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ロックの晩年様式――デヴィッド★ボウイ追悼(田中純)

2021年2月17日発売

A5判 ・ 上製 ・ 646頁 本体4,900円+税

2016年1月8日、69歳の誕生日に新作アルバム『★(ブラックスター)』発表。その興奮も冷めやらぬ翌々日の1月10日、突如として飛び込んできたボウイ死去の報。
この二重の衝撃を受け止めきれぬまま寄る辺としたのは、優れたボウイ論「自殺するロックンロール」(『政治の美学』所収)をお書きになっていた田中純先生のことばでした。追悼文を『図書』にお寄せいただき、そこで描きだされる「生き延びる」「死後の生」としてのボウイの姿に、重い喪失感とわだかまる混乱とが溶けていくようだったことを覚えています。ーーそれから5年(ファイヴ・イヤーズ)、ボウイの作家性をトータルに論じた『デヴィッド・ボウイ 無(ナシング)を歌った男』が上梓されるにあたり、同書の核のひとつを伝える追悼文を再掲載いたします。(編集部N)
 

 

ロックの晩年様式(レイト・スタイル)――デヴィッド★ボウイ追悼
田中 純

*本エッセイは、『図書』2016年3月号に掲載されたものです。

 

 デヴィッド・ボウイが逝った。
 
 二〇〇四年の心臓疾患以来、彼の死を覚悟していなかったわけではない。しかし、六十九歳の誕生日に傑作と呼ぶべき新作『★(ブラックスター)』を発表した直後だっただけに、あまりに突然と思われたその死を、わたしはそれから十日後のいまもなお、事実として受け止められないままでいる。

 「黒い星」というタイトルの禍々しさに不吉な予感を覚えなかったと言えば嘘になろう。アルバム冒頭のタイトル曲「★」のショートフィルムに登場する、宇宙服を着て、貴石や金属装飾で飾られた頭骨をもつ骸骨は、もっとも初期の作品「スペース・オディティ」で宇宙空間をひとり漂うトム少佐を連想させずにはおかない。そしてそれは、一九八〇年の「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」でボウイが演じた、みずからのかつてのキャラクターに対する「喪」の儀式の再演にも思えた。

 なぜなら、このようにかたちを変えた「喪」の反復こそは、ボウイの作品を貫くモチーフだったからである。わたしは以前「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」をめぐってこう書いた――「恐らくロックはもはやつねにこのような喪とともにあるほかなく、それを選んでしまった以上、ボウイは彼がそう信じようとしたほどたやすく、この服喪を終えることはできないのである」(『政治の美学』)。ここで言う「それ」とは、ボウイが「ロックンロールの自殺者」で「それを失うには年老いすぎ、それを選ぶには若すぎる」と歌った「それ」、この「欲望の曖昧な対象」としての「ロック」である。

 『ジギー・スターダスト』で架空のロック・スターを演じ、その「スター」という曲では、「さあぼくを見てご覧」と歌うことを通じて、自己言及的にロック・スターが体現しているイデオロギー――スターとファンからなる想像的共同体のイデオロギー――をアイロニカルに批評するのが、遅れてきたロック・スターとしてのボウイの戦略だった。『★』は大きく円を描いて、初期のこのスター論としてのロックに回帰したように見える。

 ジギーの名に含まれる「スターダスト」が「星屑」であるように、この場合の「スター」とは文字通り宇宙の「星」でもある。小説・映画『二〇〇一年宇宙の旅』の原題にある「スペース・オデッセイ」をもじった「スペース・オディティ(宇宙の奇人)」がすでに示しているように、宇宙はボウイの強烈なオブセッションだった。『★』のアルバム・ジャケットにもまた、無数の星がきらめく天空の写真が用いられている。そのCDの内扉やインナースリーブには、「I’M A BLACKSTAR」などといった歌詞断片の単語同士が線で繋がれた一種の「星座」が、黒地にテクスチャーの異なる黒で印刷されている。そこにはパイオニア探査機の金属板に刻まれた、地球外知的生命体へのメッセージである絵も見つかる――『★』そのものが宇宙空間へと向けて放たれた銘板であるかのように。

 一月十日の死それ自体は本人や関係者にとっても予期せぬものだったのかもしれないが、十八カ月に及ぶ闘病を経ていたというから、ボウイが『★』に「遺書」の意味をまったく込めていなかったとは考えにくい。おのれが作り上げたキャラクターたちを幾度も葬り、スタイルを変化させ続けることで喪の儀式を繰り返してきた彼が、自分自身の肉体の死を間近に感じたとき、みずから先取りした「スター」としての自己の宇宙への葬送が『★』だったのだろうか。ボウイ主演で映画化された小説『地球に落ちてきた男』の設定を引き継ぎ、異郷である地球に取り残され、老いることも死ぬこともできぬまま生き続ける異星人の主人公トーマス・ジェローム・ニュートンの四十年後を描く、ボウイ自身も脚本に参加した舞台作品『ラザルス』の同名テーマ曲もまた、病死したのちにキリストによって甦生したラザロを暗示しつつ、しかしむしろ、「I’ll be free」と歌うことによって、生の束縛からの解放を見据えているように見える。

 死去の報せを受けたのち、同世代の友人に指摘され、自分も深く頷かされたのは、ボウイがあたかもすでに一度死んでいたかのような、これが二度目の、いや数度目の死であるかのような印象だった。ドラッグ漬けの日々からベルリン滞在を経て甦り、『ロウ』の楽曲を創造した経緯をはじめとする、低迷や迷走を経験しながらカムバックしてきたミュージシャンとしての浮沈の過程ばかりがそう思わせるのではない。より本質的な部分で、異界から還ってきた者の佇まいが彼にはあった。そしてこの場合、「還ってきた者」とは「亡霊」の謂いにほかならない。共産主義圏のただなかに浮かんだ島のような西ベルリンという都市をいわば通過儀礼の場としたことが、そんな彼にはいかにもふさわしい。

 一九七〇年代のボウイの音楽をわたしは「自殺するロックンロール」と呼んだことがある。この時代において、ロックほど「終わり」や「死」と親密な芸術ジャンルはほかにはなかっただろうが、「自殺する」とは、そんなロックに対する内在的な批評であったボウイの活動の性格を表わそうとした表現だった。ボウイが行なってきたことは、一九七〇年代もそれ以後も、ロックという方法を用いながら、その外部に出ようとする激しい衝動に貫かれた運動だった。古典的完成や円熟といったものは、自己破壊的に変化をみずからに強いたボウイには無縁だった。逆説的に響くかもしれないが、かつて彼が語った、「生き延びる」という意志がロックの本質に関わっている、という認識こそは、「自殺するロックンロール」を生きた者の実感だろう(この場合の「生き延びる」ことが、ショービジネスにおける延命などといった世俗的な意味でないことはもちろんだ――それはむしろ、作品創造の根底にある「生への意志」のような何かである)。

 「遺書」はつねに「新生」に向けた「遺書」なのだ。さもなければ、肉体の死を自覚せざるをえない病のうちにありながら、ジャズ・ミュージシャンたちにまぎれもなく彼のロックを演奏させ、異様な官能性を帯びた『★』のようなスリリングな作品を、いったいどうやって生み出せようか。ロックの恐るべき「晩年様式(レイト・スタイル)」(アドルノ)!――「晩年のスタイルは、死の勝ち誇った歩行を認めない。そのかわり死のほうが、屈折したかたちで登場する。アイロニーというかたちで。」(エドワード・サイード『晩年のスタイル』大橋洋一訳)

 追悼コメントのなかで、マリアンヌ・フェイスフルはボウイのもっとも偉大な曲として「『ヒーローズ』」を挙げ、暗黒面(ダークサイド)について歌うのではなく、人びとを鼓舞するこの歌を彼が作り上げたことを讃えていた。この楽曲がじつは括弧書きの「英雄性」に対するアイロニーを含むことを彼女が見落としているように思える点は指摘せざるをえないとしても、それでもなお、フェイスフルの言葉に胸を衝かれるのは、ボウイの音楽が与えてくれる「生き延びる」ことへの強い意志を、彼女が言い当てているように思われたからだった。

 どのような絶望と苦境のさなかにあっても、たとえ「亡霊」としてであっても、生き延びること――ボウイにとっての、そして、ボウイを通してわれわれが教えられた「ロック」とは、そんな意志――生死の境を越えた意志――だったのかもしれぬ。ライヴを記録した映画『ジギー・スターダスト』の「タイム」の場面で、ステージ上のボウイを背後からとらえたカメラは、彼が真っ暗な客席に向かい、こう歌う姿を撮影していた――「もしかしたらきみはいまほほえんでいるのかもしれない/この暗闇の向こう側で/けれどぼくが与えなければならなかったのは夢見ることの罪だけだ」。聴衆に対して挑むように攻撃的に、彼らのひとりひとりに「きみ」と呼びかけながら発せられた歌詞のこの「夢」こそは、そんな「意志」としての「ロック」ではなかったか、とわたしは思う。

 「スペース・オディティ」の詞にある一節、「Can you hear me?」という、聴衆である「きみ」に向けた行為遂行的(パフォーマティヴ)な発話が、ボウイの出発点であり、彼に取り憑いた問いだった。歌うためには自明でなければならないはずの「わたしの声が聞こえますか」という問いをことさらに問題にせずにはすまないこと、ロックというコミュニケーションの方法がどのように機能しているのかについて極度に意識的であること――そこにボウイ特有の、ロックに対する内在的な批評性と手法の変化・多様性が生まれた。

 つねにその核心にあったのは根深い不安である。ロックという伝達手段も、ミュージシャンとファンが作り上げる共同体も信じきることができない不安、宇宙空間に身を投じたトム少佐同様の孤独のただなかにあることの不安である。それは、いわばロックの臨界点に達したアルバム『ロウ』のインストゥルメンタル曲が描写している、当時のワルシャワやベルリンといった共産主義圏の都市を覆っていた、冷戦下の政治的緊張のもとでの不安、あるいは、九・一一の翌年に発表されたアルバム『ヒーザン』に収められた「アフレイド」などが暗示している、グローバル化したテロと戦争への不安に通底している。ファナティックな宗教的盲信を主題のひとつとしているかに見える『★』にもまた、この種の社会的不安に対するボウイの音楽的反応を認めることができよう。

 『ロウ』がロックの臨界点であるのは、「ダイアモンドの犬」冒頭の叫び「これはロックンロールじゃない、これは大量虐殺(ジェノサイド)だ!」が象徴するロックに内在する暴力が、そこではいわば自己破壊的に破砕され、そのあとに残された切れ切れの言葉や音の震えがサウンドのテクスチャーを形成しているからである。「サブテラニアンズ」を聴くとき、いまもなお、その音響のかすかな揺らぎに憂いを湛えた余韻と不安に満ちた予感が綯い交ぜになった気配を覚えて、自分が魂の深い次元で鼓舞されるのを感じる。遺作となった『★』には、『ロウ』のこうした曲に通じる、戦慄を呼ぶほどに情動を喚び覚ます、声や音の多様な肌理(きめ)が甦っている。

 マニエリスムを文化や芸術の「ヨーロッパ的常数」と見なしたグスタフ・ルネ・ホッケに倣って、それを特定の時代の様式としてではなく、反復される社会的・文化的危機の徴候ととらえるならば、時代の危機や不安へと深く根ざしたボウイの音楽はロックにおけるマニエリスムと見なしうる。ルネサンスやバロックが有する様式的安定性をもたない、「手法(マニエラ)」の極端な過激化が「マニエリスム」の名の由来であり、その過渡期的特徴だったとすれば、ロックの古典的完成期のあとに遅れてやって来て、次々と新しい手法を駆使することにより、この音楽ジャンルを更新し続けようとしたボウイは、ポピュラー音楽における極めつきのマニエリストだったと言えよう。

 生涯にわたる彼の「遅延性=晩年性(lateness)」がそこに表われている。アドルノによれば、latenessこそは調和や和解を拒否して作品を葛藤に満ちたカタストロフィと化す条件なのである。もう一度サイードを引こう――「遅延性=晩年性は、みずからがみずからに課した追放状態、それも一般に容認されているものからの、自己追放であり、そのあとにつづき、それを超えて生き延びるものなのだ」(下線引用者)。

 「★」には「幾度天使は墜ちるのか」というフレーズが登場する。ボウイが体現したトム少佐や異星人たちをはじめとするペルソナとは天使的な存在、とくに落下し、凋落し、墜落する存在としての天使だった。性差を横断し、矛盾と二律背反を孕んで、時には怪物にも見まがう奇妙な天使――ボウイの身体そのものが、女性/男性、ヨーロッパ/アメリカ、黒人/白人といった差異の狭間に位置する天使的媒介者であろうとしていた。そんなキャラクターたちを体現した肉体が失われたいま、ボウイの作品のなかに無数の星や星屑となって散在するサウンドの星座が、「生き延びる」ためのかすかな――「メシア的な」(ベンヤミン)――力を媒介してくれることを信じたい。

 拙著に収めたボウイ論の末尾にわたしは「ボウイとともに、ボウイを通して、この対象を欲望してしまった者たちにとっては、まさにそれがロックであったことを感謝するにも憎むにも、もはやすべてが遅すぎている」と記した(ボウイの「ステイション・トゥ・ステイション」の言い回しを借りた表現である)。ボウイの音楽が自分にとってあまりにも決定的な経験であったがゆえに、その呪縛から逃れようとして書いた論文は、しかし、自分の考えることすべての背後に彼の存在がある事実を確認させる結果となった。一九八〇年代以降のボウイの活動を――低迷期への苛立ちと愛憎ゆえに――ほとんど切り捨てたに等しいその結論は、いまでは修正が必要であると感じている。

 『★』という「星」のもとに驚くべき帰還を成し遂げて去ってゆくまで――迷いや試行錯誤すら含め――一貫して冒険的な「生き延びる」ための戦い方を模範的に示してくれたことに対し、いかに「遅すぎる」ものであろうとも、ボウイにはもはやひたすら感謝しかない。「それ」がボウイのロックであったひとりであるわたしは、論文のテクストでそんな「ロック」を実践すべきだと思ってきた。つまり、ボウイの作品から受けたパッションや強度をテクストに込めたいと願ってきた――書くことにこそ「生き延びる」意志を傾けるべきであると。その覚悟をもって、星辰たちの世界へとふたたび還っていったボウイに対する、別れの約束としたい。

 故多木浩二はロバート・メープルソープがHIVによる死の直前に撮影したセルフ・ポートレイトを論じた著書で、「だれでも何人かの特別な死者をもっているものだ」と書いている――「それは私の彼らについての記憶というより、彼らの死後の生というべきであろう」(『死の鏡』)。多木自身と同じく、ボウイもまたわたしにとって、「死後の生」を生きる特別な死者であり続けるだろう。そして、このような「死後の生」もまた、「生き延びる」ことのひとつのかたちにほかなるまい。

 だから、あなたの「死後の生」のなかで、デヴィッド、無数の星々と化し、その光、あるいは黒い星の闇による星座を示してください。その星座はきっとつねにかたちを変え続けることをやめない。あなたの星座がのちに生まれる者たちとの出会いの閃光を放つものであるように。あなたの星々が彼らの希望となるように。最後に、あなたに教えられたこの問いをあなたに――Can you hear me?
(たなか じゅん・表象文化論) 

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著者略歴

  1. 田中 純

    1960年宮城県仙台市生まれ、千葉県で育つ。東京大学教養学部および同大学院総合文化研究科でドイツ研究を学ぶ。博士(学術)。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は表象文化論。近現代の思想史・文化史のほか、さまざまな芸術ジャンルの作品を縦横に論じる。著書に、『アビ・ヴァールブルク 記憶の迷宮』(青土社、サントリー学芸賞)、『都市の詩学─場所の記憶と徴候』(東京大学出版会、芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『政治の美学─権力と表象』(東京大学出版会、毎日出版文化賞)、『イメージの自然史──天使から貝殻まで』(羽鳥書店)、『冥府の建築家──ジルベール・クラヴェル伝』(みすず書房)、『過去に触れる──歴史経験・写真・サスペンス』(羽鳥書店)、『歴史の地震計──アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論』(東京大学出版会)など、訳書に、サイモン・クリッチリー『ボウイ──その生と死に』(新曜社)がある。2010年、フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞。モットーとするボウイの言葉は、「ぼくが与えなければならなかったのは/夢見ることの罪だけだった」(〈時間〉)。

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