『図書』2025年10月号 目次 【巻頭エッセイ】小泉凡「怪談に導かれて」
八雲と『怪談』と平井呈一のこと……荒俣宏
路地裏の古代……佐野史郎
蘭奢待、その香りと分析……菅原俊二
「こだわりのコーヒー店」とともに……山内秀文
おとなになって読むケストナー……篠田宏昭
日光のオランダ灯籠……タイモン・スクリーチ
マーシャル『経済学原理』の新訳に寄せて……丸山徹
『思い出のマーニー』──過去の時間との出会いと癒し……河合俊雄
「この計畫には體系がない」/時代とともに変化する……山本貴光
絵本を通じた遊びと実験の場所……大和田佳世
『静かなドン』が描く共同体家族の銃後における鬱屈と欲望……鹿島茂
10月の長雨に“待った”……柳家三三
10月、海と陸とを股にかけ……円満字二郎
死の王国……中村佑子
こぼればなし
10月の新刊
[表紙に寄せて]十字路 蜂飼耳
草むらにすだく虫の音に秋の深まりを感じる季節。小泉八雲の代表作『怪談』には再話文学15編と、エッセー2編、それに「虫の研究」(「蝶」「蚊」「蟻」)が収められている。人間中心主義を嫌った八雲にとって怪談も虫たちの世界も、〈かそけきものの声音〉であり、八雲のアニミズムへの志向性が底流している。
怪談の原話の提供と語りは、妻セツの役割。ふたりで紡いだ怪談文学は、東洋と西洋、人と自然、生者と死者、現実世界と異界をつなぐ物語だといえる。それは、分断、対立、戦争という現代社会のなかにあって〈つながりの感覚〉を得ることができる文学として、受け入れられているのかもしれない。
私は、祖父一雄(八雲の長男)の笑顔を微かに覚えている。幼稚園から帰宅すると、祖父はしばしば平井呈一氏と幸せそうに話し込んでいた。そして私の顔を見ると平井氏はいっしょに電車ごっこに付き合ってくれた。その時には、著名な怪奇文学の翻訳家であることなど知る由もない。佐野史郎さんとは、「小泉八雲・朗読のしらべ」を七十数回ご一緒している。いずれも怪談に導かれた嬉しいご縁である。
(こいずみ ぼん・民俗学)
〇 ときどき無性に餡パンを食べたくなる衝動にかられながら、のぶと嵩、そして戦争をはさんだ昭和の時代を2人とともに歩んでいく人びとを見守り続けて、早半年。NHK、朝の連続テレビ小説「あんぱん」がフィナーレを迎えました。物語が進むにつれ、柳井嵩のモデルであるやなせたかしさんの貴重な自叙伝『アンパンマンの遺書』(岩波現代文庫)にもいっそう注目が集まったようで、本は刷を重ねています。
〇 9月29日からは、新しい朝ドラ「ばけばけ」がスタート。「この世はうらめしい。けど、すばらしい」のキャッチフレーズのもと、舞台は明治の松江、小泉セツと小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)という、怪談を愛する夫婦をモデルとした物語です。
〇 本号では、八雲の曾孫にあたる民俗学者の小泉凡さんが巻頭言をお寄せくださり、八雲の翻訳者、平井呈一に中学3年のときに弟子入りしたという荒俣宏さんと、「ばけばけ」で島根県知事を演じられる松江ご出身の佐野史郎さんにご寄稿いただくことができました。
〇 お三方のエッセイを拝読して思いますのは、いくつもの異質な世界を媒介し、つないでみせる小泉八雲という稀有な文人の人生と文業、それは偶然を必然とするような不思議な力に充ちたプロセスでもあったのだろうということです。小泉凡さんの言葉でいえば、本当の意味でそうした〈つながりの感覚〉を得ることができる文学が、いまほど希求されているときはないのかもしれません。
〇 岩波文庫には、ラフカディオ・ハーン名で、いずれも平井呈一の名訳で味わえるロングセラーが揃っています。『怪談──不思議なことの物語と研究』『心──日本の内面生活の暗示と影響』のほか、この8月に『骨董──さまざまの蜘蛛の巣のかかった日本の奇事珍談』を、9月に『東の国から──新しい日本における幻想と研究』を、各々改版新版として刊行いたしました。『怪談』では荒俣さんにコメント入り帯等でお力添えいただき、『骨董』では円城塔さんに、『東の国から』では西成彦さんに新しい解説をお寄せいただいています。ドラマ鑑賞のお供にぜひ。また、アメリカ文学・比較文学の河島弘美さんによるジュニア新書『ラフカディオ・ハーン──日本のこころを描く』は、カバーのイラストを新しいものに替えて復刊しております。
〇 渡邉雅子さんの岩波新書『論理的思考とは何か』は各方面で大きな話題となりましたが、その続編となる新書『共感の論理──日本から始まる教育革命』が9月に出て、こちらも反響を呼んでいます。五感を働かせた体験に基づいて感情を伝え合い、共感を育む日本の国語教育が、AI時代のいまこそ果たしうる役割とは? 教育のグランドデザインが描かれます。