<特集>生物にひそむ模様の不思議【『科学』2022年11月号 】
◇目次◇
【特集】生物にひそむ模様の不思議
海昆虫の目の形が幾何学的に決まる仕組み……佐藤 純
魚の体表模様の多様性を探る……宮澤清太
内耳の市松模様の細胞パターンは聴覚機能にはたらく……富樫 英
不均一な皮膚幹細胞集団が作る規則的なパターンと高度な領域化……佐田亜衣子
ショウジョウバエの翅の模様形成メカニズムとその進化……柄澤 匠・越川滋行
[巻頭エッセイ]
33年後のつぶやき……田島節子
チューリング賞と計算機科学の偉人たち……柴山悦哉・喜連川 優
チューリング賞ジャック・ドンガラ氏インタビュー……松岡 聡・関口智嗣
自己組織化臨界現象と地震予知……井田喜明
研究者と新型コロナウイルスのたたかい――G2P-Japanの軌跡……佐藤 佳
[連載]
竹取工学物語3 ⽵の「維管束」がもつ⼒学的役割……佐藤太裕
数学者の思案6 ルーマニアの数学……河東泰之
これは「復興」ですか?68 新庁舎と避難指示解除……豊田直巳
リュウグウのささやきを聴く3 リュウグウはどこから来たか……橘 省吾
3.11以後の科学リテラシー118……牧野淳一郎
オープンサイエンス事始め――科学データは誰のものか2 南極をめぐる米国とソ連の攻防(前編)……有田正規
[科学通信]
大規模噴火データベースと噴火推移データベースで噴火の詳細情報を明らかに……宝田晋治・池上郁彦・金田泰明・下司信夫
〈本の虫だより〉フランク・M・スノーデン『疫病の世界史(上・下)』……白石直人
次号予告
1988年,銅酸化物高温超伝導体発見直後の研究現場の大混乱を経験した私に,「高温超伝導と女性研究者」というテーマで文章を書いてほしい,と日本物理学会から依頼があった。正直なところ「???」という気持ちであったが,自分なりに解釈して,「物理学者は女性がお嫌い?」というエッセーを書いた(1)。研究には,いろいろな意味での「ゆとり」が必要だという趣旨の文章だったが,あれから33年,世の中は変わっただろうか。
まず女性研究者の議論以前に,この30年で研究者を取り巻く環境は大きく変わった。国家公務員の数を減らすことが当初の主目的だった国立大学改革関連のさまざまな施策が,次から次へと打ち出され,日本の研究現場は回復不能なくらい体力を奪われていった。バブルがはじけた後の日本経済の凋落に引きずられるように,社会からアカデミアへ合理化圧力が高まり,研究者から「ゆとり」が消えていった。メリハリのついた予算配分の名のもとに,研究の世界でも貧富の格差が拡大していった。世の中にはお金で買えるものと買えないものがある。将来,日本の経済が復活し,財政に余裕ができたとしても,教育・研究システムの変更によって失われた高度な研究人材を再び育成するには,何十年という月日がかかる。日本には資源がない。誇れるのは優秀な人材だけだ,ということは昔から言われていたはずなのに……。
私が現在会長を務めている日本物理学会は,会員数1万6000人の大規模学会だが,2000年ごろをピークに会員数は毎年300人ずつ単調減少している。昨年調査したところによると,この傾向は,日本化学会,応用物理学会,電気学会,情報処理学会など,どの大規模学会も同じだった。学生会員の数は変わっていないことから,これは企業研究者の会員が減ったことや,大学の教員ポストが減ったことが原因だと思われる。
さて,女性研究者問題はどうなったか。政府がこの問題を認識し始めてから20年くらいたつ。子育てをしながら研究を続けられるような制度がいろいろ提案され,少しは社会の理解が進んだようにも思う。それら多くの努力に感謝はするものの,国内の研究者の女性比率については,「その結果がこれか」とため息の出る数値である。今でも,私は国内の研究集会で,ほとんどの場合,学生以外の女性に会うことがない。国際会議であれば参加者の1/4程度は女性である。この差は,何に起因すると考えればいいのか。文化的背景の違いしか考えられない。人々の奥深くに眠る意識を変えるのは容易ではないのだ。
すべてを解決する起死回生の策があるわけではない。ただ,私が33年前に希求した「ゆとり」を,今こそ社会のいろいろなところで持つ努力をすることが,一つの解ではないかと思う。一見無駄と思われることもやってみる,ということだ。予算配分も時間の配分も……。人事でも日本は今,女性だろうが外国人だろうが,えり好みできる状態にはない。将来有望と思われる芽があれば,通常のキャリアとは異なる経歴の人であっても,またすぐに成果が出そうになくても,受け入れる懐の深さが今こそ求められているのではないだろうか。
1―田島節子:日本物理学会誌,44, 380(1989)