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『科学』2020年9月号【特集】流域治水のために

◇目次◇

川辺川ダムの効果を検証する──2020年7月球磨川洪水を受けても反対する理由……今本博健
机上の治水論を超えて──ダムと堤防から流域治水へ……まさのあつこ
川辺川ダム計画をめぐる経緯……福岡賢正
治水計画をめぐる不都合な真実──千曲川水害から考える……石崎勝義

巻頭エッセイ 
COVID-19と進化……長谷川政美 

大間原発敷地内の典型的な活断層露頭(後編)……小野有五
抗体と免疫記憶をめぐる研究動向: 新型コロナウイルス感染症〈その6〉……小澤祥司

[シリーズ]放射性微粒子の追究
不織布製マスクの着用による不溶性放射性微粒子の吸入対策……桧垣正吾
不溶性Cs粒子とは……末木啓介・五十嵐康人
不溶性Cs粒子(Type B)の光学顕微鏡による観察例……三浦 輝

[新連載]
福島事故から満10年を迎えるにあたって
福島事故がもたらした厄介の諸々(前編)……佐藤 暁

[連載]
「喫茶」遊学〈9〉 もてなしの茶,食べる茶ラペソー……大村次郷
これは「復興」ですか?〈42〉選ばされる住宅解体……豊田直巳
利他の惑星・地球[文明編]〈18〉 〈縄文文明〉と〈弥生文明〉を土器テクスチャーのフラクタル次元で対比する……大橋 力
子どもの算数,なんでそうなる?〈9〉 ストーリーが紡がれるとき……谷口 隆
3.11以後の科学リテラシー〈93〉……牧野淳一郎
学術出版の来た道〈4〉 学会出版のはじまり……有田正規
市民社会と法〈52〉 閣議決定による検察官の定年延長と法の支配(2)……大浜啓吉

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる 海辺の生きものたちは今……佐藤正典
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 カルスト研究から自然地理学を俯瞰する……尾方隆幸
「流域治水」への転換とシンポジウム……編集部

今月の表紙写真
次号予告

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表紙=「桜島を望む錦江湾の夜明け」(鹿児島県姶良市)。宮武健仁撮影
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 ときえだ ただし 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘

 

◇巻頭エッセイ◇

COVID-19と進化

長谷川政美(はせがわ まさみ 統計数理研究所名誉教授)


 COVID-19(2019年コロナウイルス感染症)は,昨年末中国武漢で始まり,その後世界中に広まった。この感染症のウイルスは,RNAゲノムをもつコロナウイルス科に属し,その中でも2002年に中国広東省から世界に広まったSARSコロナウイルス(SARS-CoV)と近縁であることから,SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)と呼ばれる。ヒトに感染するコロナウイルスとしては,2012年に中東から広まったMERS-CoVもあるが,ヒトに重篤な病気を引き起こすこれら3種類の新興感染症ウイルスのほかに,風邪のウイルスが4種知られている。風邪のコロナウイルスがヒトに感染し始めた頃の状況は不明だが,当初は重篤な病気だったかもしれない。

 ヒトのコロナウイルスには,aコロナウイルス属とbコロナウイルス属の2属があるが,ほかの動物に感染するものを含めてそれらのウイルスの系統樹を描くと,多様性の多くはコウモリを宿主とするもので占められる。したがって,ヒトのウイルスもコウモリを宿主としていたものから進化したと考えられる。

 SARS-CoV-2はSARS-CoVに近縁ではあるが,コウモリを宿主とするウイルスの中にはもっと近縁なものがある。つまり,このウイルスはSARS-CoVから進化したのではなく,キクガシラコウモリを宿主とするウイルスの中からヒトに感染するものが新たに生まれたのである。コウモリのウイルスは,宿主に病気を引き起こすことはなく,平和的な共生関係を保っている。それが種の壁を超えてヒトに感染するようになって,重篤な病気を引き起こすようになったのだ。

 そもそも宿主を殺してしまうような高病原性は,共生体にとっても望ましい戦略ではない。自分自身も子孫を残せないからである。高病原性のウイルスも長い時間をかけて次第に宿主との間に安定した関係を築いていく可能性が高い。

 コロナウイルスは表面に王冠を意味するコロナのような突起状のスパイクたんぱく質をもつ。これは宿主細胞に特有の受容体に結合して感染の際に重要な役割を果たす。実はSARS-CoV-2のスパイクたんぱく質の受容体結合部位の遺伝子の塩基配列は,コウモリのウイルスよりもセンザンコウのウイルスに似ている。そのため,2種のウイルス間で組換えが起こって,ヒトへの感染力を高めたと考えられる。しかし,コウモリのウイルスの受容体結合部位にランダムな変異が蓄積してヒトへの感染力を高めたものが選択されて収斂的に進化した可能性もある。

 SARS-CoV-2の配列がコウモリやセンザンコウのウイルスに似ているとはいっても,完全に一致するわけではなく,数十年の時間をかけないと蓄積できない変異をもっている。SARS-CoV-2の祖先ウイルスのこの間の進化の詳細はまだ闇に包まれているのだ。

 近年の野生動物由来の新興感染症出現の背景には,ヒトと自然の関わり方の問題があるように思われる。人口爆発に伴って,野生動物の生活圏で多くのヒトと家畜が生活するようになってきた。コロナウイルスの立場に立てば,ヒトや家畜は数が多く密集して生活しているので,いったん感染力を獲得すればその将来は開けたものになる。ウイルスは,さまざまな変異を蓄積しながら,これからも新たな宿主との出会いを待っているように思われる。交通手段の発達により,いったん発生した感染症は一気に世界中に広まることになる。

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