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巻頭エッセイ:今井むつみ【科学2022年6月号】

◇目次◇

【特集】計算で作る宇宙

[巻頭エッセイ] 
算数文章題が解けない理由を認知科学から探る……今井むつみ

計算で作る宇宙……牧野淳一郎
宇宙の大規模構造――ダークマターと銀河形成……石山智明
ブラックホール――大規模シミュレーションと模擬観測が明らかにする宇宙の謎……大須賀 健
スーパーコンピュータで星を作る……富田賢吾
惑星を作る実験……小久保英一郎・石城陽太・柴田 雄・細野七月
太陽の自転のしくみを探る――富岳が解き明かす「熱対流の難問」……堀田英之
金星大気の大規模現象……樫村博基
銀河形成,星・星団形成……斎藤貴之・藤井通子
超新星爆発の数値シミュレーションの課題と展望……滝脇知也

地球を震わせたフンガ火山の爆発的噴火……前野 深
遅れてやってきた2022年フンガ火山噴火起源の最大波高津波……綿田辰吾
時間結晶を作る……龔 宗平・濱崎立資
宇宙望遠鏡は何を目指しているのか……大栗真宗

[新連載]
数学者の思案1 頭の良さと数学研究……河東泰之

[連載]
海底火山と大地誕生の豆知識4(最終回) 南太平洋からやってきた日本列島の石灰岩……巽 好幸
広辞苑を3倍楽しむ115 追熟……深野祐也
これは「復興」ですか?63 夜の森の桜まつり……豊田直巳

[科学通信]
Wiley社との「転換契約」締結――学術情報のコストは誰が払うのか?……大隅典子
〈本の虫だより〉ニール・シュービン『進化の技法』……白石直人

次号予告/お知らせ

 

◇巻頭エッセイ◇

算数文章題が解けない理由を認知科学から探る

今井むつみ(いまい むつみ 慶應義塾大学環境情報学部)
 

 ある現象を説明することが科学の目的であるが,何をどの粒度でどう説明したら満足のいく説明になるか,ということは,ほとんどの科学者が直面する問題である。

 小学6年生を対象にした全国学力調査で,「8人に,4Lのジュースを等しく分けます。1人分は何Lですか。」という問題が出題された。いたって単純な問題に思えるが,この問題の正答率は55.7%。つまり半分近くが不正解だった。国立教育政策研究所の報告書には詳細な解答類型とそれぞれの反応率が提示されている。誤った解答の中では,8÷4という式を立てて2とする誤答がもっとも目立ち,全反応中の36.0%であった。報告書には「本設問で8÷4と解答した児童は,除法が(大きい数)÷(小さい数)であると捉えていたり,問題文に示されている数値の順序通りに立式したりしていると考えられる」とある。もっともな説明と思う半面,「除法が(大きい数)÷(小さい数)である」とは教えられるはずもないのに,子どもはなぜそう考えてしまうのだろうかという疑問が残る。

 子どもの誤概念・誤認識にはすべて理由がある。何かを教わって,それを暗記するだけでは,教えられたことを問題解決に使うことができない。使うためには,教えられた例を自分で拡張し,一般化しなければならない。このとき,子どもなりの理屈にもとづいた(大人の目からは誤った)スキーマが使われるのである。スキーマとは,これまでの生活・学習経験の中で学習者が素朴に培った暗黙の枠組み知識のことである。

 筆者は,「子どもの学習のつまずきを明らかにして,つまずきの芽に低学年のうちに対処したい」という広島県教育委員会からの相談を受け,「ことばのたつじん」「かんがえるたつじん」というテストを共同研究者たちと開発した。前者は,ことばに関わる知識を測り,後者は,数と図形に関する知識と推論の能力を測るものである。2018年から2020年にかけて数回にわたり上記2つの「たつじんテスト」と算数文章題テストを行い,両者の関係を質的および統計的に精査した。

 2つの「たつじんテスト」の内容と調査結果の詳細は近刊の『算数文章題が解けない子どもたち――ことば・思考の力と学力不振』(岩波書店)で報告するが,数概念に対して子どもはさまざまな誤ったスキーマをもっていることが明らかになった。その中でも算数の学習困難にもっとも深く関係するのが「数はモノを数えるためにある」というスキーマである。このスキーマは,「数=自然数」という,もう1つの誤った理解を生み出し,有理数・無理数など,自然数以外の数の学習を妨げる。そもそも1つのモノを分割する数というのは「数=自然数」スキーマと相容れないので,多くの子どもは分数を「数」だと思えない。「かんがえるたつじん」テストでは,なんと5年生の約半分が,1/3のほうが1/2よりも大きいと思っていることがわかった。分数の意味を理解していないため,3と2では3のほうが大きいから1/3のほうが大きいと考えたのである。割り算を使った文章題が解けないと憂慮する以前に,多くの子どもは分数の概念を理解できていないことを認識すべきである。

 算数の問題の誤答の類型化だけでは,つまずきの原因を解きほぐすことができるレベルの「説明」としては十分でない。子どもが乳幼児期からどのように数についてのスキーマを形成してきたか,そのスキーマが算数で教えられる内容とどのように矛盾しているのかを理解しなければ,学習困難の支援につながらない。認知科学は人の思考や問題解決を,スキーマや認知バイアス,記憶や情報処理の観点から説明する。この粒度の説明は,子どもの学習困難だけでなく,人間のさまざまな行動や意思決定の背後にある理屈を理解し,対策を講じるために有用である。

 

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