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『思想』2019年12月号 ローザ・ルクセンブルク-没後100年-

◆目次◆

思想の言葉………池田浩士

ローザ・ルクセンブルク再審――新しい収奪の形態をめぐって………足立眞理子
世界システム論とローザ………植村邦彦
赤い(レッド)ローザと黒い(ブラック)ローザ………酒井隆史
ヴェーバーとハイデガー………徳永 恂
まなざし,鏡,窓――フーコーとラカンの『侍女たち』(下)………立木康介
身体,情報,人間――情報哲学入門(2)………北野圭介
トクヴィルという謎――共和主義と分権制(2)………宮代康丈
アフリカ文学が紡ぐ「いま」――第3回 アフリカをクィア化する/クィア化するアフリカ――クィア・アフリカ文学の波………粟飯原文子
情報社会の生成と構造――サイバネティックス運動の理路(上)………大黒岳彦

『思想』2019年総目次

 

◆思想の言葉◆

ローザ・ルクセンブルクとマルクス思想の超克

池田浩士


 第一次世界大戦勃発の前年,一九一三年に刊行された『資本蓄積論』の最終章で,ローザ・ルクセンブルクは「資本蓄積の領域としての軍国主義」について論じた.マルクスが『資本論』第二巻で論究した拡大再生産による資本の蓄積という資本主義体制の核心問題を,マルクスに即しながら詳細に論じた彼女は,この最後の一章で,マルクスが言及していない軍隊を取り上げる.生産手段を製造する部門(Ⅰ)の不変資本(c)でもなく,消費手段を生産する部門(Ⅱ)のそれでもない軍隊制度が,資本主義体制の資本蓄積を軍事力として暴力的に防御するだけでなく,それ自体がまた剰余価値(m)を生み資本蓄積の一端を担うのは,なぜなのか.それは,可変資本(v)たる労働者に賃金として与えられる部分から「間接税」(物品税など)を徴収して,それを軍備拡張と「傭兵」のために回す,という「からくり」によってなのである.

 私たちの現在をも思わせるようなこの問題に着目したことで,ローザ・ルクセンブルクは,マルクスの思想を詳細に検討し摂取しながら,マルクスからさらに一歩を踏み出した.彼女にとっては,過去の思想ではなく現在の現実が問題だったのだ.『資本蓄積論』の三分の一にあたる第二編が,剰余価値と資本蓄積と拡大再生産についてのマルクスの論究からひとまず離れて,マルクス以前の国民経済学者たちの学説と,マルクスの論究をめぐるマルクス以後の論者たちの学説および論争をひたすら詳述していることのなかにも,彼女の問題意識は示されている.彼女が正しいと考えるマルクスの理論は,どのような歴史的脈絡のなかで,どのような歴史的時点に,そしてなにゆえに,生まれることができたのか.そのマルクスの理論は,それが社会化されるとき,どのような問題を提起し,どのように,だれによって,理論から実践へと移されようとしたのか.そしていま,さらには今後,どのような意味を持ちつづけ,どのような新たな意味を獲得しうるのか.

 マルクスの理論と思想にたいするローザ・ルクセンブルクの基本的な姿勢を物語る一篇の論説を,彼女は『資本蓄積論』のちょうど一〇年前,一九〇三年三月一四日のドイツ社会民主党機関紙『フォーアヴェルツ』(前進)に書いている.「カール・マルクス」と題されたそれは,二〇年前のその日に歿したマルクスについて論じたもので,発表当時は無署名だったが,のちに彼女のものであることが明らかにされた.

 マルクス以前にも,資本主義諸国には大量の賃金労働者が存在していたし,ブルジョワ社会における平等を求めることを通じて社会主義への道を模索する動きもあった.だが,この労働者たちを,社会主義的変革のための政治権力を担うという特別の歴史的任務を持った階級にまで初めて高めたのは,マルクスだった.これによってマルクスは,ブルジョワ社会の不倶戴天の敵とならざるをえなかったのである.―社会革命の歴史におけるマルクスの位置をこう確認したのち,彼女は,マルクスの死後にマルクスの思想がたどった道に目を向けていく.「支配階級にとっては,現代の労働者運動に打ち勝つことはマルクスに打ち勝つことだ,ということが明らかになった.マルクス死後の二〇年は,マルクスの精神を労働者運動のなかから理論のうえでも実践のうえでも殲滅するための,絶え間ない試みの連続なのである」.

 こうした試みは成功しなかったばかりか,ブルジョワ社会はマルクスの社会主義に対してますます無力であり,マルクスは以前にもまして生きいきとしている―というのが,その時点でのローザ・ルクセンブルクの認識だった.もちろん,現在の時点では,これとは別の思いをいだかざるをえないだろう.だが,彼女のマルクス論はそこで終わっているのではない.それの眼目はさらにその先にある.彼女は,マルクスを前にして為すすべを知らぬ「今日こんにちの社会」に,マルクスを始末するための唯一の道を示してやるのである.

 「もちろん,今日の社会にも,ひとつの慰めは残されているのである.この社会は,マルクスの教説を超克する方法を見つけるために汲々として空しい苦心を重ねながら,そのくせ,そのための唯一の現実的な方法はこの教説そのもののなかに隠されている,ということに気付かない.徹頭徹尾歴史的であるがゆえに,この教説は,時間的に限定された妥当性しか要求していないのだ.徹頭徹尾弁証法的であるがゆえに,それは,それ自身のなかに,みずからの没落の確実な萌芽を宿しているのだ」.―マルクスの思想の妥当性は,いわば永遠不滅の真理などではなく,時間的=時代的に限定されたものなのである.ある時点で,それ自身が必ず止揚=廃絶されるのだ.では,そこにいたる道すじは何か.

 彼女はまず,マルクスの教説の核心は「階級対立にもとづく最後の「敵対的」な社会形態から,すべての構成員による利害関心の連帯にもとづいて構成される共産主義社会へと通じる歴史の道すじを認識した,という点にある」ことを確認する.マルクスの教説は,こうした歴史の移行の精神的反映なのだ.「しかしそれは,単なる反映以上のものである.すなわち,マルクスによって認識された歴史的な移行は,そのマルクスの認識が社会的な認識,ある特定の社会階級の,現代プロレタリアートの認識とならなかったなら,決して成就されえない.マルクスの理論によって明確に述べられた歴史的な変革には,マルクスのその理論が労働者階級の意識を形づくるものとなり,そのようなものとして歴史そのものの構成分子エレメントとなる,という前提・・があるのだ」.

 この前提が現実のものとなるとき,マルクスの思想は没落・・するのである.マルクス論の最後の一節を,彼女はこうしめくくる,「マルクスの教説は,こうして,既存の社会体制にとって最も危険な部分において,遅かれ早かれ確実に「超克」されるだろう.しかしそれはただ,既存の社会体制もろともに・・・・・でしかない」.

 大戦の終結とともに始まったドイツ革命が資本主義世界を震撼させたとき,みずからの思想がこの世界もろともに超克される日を迎える以前に,ローザ・ルクセンブルクは惨殺された.かつての同志たちは,彼女を殺すことで既存の秩序を生き延びさせたのである.一〇〇年後の今日,彼女が見たような階級としてのプロレタリアは,ほとんど姿を消した.だが,劣悪な労働と暮らしを強いられ,孤立を余儀なくされた賃金労働者たちは,この階級社会のいたるところに生きている.彼女の思想が,この人びとの意識を形づくるものとなり,それによって歴史そのものの構成分子エレメントとなる,という資本主義の歴史のひとこまは,これから始まるのだ.

 

 

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