合わせのように、あのときナンギヤラでまた会えるしね、て思ってたよね、と喋りあっていました。
 
 そして! 母以外に『はるかな国の兄弟』をお読みなさい! と手渡したのは、漫才の相方であり、連れ合いでもあるケンパルです! けれどなかなか読み進まない、なぜ? すると衝撃の告白をされるのです、「僕は字を読むのが苦手で、一度も本を最後まで読んだことがない」。えー!! そんな三二歳(結婚当初)初めて見た!
 ケンパルは字を読むのも書くのも苦手。小さいときから本を読むのが好きすぎて「本ばかり読みなさんな!」と怒られていた私には衝撃でした! 字を読むのが苦手、ということで、私が漫才台本を書いても、読むことができず、口述で覚えるというやり方。どうもケンパルはディスレクシア(識字障がい)のようでした。書くのも苦手で、鏡文字を書いたり、ひらがなとカタカナが混じっていたり。字を形や模様として捉えてしまい、文字と認識するのが難しいようでした。でも彼はパントマイムや針金の造形に優れた才能を発揮していて、形を捕える脳の仕組みが違っているのだなー、と面白いんです!
 「あのさー「ね」と「れ」と「わ」って区別つきにくいよねー」
 「「大丈夫」って漢字、ほとんどバリエーション違いだよねー」
 彼の文字に対するコメントは興味深くて、せっせと収集しました!
 文字が苦手なケンパルの最大限の意思表示は手紙を書くこと。「マコちゃんへ」の「ちゃ」が、「ち」の横に小さい「や」でなくて、小さい「ち」が並んでいて、これ、どう読むの? と聞いたら、小さい声で「「ちゃ」って、小さい何やったっけ?」と聞くケンパルが可愛らしくてたまりません! 間違いなく、ケンパルが書いた手紙は私宛てが最も多かろう、と思いながら、『はるかな国の兄弟』を読ませて、ナンギヤラで会う約束をせねばなりません! ていうか、本を読まない、というのは、人生が半分以下になってしまうような勿体ないこと! どうすればよいの?
 まず私は読み聞かせをしました。毎晩寝る前。ケンパルが熱を出して寝込んでいるときはずっと。ファージョンの『ムギと王さま』や『天国を出ていく』は小品集だから最適でした! そして頭の回転が速くなるよ! と簡単な文章の速読を毎日一緒にして。二年くらい経って、これ面白いから読んでみて? 芸人の勉強にもなるよ! と渡したのが『月なきみそらの天坊一座』(井上ひさし著)。
 泣いたり笑ったりしながら、ゆっくりゆっくり読んだケンパル、「僕、生まれて初めて本を一冊読めた! もっと僕が読んだらいい本教えて」と欲が出た彼にすかさず、本が読めるということは、いろいろな方の考えや物語を、直接話を聞かないのに手に入れられるということだよ、と言い、様々な本屋さんや図書館に行って「ほら、ここにあるたくさんの本は、古いもの新しいものもたくさんあって、ケンちゃんが知らないことばかりなんだよ! それを選んで持って帰ったら、ゆっくり読めるんだよ!」と言うと、うわぁー! と目が輝きました。今のケンパルは、速度は遅いけど、いろんな本を読んでいます。常にカバンに読みかけの本が入っているという成長っぷり! ケンパルは確実に読むことが、読んで自分の知らないことを知ることが大好きになりました! そしてゆっくり読むケンパルは、私が超スピードで読み飛ばしてしまう部分に、丁寧に泣いたり笑ったり感じ取っています。彼の読み方も勉強になるなぁ! そしてケンパルのお気に入りの小さい本屋さんがいくつかあって、彼によると「本屋さんの本の顔が全然違う。選ばれて胸張ってる感じ」だそう。
 
 八年間、仕事を干されても、原発事故の取材をずっと続ける原動力は何? とよく聞かれれます。それは、病気や自死された記者さんや研究者や裁判の原告や弁護士さんらを見てきたから。余命宣告されたり、自死を決めた方々が、原発事故の問題はおかしい、と動き続けたのを見たから。その方々とナンギヤラで会うときに「私もちょっとだけ頑張ってきました!」と伝えたいので。社会を変えることは難しいと思いがちですが、自分の半径五mを変えていくことは簡単です。それをみなで繰り返すことが社会を変えていくことだと思います。本を一冊も読めなかったケンパルが本大好きっ子になったように。原発事故の取材なんかするなと言った母が今は沖縄の辺野古の基地移設問題に抗議して、生まれて初めてチラシ配りをしているように! 私は私の半径五mを変えていって、できることをできるかぎりやって、そしてナンギヤラに行こうと決めているのです。
 (おしどり まこ・芸人・記者) 

 

◇こぼればなし◇

◎ ドイツの出版事情をご紹介するのも今回が最後となります.

◎ 彼の地の書籍市場も下降傾向にありましたが,ここ数年は安定しており,二〇〇七年と一七年の一〇年で比較してみますと,〇七年の五〇億七〇〇〇万ユーロ(六五九一億円)に対して五一億六二〇〇万ユーロ(六七一〇億六〇〇〇万円)と堅調な推移を示しています.

◎ 他方で書店の数は減っており,年間でおよそ一五〇店舗が閉店している計算になるとか.とくに二〇一四年から一六年にかけては,一四パーセントも減少したそうです.書店間の買収,吸収が繰り返される時期がしばらく続いていたそうですが,現在は落ち着いた模様.

◎ 書籍の売上が減少したことから,数年前には書店業界から出版社に対して,本の価格を引き上げるように要請したこともあったそうです.たとえば『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウンの新刊であれば,ドイツではハードカバーで三六ユーロ(四六八〇円).日本の場合,上下で各二〇〇〇円,計四〇〇〇円といったところでしょうか.ドイツのほうが若干高めの感じですが,「彼の新刊ならば,四〇ユーロ(五二〇〇円)でも読者は買うだろう.この先,本の価格が上昇することはやむを得ない」と書店側は考えているようです.

◎ 彼の地を見聞してきた同僚は,実際に店頭で本の価格にふれ,日本と比較して全般的に高いという印象をもったそうです.『星の王子さま』のドイツ語版のペーパーバックは,九・九五ユーロ(約一三〇〇円).同書の岩波少年文庫版は六四〇円,岩波文庫では五二〇円です.単行本のオリジナル版は一〇〇〇円,愛蔵版は一六〇〇円.小社の文庫版よりは高いが単行本よりは安い,というあたりがドイツ語版ペーパーバックの価格設定といったところでしょうか.

◎ ほかの書籍の定価も,日本の一・五倍くらいの設定になっているように感じたと言います.四月号の本欄でもふれましたが,ドイツでは図書館も有料で利用されています.そういうことを含めて,本はある程度は高額な商品であるという感覚がドイツでは共有されている,ということでしょう.

◎ そんななか,二月号で紹介したオジアンダー書店は,二〇一五年の総売上高が七四五七万ユーロ(九六億九四〇〇万円),前年比で八・五パーセント増を達成しています.この数字を二〇一〇年の売上高と比較すると,四九パーセントもの伸び率になるというのですから,驚かずにはいられません.一八年は一億ユーロ(一三〇億円)の売上高を見込んでいるそうです.

◎ ひるがえって本邦の現状をみるに,彼の地とは相当異なっているようです.二〇一八年の,わが国の出版物の推定販売金額は一兆二九二一億円,前年比五・七パーセントの減.一四年連続の前年割れで,売上のピークであった一九九六年の,二兆六五六三億円の半分以下となっています.この国の本を取り巻く環境は,危機的な状況を迎えています.

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