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『図書』2021年1月号【試し読み】河合祥一郎/岡本隆司×貴堂嘉之

◇目次◇

現代の写し鏡           河合祥一郎
〈対談〉米中時代の「根」を探る  岡本隆司、貴堂嘉之
撤退の時代だから、そこに齣を置く 赤坂憲雄
テントを育てる人とともに作る辞書 星泉
ガリヴァーの囁き(前編)      吉田篤弘
知識と社会の過去と未来(3)    佐藤俊樹
あれは奇跡だったのだろうか    高橋三千綱
これほどに長いあいだ       片岡義男
ヤウンク連合登場        中川 裕  
瓦礫のなかの「四次元」      亀山郁夫
『俺の自叙伝』          四方田犬彦
いただきますからごちそうさまへ  時枝 正
一九一六年、漱石と李光洙  斎藤真理子
音の祭り  橋本麻里
いのち、かがやく世界へ  長谷川 櫂
こぼればなし
一月の新刊案内

(表紙解説=司修) 
(カット=高橋好文) 

 

◇読む人・書く人・作る人◇

現代の写し鏡
河合祥一郎
 
 いったいなぜ人々は、傍若無人に自分勝手な発言を繰り返して政権を牛耳るような暴君を、指導者に選んでしまうのか。ベストセラーとなった『シェイクスピアの驚異の成功物語』やピュリッツァー賞受賞作『一四一七年、その一冊がすべてを変えた』の著作もあるハーバード大学教授スティーブン・グリーンブラットの最新作『暴君』(岩波新書)は、現代に大きく関わるこの問いの答えを、シェイクスピア作品のなかに求めた。メルケル首相も読んでいたと話題になった本だ。

 本書は語る。暴君は、自分たちの利益を守りたいがゆえにそのひどい振る舞いに目をつぶる人たちの思惑によって生まれ、自分たちが犠牲者となるときは後の祭りなのだと。暴君を生み出すのも、その台頭を阻止できるのも国民であり、権力の横暴を見過ごせずに「人間の品位を守って立ち上が」った『リア王』の名もなき召し使いこそ英雄だという。「秩序、礼儀正しさ、人間としての品位といった基本的価値観が崩壊」するとき、「暴君の台頭への道を作ってしまう」と本書は説く。

 今回の大統領選の討論に「品位」はあっただろうか。民主主義が必要とする「思いやりや、品位や、他者への敬意」がないところでは民主主義は衰退する。本書は、自国の経済を優先するあまり民主主義を崩壊させかけたアメリカを憂えていると読めるが、日本だって他人事とすましているわけにはいかない。

 シェイクスピアの作品がこんなにも現代の写し鏡になるとは、まったくもって驚きである。
(かわい しょういちろう・英文学)
 
 

◇試し読み◇

〈対談〉
米中時代の「根」を探る
――岩波新書『シリーズ アメリカ合衆国史』 シリーズ 中国の歴史』完結によせて

岡本隆司
貴堂嘉之
 

――昨二〇二〇年夏に完結した両シリーズをめぐり、それぞれのシリーズの編集にはじめから携わったお二人に、いま米中二国の歴史を語る意義について議論していただきました。なお本対談は、アメリカ大統領選の投票日に先立つ二〇二〇年一〇月一八日、Zoomにて行われました。

「知っている」つもりが危ない

貴堂 ペリー来航以来、といってもいいかもしれませんが、日本人は特別の眼差しでアメリカを見てきました。アジア・太平洋戦争の敗戦後も、国際関係の現実を超えた親米意識を持ってきたのではないでしょうか。アメリカについては「知っている」という思い込みが今もあると思います。
岡本 中国は日本と地理的に近いですし、関係した歴史も長い。また新型コロナウイルス流行以前にはインバウンドで全国どこにでも中国人がいました。身近で「知っている」という先入観がある。アメリカと同様です。
 ところが中国の場合、最近は嫌いだという感情が増大しています。中国政府、中国の人たちの発言、行動、物腰に対して嫌悪感をもち、果ては「嫌中論」のような極端な立場に行き着く。テレビを見たり中国の人たちと会ったりという身近なレベルにとどまらず、アカデミックな現状分析でも、本質は同じではないか。
 日本人が違和感をもつ中国の言動には、それなりの背景があるので、時間的なスパンをとって考えなければならない。ビジネスの文脈をはじめ、関わる方々は多いはずで、そういう人たちが歴史に見向きもしないのは危うい。歴史家としては、好きでも嫌いでも、わかった気になるなら、せめて歴史を知ってからにしてほしいものです。
 

どのような歴史像をめざしたか

貴堂 新書で読めるアメリカ通史には、一九八〇年代刊行の講談社現代新書(全三巻)がありました。当然九〇年代以降の歴史には触れられていませんし、現在の研究水準からしてさすがに古い。そこで、いまの時代を含めて新たに描こうと考え、『アメリカ合衆国史』の企画をスタートさせました。
 シリーズの柱は三つあります。一つ目は、一国の閉じた歴史ではなくて、大きな空間的文脈に位置づけて理解するということ。帝国としての多義性や、奴隷や移民など人の移動によってつくられていく国家としての姿を丁寧に描こうという意図です。そこにグローバル・ヒストリーの新しい潮流を盛り込みました。
 二つ目は、歴史を貫く統合と分断のダイナミズムを描くということ。アメリカは「E PLURIBUS UNUM(多から一へ)」というラテン語に示されるような統合を政治的な課題として建国の時から抱えていました。いかにして分断と統合を繰り返してきたのかを、それぞれの巻で書くことは重要なポイントでした。
 三つ目は、戦争国家としての顔に向き合うこと。それぞれの戦争がいかに社会変容を引き起こし、歴史のリズムを刻んでいったのか。この三つを心がけて書こうということで取り組み始めました。
 第一巻はいわゆるアトランティック・ヒストリー、すなわち大西洋をはさんだ南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカという四大陸を結ぶ帝国史の文脈の中で植民地時代をとらえ直しました。
 アメリカは、奴隷制によってさまざまな制度や物が持ち込まれ、そしてもちろん人がつれてこられて、建国されました。私が担当した第二巻では、奴隷制が一九世紀前半のアメリカの政治を規定していたことを論じ、それが南北戦争を経て、現在言われるような移民国家に変わっていく道筋を描きました。
 従来二〇世紀史は、革新主義があり、二度の大戦ののちにまったく性格の異なる冷戦期がくると把握されてきました。しかし第三巻ではこの時代を、社会国家、あるいは総力戦体制による国民統合をめざした一つの時代としてとらえ直しています。ニューディール期の混合経済的な福祉国家体制が一九七三年まで続いていくという見取り図です。
 第四巻は一九七三年以降です。冷戦期から二一世紀に至るまでを、第三巻の文脈を引き継ぎつつ、大統領制の歴史の中でも極めて特異なドナルド・トランプの現在を含めて描きました。
岡本 岩波新書からはつとに『シリーズ 中国近現代史』(全六巻、二〇一〇―一七年)が刊行されていて、『アメリカ合衆国史』と重なる期間を扱っていますが、現代の中国は近現代以前の歴史に負っている部分が大きいですし、岩波新書の日本史シリーズは古代から近現代までを揃えています。中国史でもそうすべきではと考えました。
 王朝交代で中国を語る、われわれの業界用語で「断代史(だんだいし)」というやり方はとても便利で、それ以外の通史の枠組みは考えにくかった。しかし、中国史の実像をとらえるさいにそれでいいのか、かねて疑問に思っていましたので、多元性と地域性で巻を分けてみましたが、現実の作品にするのは難しいことでした。
 第一巻で古代における中国的な体制・制度の形成と成立を述べ、第二巻、第三巻が、中国的な制度の外縁部分の話をしています。黄河流域を中心とした中原と長江流域の江南がこれまでの中国史の主要舞台なのですが、いまの中国はそこには収まりません。その外側にある草原世界と海域世界が重要です。その歴史を取り上げるには、あわせて中国の体制もわかっている必要があって容易ではないのですが、執筆者の先生方がしっかり描いてくださいました。
 その後は、体制が体制外のユニットを呑み込むことによって、いまの中国の外形ができ上がります。これまで「明清時代」という言い方で一貫してとらえられていた時代ですが、第四巻で明、第五巻で清と分けることで、同じ部分と違う部分を明確にしようと意図しました。
 また、人物を通して歴史を描くことは多いですが、今回のシリーズは意図的にそうしませんでした。タイムスパンが長いので取り上げられなかったという事情もあるのですが、人物に語らせると、どうしても毀誉褒貶になってしまい、これまでの中国史の語りに収斂してしまう。それは違うだろうと。
 現代までの数千年の歴史を走り抜ける無謀な試みになってしまったのですが、形をなしてよかったと思います。
 

時間と空間を読み替える

岡本 『アメリカ合衆国史』を拝読しまして、アメリカ史の語りを書き換えたシリーズだという印象を強く受けました。移民が原動力、核になってできている国で、統合と分断のダイナミズムが歴史をかたちづくっていることがよくわかりました。第一巻から第三巻が私自身の専門の時代に重なっていますが、地球の反対側のことはなかなかわかりにくいので勉強になりました。
 痛感しましたのは大西洋史(アトランティック・ヒストリー)が現代アメリカを規定しているということです。そのことを現代的な研究水準でわかりやすく語ってくださっています。この時代に「世界の一体化」がはじまると言われてきましたが、中国に引き寄せて考えますと、大航海時代から明末清初が近現代までを規定していて、それこそ現代中国の出発点になっているのと同時進行であることがわかりました。
 それから、移民の重要性が印象的です。一九世紀の奴隷国家から移民国家への転換に関して、本質的に変わっていない部分と、ドラスティックに変わった部分とが、明快にわかって刺激的でした。
 アメリカの一九世紀の転換は、世界史全体の一部であるとともに、世界史全体の反映でもあるわけですが、事情は中国史でも同じです。一九世紀には、アメリカでは南北戦争、中国では太平天国の乱に代表される内乱で大量の人が死にます。かたや社会構成や国家のありかたがドラスティックに変化したアメリカ、かたや何千万ともいわれる数の人が死にながら社会構成がまったく変わらない中国という対比の面白さもありました。
 二〇世紀が「アメリカの世紀」であることの重要性は、第三巻、第四巻で新しい水準でわかりやすく描かれていました。分水嶺はやはり一九〇五年前後で、この時期は中国史上の大きな転換の、特に国民国家をめざす出発点になっていて、太平洋を跨いで東アジアともシンクロしていると理解しました。第四巻は一九七〇年代からはじまりますが、このとき中国は改革開放の時代で、同時にアメリカが抱えていた数々の問題が切実に響きます。
貴堂 『中国の歴史』でまず驚いたのは、各巻冒頭の概念図「本シリーズの構成」です。お話にもありましたが、草原、海域世界とのせめぎ合いをへて、長い時間をかけて多元的に中国が形成されていく、そうした長期的で広い地理的な見取り図として成功しています。
 各巻とも扱う時間のスパンが長いので、こういう叙述の仕方があるのかと改めて学ばせていただきました。たとえば第五巻は四〇〇年以上の期間を扱っていますが、アメリカの歴史はコロンブスの大陸発見から数えると五〇〇年くらいですから、スケールが違います。ただ、歴史の長さこそ違えど、両国ともに空間的拡張から多元性が生まれ、世界の「中心」としての意識が形成された点でも意外と共通点もあるように思えました。
 そもそもアメリカは建国する前から中国に対して強い関心を持っていました。一八世紀のボストンの貿易商たちは中国貿易で儲けることに意欲を持っていましたし、一九世紀のいわゆる大陸横断鉄道を建設するグループや西漸運動を進めていくグループは、国内の問題より、むしろその先にある中国市場を見据えて動いていたのです。私は一九世紀のゴールドラッシュを契機にアメリカに来た中国系移民を研究していて、アメリカを考える際に中国も意識してきましたので、第五巻を非常に興味深く読みました。
 

問題の「根」を示す

貴堂 冒頭で、日本は中国、アメリカを「知った」つもりになっている、という話をいたしました。アメリカに関しては、日本の研究が戦後の出発点からすでに問題含みだったからではないかと私は思っています。アメリカ研究は大正時代のリベラルな雰囲気のなかで始まりますが、アジア・太平洋戦争によって敵国研究になり、敗戦でいったん道が閉ざされます。その後、アメリカが敗戦国向けにアメリカ研究を奨励する様々なプログラムに多額の予算を出すなかで、戦後日本のアメリカ研究は始まっているのです。
 そうした背景のもと、アメリカ学会を中心に、五〇年代の繁栄する理想的なアメリカを前提として、「移民の国」、「メルティングポット」などのキーワードを導入し、そうした状況は長くアメリカ研究を支配していました。その後、ニューレフト歴史学の影響を受けた反米的な研究者たちが別の団体をつくるなどして、研究者コミュニティ内部で長らくせめぎ合ってきたのは事実です。
 しかし、二〇二〇年五月に起きたジョージ・フロイド氏殺害事件とそれ以来続くブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動に明白ですが、六〇年代の市民権運動を経て、オバマ大統領も誕生したのに、なぜいまも黒人がレイシズムにさらされているのか。この問いに答えられる歴史学は、まだないのかもしれません。高校の世界史教科書では、自由、平等という理念に基づく国家の姿や、移民の国などのキーワードは強調されるけれども、レイシズムはほとんど出てきません。
 今回、『アメリカ合衆国史』第一巻で、シチズンシップのフレームワークづくりの最初から白人しか参入できなかったこと、すなわち排他的なシステムが建国以来続いてきたのだということを示しました。あるいは第二巻で、いまなぜ南部連合の記念碑が倒されたり撤去されたりしているのかをめぐって、南北戦争の戦後がいまも続いていることを論じました。
 シリーズを通して、理想的なアメリカ像とは違う、社会の深層、差別や貧困の問題を長期的に示せたと思っています。
岡本 現在、中国の内外で問題になっていることには、当然、現在の文脈があります。しかし、レイシズムについてお話しくださったように、問題の起点や、その後に続く構造を見ることが重要です。
 共産党一党独裁についても、それは現代の共産党だけを見ていてわかることではありません。今回のシリーズで言えば、第一巻の古典国制の形成にまで遡らないと計り知れないような問題であるというのがわれわれの立場です。
 なぜ中国が非常に大きな範囲を覆うシステムになっているのかは、史上ずっと問題だったわけです。それを現代風に翻訳すれば、「一つの中国」、独立、領土問題になるのであって、本質的なところは歴史的な文脈から見ていくべきです。新疆、チベットなどの民族問題、香港の一国二制度問題、台湾問題、日本とのかかわりでは尖閣問題など、すべて遅くとも清代に胚胎しています。
 歴史の当事者は、同時代を五、六〇年くらいのあいだしか体験、把握できません。ですが、その短い時間を越えて、問題を理解し、歴史的に位置づけて示す、いわば問題の「根」をみせることは可能です。それが歴史家の仕事だろうと感じています。
 歴史学というのは、そもそもそういう学問のはずです。現代への関心から時間を遡っていく、E・H・カーではないですが、現代と過去の対話であるべきはずなので、その関心と方法、スタンスは失いたくないと思います。
貴堂 「根」を示していくのが歴史家としての務めだというのは、まさにその通りだと私も思っています。
 BLM運動は奴隷制そのものが問われている事態だと思います。奴隷制への評価には、今世紀に大きな転機が二度ありました。一度目は二〇〇七年、イギリスの奴隷貿易廃止二〇〇周年です。国連を中心に大々的に奴隷解放後の世界を顕彰するイベントが行われ、記念日も定められました。
 二度目の転機にあたる今回の運動はそれとはまったく違って、本当に奴隷解放はあったのかということが問われています。BLMのLivesは、「命」と同時に「生活」でもあります。ヨーロッパもアメリカも、アフリカから連れて来られた一二〇〇万人の奴隷たちの命と生活を踏み台にして、今日の繁栄を築いてきた。アメリカであれば、一八六五年に南北戦争で奴隷が解放された、と語ってきたことが改めて問われているのです。
 いま、活動家たちの中では、アボリション・デモクラシーというスローガンが掲げられています。警察予算を削減し、暴力を抑止して、黒人の福祉や医療にお金を回せという運動をする時に、「もう一回解放しよう」、すなわち奴隷制廃止にかかわるところのデモクラシーを求める、という意図でこの語が用いられている。おっしゃったように、歴史が現在と過去との対話であるならば、私がこの運動を評価しているのは、過去に学び、対話しながら活動しているからです。
 

米中対立の時代に

岡本 中国史を研究している立場から見ますと、アメリカの中国研究のとらえ方は皮相的です。国制にしても、経済や社会にしても、その内的史的な仕組みを抉って理解しようという意欲が感じられない。自分たちの論理で相手を解釈しているに過ぎません。
 自分たちの見方と言語を相手に投影して考えるのは、どうにも免れにくい部分がありますが、そこに無理解、無頓着なままだと、経済的利害と敵対だけが残る、というトランプ的な文脈につながってくるのではないでしょうか。トランプは突然変異なのではなくて、アメリカの中国研究者にしても程度の問題では、という気がします。私は中国の味方ではないのですが(笑)、もう少し中国の立場を理解してくれ、という感想を抱きます。
 中国からすると、外のことを慮っている余裕はなくて、「内側」の問題に折り合いをつけていくだけで精一杯なのが正直なところだろうと思います。アメリカからの攻撃について中国側は、威勢はいいのですけれども、相当対処に困っているのではないでしょうか。
貴堂 いっぽう、ヘゲモニーがアメリカから中国に移りつつあるという国際関係史的な見立てはその通りだと思います。そうした大局の中、トランプ政権はグローバリゼーションの影響で弱った国内経済を立て直すために、中国への敵視を当初から強めていきました。特に5G(第五世代移動通信システム)などの科学技術の主導権を中国に取られることを気嫌いして、強硬姿勢を続けています。
 このような米中対立の状況をつくり出している政策決定者の名前を見ていると、学者は経済学系と国際政治系の人たちばかりで、歴史家はまずいない。短期の経済的な利益や覇権だけに関心がある人たちが集まって意思決定をしている。
 おっしゃるように、こうした状況において、【根/、】本の問題は何か、それを解決するためにどういう見立てがあり得るのか、歴史家がやれることはあるはずです。両シリーズのように、問題を明らかにするために歴史認識を新たにすることも重要です。
 米中関係は、今年の大統領選の結果如何で大きく変わるでしょう。仮にあと四年間トランプ政権が続くと、米中関係は間違いなく大打撃を受けます。
 いつもは投票の直後にある程度結果はわかるのですが、今回は法廷闘争に持ち込まれてなかなか結果が出ないこともあり得ます。経過や結果によっては、BLM運動と警察組織、あるいはトランプ支援者らの民兵たちとの小競り合いから内戦状態に近づく可能性もある。米中関係の今後を含めて、緊張感をもって選挙戦の推移を見守るつもりです。
岡本 両国民の感情には難しいところがあります。真偽は不明ですが、新型コロナが中国起源とされたことで、アメリカの対中感情は悪化しています。いっぽう中国はそれを不当だと感じています。WHOにも知らせて協力しているし、対処して逸早く抑え込んだのに、なぜ悪者にされないといけないのか、という鬱屈が感じられます。政府間の対立や貿易・技術戦争だけならまだしも、社会全体の感情も入り混じった、もっと根深い問題に成長する予兆が心配です。二国の間で日本は難しい判断を迫られるでしょう。
 一般のアメリカ人は、中国は古い国だからという理由で、日本人より中国人のほうが好きだと思うのですよね。中国人も、日本人やヨーロッパ人よりはアメリカ人に好意を持っていて、友好の下地はあります。しかし、コロナ禍が収束しないままトランプ政権が長引けば、その下地も危ういのかもしれません。
貴堂 そうですね。しかし、表面的な対立とは別に、友好的な関係を築くために働きたい、すでに働いている、という人が、日本人も含めてたくさんいることも私はよく知っています。そうして尽力している人たちに、両シリーズの成果をはじめとして、うまく歴史学がコミットできればと思います。
 

〔編集部追記〕 対談終了から二週間ほど経った一一月三日、アメリカ大統領選の投票が行われ、同一六日現在、民主党ジョー・バイデン候補の勝利が確実視されています。就任まで紆余曲折が予測されますが、中国への強い敵視に終始したトランプ政権は、どうやら終焉を迎えそうです。しかし一方の中国が、歴史的に一貫した対外的姿勢を崩すとは考えられない以上、米中関係の未来に楽観は許されません。本対談および両シリーズが、そうした不透明な時代を読み解く一助となれば幸いです。

(おかもと たかし・近代アジア史) 
(きどう よしゆき・アメリカ合衆国史) 
 
 

◇こぼればなし◇

◎ あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。

◎ 去年の今頃は想像もできなかったパンデミックの猛威が、依然として衰えないまま迎えた二〇二一年。三月には東日本大震災と福島原発事故から一〇年となります。約四万三〇〇〇人の方がいまだ避難生活を余儀なくされるなか(復興庁、一〇月三〇日発表)、首相の東京五輪開催への覚悟は揺るがないようです。「人類がウイルスに打ち勝った証しとして、東日本大震災からの復興を世界に発信する「復興五輪・パラリンピック」として実現する決意だ」と(読売新聞、一一月一六日)。

◎ 米国では新大統領のもと、コロナ対応はもちろん、山積する難題にどう対していくのか、政権の舵取りが注目されます。中国との関係はその最たるものの一つでしょう。本号対談「米中時代の「根」を探る」は、そんな転換点に際して、それぞれの歴史の専門家に意見を交わしていただきました。「こうした状況において、根本の問題は何か、それを解決するためにどういう見立てがあり得るのか、歴史家がやれることはあるはずです」との貴堂嘉之さんの言葉に勇気を得る読者も多いのではないでしょうか。大統領選をめぐっては、現職大統領自らが事実と論理を痛めつけるかのような寒々しい光景も目の当たりにしました。

◎ ちなみに本対談は、小誌では初めてビデオ会議により行われたものです。アプリは、山東省出身の中国系アメリカ人、エリック・ヤン(袁征)さん開発のZoom。今や世界中で日常風景となった画面越しの対話ですが、このコミュニケーションの様変わりもまた、米中関係数百年の歴史の一コマといえるのかもしれません。

◎ 国文学者で、中世文学、和歌史研究の泰斗である久保田淳さんが、二〇二〇年度の文化勲章を受章されました。小社からはこれまで著作選集や新日本古典文学大系をはじめ、数多くの単著や編著、校注書のある先生ですが、岩波新書『隅田川の文学』など、親しみやすい文学案内の名手でもあられます。

◎ 苅谷剛彦さんの『追いついた近代 消えた近代』が第七四回毎日出版文化賞(人文・社会部門)を受賞。同賞特別賞に、近藤譲さんの『ものがたり西洋音楽史』と徳丸吉彦さんの『ものがたり日本音楽史』(岩波ジュニア新書)が選ばれました。また、田渕句美子さんの『女房文学史論』が第四二回角川源義賞(文学研究部門)を受けました。苅谷さんの談話にあった、「(日本は)外部の参照点に照らせば追いついたと思い込んだ。しかしその後、内部の参照点から座標軸を作ることはできていません」との指摘が、改めて胸に刺さる年頭です(毎日新聞、一一月一九日夕刊)。

◎ 「それでもなお言葉の力を信じるのか」。この問いから始まった赤坂憲雄さんと藤原辰史さんによる「往復書簡 言葉をもみほぐす」は本号で最終回。二月に単行本として刊行いたします。どうぞご期待ください。

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