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<特集>ロボット学:構成論的手法による人間理解【『科学』2023年1月号 】

◇目次◇ 
【特集】ロボット学:構成論的手法による人間理解
ロボット學の創成と社会工学としてのロボット工学……浅田 稔
胎児身体・脳シミュレーションで知能の根源と発達障害の発生要因に迫る……國吉康夫
柔らかいロボットと体性感覚……細田 耕
アバターによる仮想化実世界の実現……石黒 浩
ロボティクスによる神経多様性の理解と支援……長井志江
ロボットをめぐる法と倫理……稲谷龍彦
ロボットの身体と深層予測学習……尾形哲也
人工痛覚が導くロボットの共感……浅田 稔


[巻頭エッセイ] 
科学技術の力をすべての人と共有する……浅川智恵子

嗅覚研究から見える脳のしくみ──匂いが呼び覚ます記憶……森 憲作・坂野 仁

[新連載]
研究者,生活を語る1 海外で4人の子育てをしながら研究をするということ……中野亮平

[連載]
リュウグウのささやきを聴く5 おまけの粒子……橘 省吾
数学者の思案8 数学研究と英語……河東泰之
竹取工学物語5 植物が「⾼さ」を稼ぐための⼯夫……佐藤太裕
これは「復興」ですか?70 企業名は個人情報なのか……豊田直巳
3.11以後の科学リテラシー120……牧野 淳一郎
オープンサイエンス事始め──科学データは誰のものか3 南極をめぐる米国とソ連の攻防(後編)……有田正規

[科学通信]
理化学研究所等での大規模雇い止め問題の背景……春日 匠

次号予告/お知らせ/訂正
2022年総索引

 
◇巻頭エッセイ◇
科学技術の力をすべての人と共有する
浅川 智恵子(あさかわ ちえこ 日本科学未来館 館長、IBMフェロー) 
 

 プールでのけががもとで14歳のときに失明した私は,「情報」と「移動」の障壁に直面した。一人では教科書や新聞などの文字情報が読めなくなり,また一人ではどこにも出かけることができなくなってしまった。この先「自立できるのだろうか」と大きな不安を感じたことをよく覚えている。

 その後,紆余曲折を経て日本IBMに入社し,視覚を補うための研究開発に取り組んだ。1980年代には,パーソナルコンピューターと点字ディスプレイの技術を活用して,膨大な情報量の辞書を視覚障害者が自力で検索できる仕組みを開発した。1990年代には,インターネットの発展を背景に,音声合成技術を活用して,世界で初めての実用的な音声によるWEBブラウザー・IBMホームページリーダーを開発し,製品化した。視覚障害者がインターネットを利用できるようになり,情報アクセスの障壁を低くすることに貢献できた。

 現在は次の課題,「移動」の障壁にチャレンジしている。なかでも急速に発展している自動走行技術やロボット技術を活用し,視覚障害者のための実用的なナビゲーションロボット「AIスーツケース」の開発に取り組んでいる。まだ道のりは遠いが,実現すれば私が中学生のときに夢見た「好きな場所に気軽に行くことができる自由」を取り戻せるだろう。

 このように,科学技術は私の「人生の質」を劇的に変えてきた。情報へのアクセスは学習や就労環境の向上に欠かせない。2004年の博士号取得は,技術の活用なくしては成し得なかった。2021年に日本科学未来館の館長に就任するにあたり感じたのは,私自身の経験を通して確信したこのような「科学技術の力」を,すべての人々と共有したいという思いだった。

 インターネットの情報を音声で読み上げることは,今ではスマートフォンでたやすく実現できる。私が14歳のときからすれば,まさに夢の技術だ。その背後には,何世代にもわたって積み重ねられてきた数学,物理,電子工学,通信工学,言語学などの膨大な科学知識が存在している。科学技術は,これからも知識の山を築きながら,社会のさまざまな問題を解決し,私たちの人生の質を向上してくれるであろう。そのプロセスが「現在進行形」であり,次の技術が生まれ続けているというダイナミズムを,社会に発信していきたいのだ。

 一方で,新たな科学技術を生み出し育てるためには,社会的な投資と理解が必要である。視覚障害者をナビゲートするロボットを街で動かす場合,「なにかあったらどうしよう」と規制をかけるのではなく,新技術の導入によってどのような可能性が拓けるのかも想像してほしい。そうしなければ,人生の質の向上に寄与する科学技術を,社会に実装していくことは難しい。残念ながら,今の日本ではこうした余裕を失いつつあるようにも見える。科学力の衰退が叫ばれて久しい。科学を技術につなげる営みも心細い。社会実装に関しても細かな懸念に固執し,実証実験をおこなえない事例が頻発している。

 こうした思いから,館長就任にあたり新たなビジョン「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」を発表した。

 科学技術は社会を支える営みの一つである。しかしその営みは見えにくい。子供たちには,科学のワクワクを感じて生涯興味を持ち続けてほしい。大人には,未来を作るために明日からでもできることがあると知ってほしい。高齢者には,自分たちが社会の中で活躍し続けるための新たな科学技術と,次世代へ何を残していくべきかを感じてほしい。

 新たな科学技術にワクワクする体験をすべての世代に提供することができれば,科学技術を取り巻く環境は変わっていくと信じている。日本科学未来館をそんなプラットフォームにするために,これからも前進していきたい。

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