『図書』4月号【試し読み】野見山暁治/赤坂憲雄×三浦しをん
◇目次◇
聖人になった平凡な母親 松﨑一平
二〇一九年秋の回想的断章 片岡大右
サン・パウロ、フーアを歩く 阿部航太
プルーストの謎 吉川一義
ことわざの森に出かけてみよう 藤村美織
黄色い本のあった場所(1) 斎藤真理子
一本の道 辻山良雄
『弦楽のためのレクイエム』 片山杜秀
泥の歴史学 藤原辰史
五十六年後の、雨に咲く花 片岡義男
鼈甲は眼で舐めろ 橋本麻里
誰も自分の死を知らない 長谷川 櫂
エロとグロの後にくるもの(2)山室信一
こぼればなし
四月の新刊案内
(表紙=司修)
(カット=なかじままり)
二〇一九年秋の回想的断章 片岡大右
サン・パウロ、フーアを歩く 阿部航太
プルーストの謎 吉川一義
ことわざの森に出かけてみよう 藤村美織
黄色い本のあった場所(1) 斎藤真理子
一本の道 辻山良雄
『弦楽のためのレクイエム』 片山杜秀
泥の歴史学 藤原辰史
五十六年後の、雨に咲く花 片岡義男
鼈甲は眼で舐めろ 橋本麻里
誰も自分の死を知らない 長谷川 櫂
エロとグロの後にくるもの(2)山室信一
こぼればなし
四月の新刊案内
(表紙=司修)
(カット=なかじままり)
◇読む人・書く人・作る人◇
幻の松林 野見山暁治
この先、どうやって生きてゆけばよいのか。砂丘のゆったりとした凹みに、いくらか体を埋めて、丘陵をおおったこの松林がどこまでも続いてくれれば、と願っていた。
多くの人は家を焼け出され、それでも夜毎に新たな炎が燃えさかり、いつ果てるとも知れない業を見ていた。
戦地で、まったくの廃品となったぼくは、ソ満国境の置き忘れられたような陸軍病院の一角に、漂流物のようにしがみついていた。生死の争いが、日々ぼくの体内で過ぎていったのか、本人にはもう関連のない時間帯だったのだろう。
それまでぼくのいた兵舎には凍てついた絶壁が、すぐ目の前に立ち塞がり見渡すかぎり続いていた。ソ連領。壁面の随所にあけられた穴ぼこの暗い影からは、銃口が一斉に、その遥か下で動いているぼくたちに照準を合わせているはずだった。
あえて狙われるまでもない。この地に生きているのは、いつ消えてもおかしくはない。
ほぼ垂直なその岩壁をよじ登り、そのどこかでぼくは射抜かれ、はるか下を流れる河に落ちてゆく姿を、病室の壁にありありと見ていた。
つい先ごろ何気なく歩いていて、松林の中に踏み込んだ。あれほどにも泌々と、体ごと入り込んだ今わの景色とは、違うが間違いない。ぼくは生きていたのか。
あれはずっと昔のことだ。ぼくが大人になりかけた頃。嘘だろ。じゃあ、それまでの長い歳月はどこへ行ったのか。
多くの人は家を焼け出され、それでも夜毎に新たな炎が燃えさかり、いつ果てるとも知れない業を見ていた。
戦地で、まったくの廃品となったぼくは、ソ満国境の置き忘れられたような陸軍病院の一角に、漂流物のようにしがみついていた。生死の争いが、日々ぼくの体内で過ぎていったのか、本人にはもう関連のない時間帯だったのだろう。
それまでぼくのいた兵舎には凍てついた絶壁が、すぐ目の前に立ち塞がり見渡すかぎり続いていた。ソ連領。壁面の随所にあけられた穴ぼこの暗い影からは、銃口が一斉に、その遥か下で動いているぼくたちに照準を合わせているはずだった。
あえて狙われるまでもない。この地に生きているのは、いつ消えてもおかしくはない。
ほぼ垂直なその岩壁をよじ登り、そのどこかでぼくは射抜かれ、はるか下を流れる河に落ちてゆく姿を、病室の壁にありありと見ていた。
つい先ごろ何気なく歩いていて、松林の中に踏み込んだ。あれほどにも泌々と、体ごと入り込んだ今わの景色とは、違うが間違いない。ぼくは生きていたのか。
あれはずっと昔のことだ。ぼくが大人になりかけた頃。嘘だろ。じゃあ、それまでの長い歳月はどこへ行ったのか。
(のみやま ぎょうじ・画家)