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『図書』12月号 【試し読み】丸山直子/町田康

◆目次◆

国語辞書            丸山直子
古典の言葉           町田 康
愛しの「国語辞典」様      福島暢啓
辞書を小説のように読む     エフゲーニー・ウジーニン
タロー・目が点・広辞苑     さだまさし
『千一夜物語』の謎       深緑野分
「のっぺらぼう」への誘惑     稲賀繁美
十七字で言えること       川本皓嗣
語られたがっている言葉に耳を傾けよ 谷 賢一
土壌と人間           藤原辰史
かざる方程式          橋本麻里
痰のつまりし仏かな       長谷川 櫂
フランキストたち        片山杜秀
孕ませる神           三浦佑之
「アラ現代的」・「オヤ尖端的」だわね 山室信一
こぼればなし
十二月の新刊案内

(表紙=司修) 
(カット=なかじままり) 

◆読む人・書く人・作る人◆

国語辞書
丸山直子

 『岩波国語辞典』第八版が発行された。一九六三年に初版が発行されてから五六年が経つ。初版から携わってきた三名の編者が皆鬼籍に入った後の最初の版となる。私も改訂作業に加わったが、これまでの方針を受け継ぎつつ、時代に合わせた改訂を行った。
 国語辞書には、大型(『日本国語大辞典』―約五〇万項目所収)、中型(『広辞苑』『大辞林』など―二〇万~三〇万項目)、小型(『岩波国語辞典』『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』など―六万~一〇万項目)の三種があり、小型は特に種類が多い。紙の辞書はもちろん、電子辞書すら使われなくなりつつあり、いまやスマホでネット検索という時代において、これだけの国語辞書が存在し、版を重ねているというのは、奇跡的なことであると感じる。それぞれの編纂者が、変化していく言葉の今を写し取る「鏡(かがみ)」としての側面と、規範性を重んじる「鑑(かがみ)」としての側面のバランスを取りながら、それぞれの特徴を有した辞書を執筆している。
 一方、ネットで利用できる辞書の中には、編纂者が不明で、ネット上の不確かな情報をそのまま拡散させているようなものを目にすることがある。「辞書」を名乗っているために、信頼のおけるもののように見えてしまうことが、きわめて問題であると感じる。ネット社会における情報の在り方の問題である。
 責任ある辞書作りができる環境を守っていく必要がある。紙版、ネット版、アプリ版等様々な形の辞書の在り方を探っていきたい。
(まるやま なおこ・日本語学)
 

◆試し読み◆ 

古典の言葉
町田康

 河出書房新社が出した『日本文学全集』の八巻で「宇治拾遺物語」を現代語訳したせいか、最近、「古典について書きやがれ、クソ野郎」「古典の話をしないとぶち殺すぞ、木っ端」などと声を掛けてくださる方々があるというのはまことに有難く涙が零れる。
 と言うと自分は古典に造詣が深く、昔の文章、すなわち古文、漢文、くずし字などもスラスラ読めるように聞こえるが、そんなことはまったくなく、はっきり言ってチンプンカンプンである。だったら正直にそう言って古典の現代語訳など断ればよかったのだが、ものの弾みで、「へい、ようがす」と威勢よく引き受けてしまった。悲しいことだった。
 
 そんな自分が最初に日本の古典文学と出会ったのは中学校に通っていた時分で、国語の教科書に「平家物語」の確か、「敦盛最期」のところが載っていて、これを級の全員がひとりずつ朗読する、という授業があったのである。
 と言うと、「朗読くらい簡単でしょう」と仰る人がいるかも知れない。その人は毛糸編みのチョッキを着ているかも知れない。そのチョッキは卵色なのかも知れない。上着は灰色で、その上着の胸ポケットには万年筆が何本も何本も差してあるのかも知れない。仮にもしそうでなかったとしても、或いは、そんな人がいなかったとしても、しかし、朗読は簡単ではなかった。
 多くの生徒が、難解な漢字、どこで切れるのかわからない平仮名に当惑し、いたるところでつっかえ、そのうちに茫然自失して立ち止まり、ついにはそこから先に進めなくなってしまった。
 多くの生徒が、なぜこんな難行苦行を強いられなければならないのか、という疑問を抱き、「はやく古典文学から解放されて菓子パンを買い食いしたい」と思い、また、「古典文学など二度と読むか」と思っており、自分もその一人であった。 ところがどういう訳か、この授業によって自分のなかにふたつの文章が残った。それは、

 御方の軍兵、雲霞のごとく候
 なくなく頸をぞかいてンげる

の二つの文章で、その後、四十年以上経つが、自分は四十年間、突然、前後の脈絡とはまったく無関係に「御方の軍兵、雲霞のごとく候」または「なくなく頸をぞかいてンげる」と口走り、周囲の人間に気味悪がられ、また、疎んじられ、出世の機会を逃すということを繰り返してきた。
 何故そんなことをしたかというと、その二つの文章を口にすることが無性にたのしかったからである。では何故そのふたつの文章を口にするのがたのしかったのか、というと、それはおそらく声に出して朗読したときの調子が、自分の身体的な拍子の感覚にフィットし、かつ、その言葉の意味を注釈などによって理解できた感動が、当時あったからであろう。
 もっと簡単に言うと、リズムに乗れて、腑に落ちた、ということである。
 だから、黙読してわからないところを古語辞典で調べたり文法を学んで理解しただけではそうならなかっただろうし、ひたすら朗読を稽古して、全文をすべらかに朗唱できるようになったとしてもやはりそうはならず、その両方が、たまたまこの二つの文章に限っては、自分のなかで成立した、ということだと思う。
 
 だからもっと朗読の稽古をして、もっとわからないところを学んで、たのしめる範囲を広げていけば自分は日本の古典を自在自由に読めるようになって、充実して豊かな人生を歩んでいたはずである。ところがそうならなかった。
 なぜかというと自分はその後、ふとした気の迷いからパンクロッカーになってしまったからである。
 と言うと先ほどの卵色のチョッキの人がまた来て言うかも知れない。
 「パンクロッカーだって平家物語の朗読くらいできるでしょう。古語辞典だって引けるでしょう。実際は違うんじゃないですか。本当のことを語ってください」と。
 本当に腹が立つボケナスだ。なぜならそれが間違っているからだ。どういうことかというと、パンクロッカーになるためにはいくつかの手順があって、そのなかのひとつにパンクロッカーらしく振る舞う、というのがある。
 つまり、会社員には会社員なりの、役人には役人なりの振る舞いがあるのと同じようにパンクロッカーにはパンクロッカーなりの挙措、立ち居振る舞い、別の言い方で言うと、美意識、とでも言うのだろうか、そうしたものがあって、それに日本の古典文学が、あまり、と言いたいところではあるがまったく馴染まなかったのである。
 
 なぜ馴染まないか。その最大の原因はパンクロックがそもそも西洋のもので、日本のパンクロックはそれを輸入したというか、有り体に言えば真似をしていた、という点にある。
 要するに、西洋の本物のパンクロック、というのがあり、それをお手本にして一生懸命それに似せようとしていたのである。
 そのときもっとも邪魔になってくるのが、私たち日本人の日本人的なところで、なぜなら日本的なところが強調せられれば、それはお手本の、西洋的な感じ、からどんどん離れていくからである。
 だからパンクロッカーはけっして和装で出歩くことはなかった。というか多くのパンクスは和服を一枚も所有せず、ほぼ全員が洋装、しかも、西洋のパンクロッカーを真似、数多の鋲を打った牛革の上衣や極端に細い黒染木綿の洋袴といった奇矯の風体で天下の往来をのたくって歩いた。同じく三味線や鼓はけっして用いず、エレキギター、ドラムキットといった輸入舶載の楽器を得意げにかき鳴らした。
 
 そこまではよかったが、ここに一つの大きな問題が生じた。というのは、そう。言語の問題であった。
 自分らが本当にお手本通りにしようとするならば日本語を完全に捨て去る必要があった。そしてその代わりに英語を用いて日常生活をする必要があった。
 しかし自分らはそれをしなかった。いや、できなかった。私たちはそこまで英語を使いこなすことができなかったからである。そこで私たちはやむを得ず折衷案を採用した。
 どういうことかというと日本語はこれを使う。パンクロッカー同士の会話も歌詞も日本語でこれを行い、これを書く。
 ただし、そこから日本的な情趣、日本的な情感は可能な限り排除し、自分たちの内なる日本を滅ぼす。そうすることによって西洋的な雰囲気、趣き、簡単に言えば、パンクロック的な恰好よさ、を醸し出すことを企図したのである。
 このとき、当然のごとくに日本の古典文学はダサいものとして忌避される。
 ということで自分は「平家物語」をそれきり二度と手にせず、時折、「なくなく頸をぞかいてンげる」と言うばかりでちっとも古典が読めるようにならなかったのである。
 
 しかし考えてみればそれ、というのはすなわち、日本語で表現しながら日本語的なものを排除するということ、もっと言うと日本人でありながら日本人的な感覚を否定して生きる、というのは相当におかしなことで、私はパンクロッカーになってすぐにそのことに気がついた。
 そしておそらく周囲の連中もそのことに気がついていた。
 というのは当たり前の話だ、普段は、「源やん」とか「梅やん」とか呼び合って、きわめて土着的な生活をしている人間が、パンクロックをする段になると急に、話し方や考え方が遠くのなんの所縁も無い土地の人間のように変わる(振りをする)のだから変に決まっているし、もっと言うと滑稽千万である。
 しかしそれより他に生きる術がないので自分たちパンクロッカーは歯を食いしばって、日本語なのだけれども日本語じゃない風な日本語で自己を表現し、生きたのである。そしてその具体的な方法は、空虚に耐える、空虚を空虚と思わないようにする、空虚を横溢と強弁する、の三つであった。
 けれどもこんな空虚に人間が耐えられるわけがない。だから自分は実は日本的なるものにアクセスし続けていた。どうやってか。普通は日本の近代文学の底流に流れる日本的なものを通じて、それをするのだろう。しかし、その日本的な湿り気はパンクロッカーが厳に遠ざけるべきもの、身の内から消し去ってしまうべきものであるから、これはできない。
 
 ではどうしたか。自分は同じく舞台に立って人前ですることという意味では似ているが、その内容や表現の方法がまったく違っている、寄席の演芸、すなわち漫才、落語、奇術、浪曲、漫談、腹話術などから、自分らが自分らの日本語から、取り除いた日本語の実質というか実体というか実態というか、多くの人の頭の中味を外に表して、つながりながら変化してきた、言葉の果ての先端部分に触れて、自分の空虚を満たしたのである。
 そしてこれらはすべて書かれた言葉でなく、語られる言葉であった。
 そのとき(というのは四十年前)、例えば四十歳だった演者は、自分が二十のときに聞いた六十歳の人の語りを記憶している。それは話の内容・趣旨ではなく、ちょっとした言い回しだったり、文字でしか見たことがない言葉の音の高低だったりするのだけれども、そうしたもののなかにこそ人の本当の気持ちが詰まっているのだということが直感的に理解できた。
 いや、理解できたと言うとちょっと違う、自分がそうして言葉に於いて空虚な分、ぐんぐん吸いこんでしまった、と言った方が実際に近い。
 そしてその四十の人が二十のときに六十だった人は、二十のときに八十の師匠に教わったりして、その八十の人が三十だったときの実際に市井で話されていた言葉やその背景の空気感を語りに受け継いでいるから、私たちは現代の語りのあちこちにそれを見出すことができたのである。
 
 そして私は容易に近代を超えて近世に、というか、もっと向こうに言葉として、言葉を使うものとしてではなく、言葉に話される、現される者として近づいていくことが、訳がわからないうちにできてしまった。
 これがよいことなのか、悪いことなのか、私にはわからないが、私が古典文学に知らない間に近づいていってしまっていたのはそういう事情による。
 そして、そのことはいま自分が書くことや歌うこと、すなわち生きることにとって、もしそうなってなかったら、古典に近づいていなかったら、今頃は完全に破滅・破綻するか、そうでなかったとしてもかなり残念な人になっていただろうな、と思うくらいのことであるよなあ、と思うくらいのことである。と思う。
(まちだ こう・作家) 

◆こぼればなし◆

 ◎ 気づくと,はや師走.毎年のことではありますが,歳を経るごとに月日の流れが速く感じられます.みなさんのこの一年は,どのような年でしたでしょうか.

◎ 例年のごとく,本誌から生まれた書籍を紹介することから,この一年を振り返ってみましょう.まず二月.柳田国男の『先祖の話』の読み直しをとおしてその思考を『世界史の構造』からさらに深めた,柄谷行人さん『世界史の実験』が岩波新書として刊行されたのを皮切りに,三月には,戦中・戦後の「李香蘭」像を新たに描き直した,川崎賢子さん『もう一人の彼女 李香蘭/山口淑子/シャーリー・ヤマグチ』が.

◎ 四月には,農学者たちによって戦争末期に遂行された国策,満洲報国農場の実態に迫った足達太郎,小塩海平,藤原辰史『農学と戦争 知られざる満洲報国農場』.そして『ジョーカー・ゲーム』シリーズで知られる人気作家が読書の楽しさに読者をいざなう読書案内,柳広司さん『二度読んだ本を三度読む』が岩波新書から刊行となりました.

◎ 五月.注目の書き手が社会的な矛盾や呪縛と闘争した実在する三人の女性の人生を縦横に描く,ブレイディみかこさん『女たちのテロル』.

◎ 六月には,芸術と科学が交錯する場所から認識のあり方を考察するユニークなエッセイ,齋藤亜矢さん『ルビンのツボ――芸術する体と心』.漱石の『こころ』を斬新な視点から大胆に読み解いた若松英輔さん『『こころ』異聞――書かれなかった遺言』も,この月でした.

◎ 一一月.著者による旅先での写真を新たに加えてまとめられた,佐伯泰英さんの『惜櫟荘の四季』は,岩波現代文庫から.そして,ことし五月に急逝された加藤典洋さんの連載をまとめた『大きな字で書くこと』が刊行されました.

◎ こうしてならべてみますと,バラエティに富んだ収穫に恵まれた本誌の一年であったといってもいいでしょうか.連載時にお読みいただいたものでも,一書にまとめるにあたっては著者が手を入れたり,また新稿を加えているものもございます.年末年始のお休みに,ぜひ手に取っていただければと思います.

◎ ことしも,列島各地を自然の猛威が襲いました.台風一五号や一九号をはじめとして,大雨,集中豪雨に暴風雨,河川の氾濫や浸水,土砂崩れによる甚大な被害を伝える映像には目を疑いました.この年末を,生活再建への不安を抱え,思いにまかせぬ環境のなかで迎えていらっしゃる方も数多くおられることと思います.被災されたみなさまには,心よりお見舞いを申し上げます.

◎ 地球温暖化の影響でしょうか,列島を取りまく自然環境は大きく変わってしまったのかもしれません.心の準備だけでは足りず,一〇〇年に一度の災害に対する具体的な対策も必要ということでしょう.来年こそ穏やかな年でありますように,と祈るばかりです.

◎ 本号で,さだまさしさんの連載「さだの辞書」が終了となります.ご愛読いただき,ありがとうございました.

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