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『思想』2020年1月号 時代区分論

◇目次◇

思想の言葉………南川高志
〈総説〉複眼的時代区分論………金澤周作
西洋古代史の時代区分と「古代末期」概念の新展開………南雲泰輔
長い中世について――ル・ゴフの問題提起とその後の展開………江川 溫
西洋近世史研究の70年………岩﨑周一
ジェンダーの視点からみたヨーロッパ近代の時代区分………姫岡とし子
「同時代」と歴史的時代としての「現代」………小野沢 透
時代区分に抗して――コゼレックの複合的時間性の理論………ヘルゲ・ヨールハイム

グローバルリスク・ガバナンスとその限界――グローバルヘルス事例とサイバーセキュリティ事例の比較分析………城山英明
世界への導入としての教育――反自然主義の教育思想・序説(4)………今井康雄

 

◇思想の言葉◇

二一世紀の歴史学と時代区分

南川高志


 平成から令和へと元号が改められた。改元前後の時期には、テレビ番組や新聞で「平成」がいかなる時代であったかを論じる特集がたくさん組まれた。平成の時代が三〇年間ほどと、普通一世代とされる長さであったことが、この元号の期間を一時代とまとめて回顧することを容易にしたかもしれない。しかし、過ぎた時間の正確な評価をするにはもう少し時が経過してからでないと難しいと考えた方もおられただろうし、一方、この改元で「昭和」の時代が完全に歴史となったと思われた方も少なからずおられたのではなかろうか。

 ところで、このたびの元号のように、人は何らかの概念や枠組みなどを用いて過ぎた時間を区切り、「時代」として過去を理解し、現在の位置や状況を認識しようとしてきた。西洋の場合、古代ギリシア世界で紀元前九、八世紀頃に成立したとされるホメロスの二つの叙事詩において、早くも「時代意識」が見られ、次いで前八世紀頃の詩人ヘシオドスの作品『仕事と日』には、金・銀・青銅・英雄・鉄の五種族、五時代の物語が語られる。ヘシオドスのもう一つの作品『神統記』では、ウラノスからクロノスを経てゼウスへと至る、神々の三代の闘争を通じた支配者の交代が語られており、神々の世界の系譜が語られる背後に人間の世界での支配権の交代があったことを思わせる。今日の歴史学の起源が古代ギリシア世界で誕生する前の時期にも、こうした時代区分に準じた説明がなされていたのである。

 過ぎた時間を区切って過去を理解することは、人間の生き方や来世観にもがる重要な作業でもあった。例えば、人間の歴史を終末に向かって歩むものと考えたキリスト教の歴史観では、五世紀の教父アウグスティヌスが、アダム以来キリストの再臨と終末に至るまでの時の流れについて六時代区分を考え、これが長く影響力を維持した。また、旧約聖書の『ダニエル書』に発するとされる、世界史を四大帝国の変遷と見る史観は、ローマ帝国から中世を経て一九世紀のヘーゲルの歴史哲学にまで影響し、オリエントからギリシア、そしてローマ、さらにヨーロッパへと強国が変遷するヨーロッパ中心的世界史像の基礎となった。このヨーロッパ中心的世界史像は、第二次世界大戦後の日本の高校教科書の構成にまで受け継がれていく。マルクス主義史学では、時代区分は世界史の発展段階と連動しており、社会運動と密接な関係を持ったことは改めていうまでもない。

 世界史を古代、中世、近代と分ける三時代区分法は、ルネサンスの時代に人文主義者たちが自分たちの時代を、範とする古代の再生と位置づけたことに発しており、ドイツの歴史学者ケラリウス(ケラー)が一七世紀後半に著した本で提唱したといわれている。しかし、この三時代区分がよく用いられるようになったのは後のことであり、古代、中世、近代という時代区分は長らく、古代とそれ以外という二時代区分をはじめ種々の時代区分法の一つに過ぎなかった。また、中世ヨーロッパにはこれとは別の「三時代区分」もあったのである。現在、西洋史に関して日本では「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」の区分が一般に用いられているが、この時代区分が西洋世界のどこの地域にでも同じように当てはまるわけではないのはもちろんのことである。

 このように時代区分とは、かくも重要で且つややこしいものなのである。いうまでもなく、時代区分は単なる時期区分ではない。とくに学問としての歴史学にとって、それはおおまかな印象ではなしえない作業である。そう区分すべき理由が適切に説明される必要があるだけでなく、そう区分することによって到達できる認識目標も適切に設定される必要があるからだ。そうした区分によって何が認識されるのかが重要である。もっとも、誰の、誰のための、何のための時代区分なのか、一致した見解を得ることはきわめて困難でもある。このために、歴史学の歩みの中で、時代区分のあり方をめぐって幾度も論争がなされてきた。日本の歴史学界でも第二次世界大戦後しばらくは熱心に議論がなされ、とくに中国史の領域での論争はきわめて激しいものであった。

 しかし、そうしたことは今日の日本の歴史学界では忘れ去られているようにみえる。この事態を捉えて、一九九八年に刊行された『岩波講座 世界歴史』第二版の第一巻所収論文「時代区分論」において、東洋史研究者の岸本美緒が、日本の歴史学界にあっては狭義の時代区分法の前提が崩れてきている、と書いている。二〇世紀の第四・四半期、かつて時代区分論争を成り立たせていた「共通の枠組」がほとんど崩壊していると述べているのである。岸本に拠れば、「共通の枠組」とは、社会がある構造をなす実体であり、それは所定の段階を経て発展する、そのためにその度合いを共通に測ることができるという見方である。これが崩壊したというのである。同講座の編集委員を務めた岸本のこの説明は、『岩波講座 世界歴史』の第一版では行っていた世界史全体の時代区分を第二版でしなかった理由にもなっている。

 しかし、岸本は「人はそもそも時間を区切ることなしに歴史を認識できるのだろうか。……かつての論争を支えていた発展段階論の枠組をトータルに批判しようとする論者にしても、大きな歴史の流れをとらえようとする限り、何らかの形で歴史的な時間を区切り、意味づけているのである」とも書き、そもそも時代区分とは何をすることかという問いを、専門領域である中国史に素材をとりながら論じている。

 日本の西洋史学界にあっても、時代区分をめぐる議論は長らくなされてこなかったといってよかろう。岸本が指摘するような背景以外にも、留学経験や現地調査を踏まえた原史資料・手稿資料優先の細かなテーマの研究が西洋史の学界で優勢になり、大きな枠組を論じることが忌避されるような状況が継続してきたことも、これと深い関係にあるように私には思われる。また、時代区分にあたって主要な社会に変革をもたらす政治的な事件が画期とされてきたために、政治的事件を重視しない歴史学の流行によって、時代区分そのものも後景に追いやられていったといえるかもしれない。

 しかし、時代区分をめぐる問題は、個別具体的な研究の高まりを受けて、また「構造」を把握せんとする歴史学によっても、再提起されてよい課題である。そして、実際に個別の研究領域では、時代区分再考を促すような議論が生じているのである。例えば、一九八〇年代に大きな潮流となったピーター・ブラウンの「古代末期」論はそれにあたるだろう。従来、ローマ帝国衰亡史の枠組で捉えられていた古代の終焉期、中世への移行期について、ブラウンはローマ帝国の滅亡など政治的な事象よりも社会的・宗教的な有り様を重視し、「古代末期」という概念を提起した。彼は、ローマ帝国時代の二〇〇年頃からカール大帝時代の八〇〇年頃までを、古代でも中世でもない「古代末期」と捉え、それ自体独自の価値を持つ時期として描き出そうとしたのである。

 また、最近注目を集めた見解に、アナール学派第三世代の代表的研究者であったジャック・ル=ゴフが、生前最後の書き下ろしとなった書物(二〇一四年)で論じたことがある。この書物は、『時代区分は本当に必要か?』という衝撃的なタイトルで日本語版が出版された(菅沼潤訳、二〇一六年)。この書物の中でル=ゴフは、ルネサンスを近代の幕開けを告げるものとしてきた解釈を再検討しようとするが、その過程で提出されるのは「長い中世」という考えであり、中世から近代への断絶は一八世紀に見いだされるとする。この考え方に従うならば、一六世紀には、そして事実上一八世紀半ばまでは根本的な変化は起きていない。そのため、従来の時代区分「近世」は消滅することとなるばかりか、「近代」とは何かについても再考を求められることになろう。

 時代区分の点で常に再考を迫られているのは「現代」であるといってよい。私が大学院生時代を過ごした時期(一九八〇年代前半)に「現代史」は第一次世界大戦から説き起こされていた。二一世紀となり、「現代」の扱いは当然変わった。いつから「現代史」とすべきであるかは、現代史研究の本質につながる問題である。

 私は以前、エッセイで時代区分論について言及したことがある(『史学雑誌』一二一編三号、二〇一二年)。ただ、それは過度の専門分化を克服し大きな議論にがる研究をしようと言いたいため書いたものであって、時代区分の議論の提案ではなかった。しかし、先述の岸本論文からも二〇年の歳月が流れ、二一世紀に入って世界でも日本でも未曾有のといってよい出来事が数多く生じている。いまこそ、歴史研究のあり方を見つめ直すためにも、正面から時代区分について考える必要があると感じる。その際、長らく退けられてきた「政治的事件」の意義をどう取り扱うか、そして「自然」「環境」の変化を時代区分にどう組み入れるか、これらが注目されるべきではないかと考えている。

 

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