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思想の言葉:ピエール・ルジャンドル/森元庸介 訳【『思想』2023年6月号 特集|追悼 ピエール・ルジャンドル】

◇目次◇

【特集】追悼 ピエール・ルジャンドル

思想の言葉 ピエール・ルジャンドル/森元庸介 訳

法の学匠たち
──産業体制におけるドグマ機能の考察
ピエール・ルジャンドル/森元庸介 訳

思い違い
ピエール・ルジャンドル/伊藤 連 訳

ルジャンドルと哲学,未踏の地
西谷 修

ドグマと(しての)イメージ
──再生産の命法について
森元庸介

法とは何か
──〈神〉が欲望するということ
嘉戸一将

「産業的ドグマ空間」における神話的イメージとしての写真
橋本一径

テクノサイエンス経済時代の人間の条件をめぐる試論
──ルジャンドルの仕事から学び直す
中村隆之

地球の再封建化とその命運
平田 周

〈研究ノート〉ドイツ語圏におけるルジャンドル受容
小林 叶

読む主体としての法の主体
──文化への接続手段としてのテクスト
カトリン・ベッカー/牛田悦正+近藤隆太+神宮司博基+谷 虹陽+蓮子雄太 訳

制度という概念
──ピエール・ルジャンドルのドグマ人類学における要石
ピエール・ミュッソ/伊藤靖浩 訳

ピエール・ルジャンドル書誌一覧
森元庸介

 
◇思想の言葉◇
 
自分の肩幅と同じ道をゆけ
ピエール・ルジャンドル

 このタイトルは、聖書によるものであってよいかもしれないのだが、もっと親しげな神からの命令である。わたしは、「自分の肩幅と同じ道をゆけ」というこの言葉に、農民的な〈主〉の精神を聴き取ってきた。その〈主〉は、祖先たちの単純さとともに、牧人たちからの贈り物を新しく生まれた孫に贈っていた──道を開く言葉を。

 わたしが熟考してきたこの情景は、ジャン・ジオノ『大群』に借りたものだが、そこでは、人間と動物の生が混じり合うなかで、〈世界〉の命運、そして我々が〈世界〉に住まうさまが主題となっている。

 人間である我々、ヴェルコールの物語〔『人獣裁判』〕にあえて表現を借りれば自然を損なわれた動物・・・・・・・・・・)は、自由を求めるのだと訴えながら実際は羊と同じように群れ、ただ、反省的な意識によって自身が権力を行使するのを見る力・・・・・・・・・・・・・・・)を伝播させている点でのみ羊と異なっている。そのようにして悪意・・)[malice]──ラテン語のmalitiaに棹さして「意地の悪さ」──が入り込んでくる。だから、人間は不思議なことだが道徳に執着し、自分たちの独特な心性のことをあれこれ問う。「〈悪〉はどこから来るのか[Unde Malum]」。往古の神学はそう述べていた。だが、むしろ次のように考えるべきではないだろうか。わたしたちは事故に遭った種、狂気に脅かされ、いずれ生と死を統御できるだろうと信じるにまで至ってしまった種なのだろうかと。

 話す動物である人間は来し方と行く末に向けられた終わりなき問いかけにつながれており、ロボット工学に没頭し、技術屋めいた教師たちに教育されるようになってさえ、記憶を洗い流すことができずにいる。西洋の教育は〈古のひとびと〉を背に負い、プラトンを読むことを認めるよう、なおも強いられているわけだが、そのプラトンは〈牧人〉、すなわち人間の智慧を演出しながら、そうした智慧の務めとは権力の機能、すなわち、群れを導き、養うという機能を体現することなのだと述べていた。

 ジオノとわたしには共謀関係のようなものを感じる。なによりもまず、かれが、導く術ということについて、農民たちの用心深さに通じ、また、群れのリーダーとなる羊、〈雄羊〉の本能に注意を向けるひとだったから、そして、身をもって第一次大戦の機械的な〈意地の悪さ〉を経験し、自分なりの自由の領分を勝ち獲るために払わねばならない代償について、よく、実によく知るひとだったからである。

 それだから、「自分の肩幅と同じ道をゆけ」という言葉が通りすがりの者であるわたしにとっての格律となったのだ。ジオノが記念する者たち、「犂の柄を握り、日々、少しずつ深く進んでゆくような」者たちと近しいわたしにとって。

 群れを導く〈牧人〉への準拠のもと、ここで問題としているのは権力のこと、そしてまた政治的な〈物〉、お望みなら公共の〈物〉──レス・プブリカ[Res publica]──ということになるだろう。ここでわたしは豊穣な日々について語ることにするが、それは、明らかになったことがら、理解されたことがらの豊穣さということである。流れゆく発見の瞬間、発見の時期は、投げられた骰子にも似て、わたしにとって道を拓くうえで決定的なものであった。取るに足らない輩が〈幸福〉と呼ぶものではない──バルザックはそれを「愚者の神」と呼んでいた──、獰猛な側面のあることを予感していた一個の真理へ向かう道である。つまり、生存のための武器を手つかずのままに保っておくこと、「なぜ?」を試練にかけようとする、身体に釘打ちされた欲望。そのとき、現場に直面し、状況を認識することは、超えるべき一線、いつでも同じ一線を経験することと化す。

 家族と社会、双方の堰を渡ってゆくことは、俗っぽい言葉でなら「成り上がり」とレッテル貼りされる者にとって、領域を問わずありふれたことである。だが、主観にとって鉄条網が張り巡らされた領域に潜り込み、〈障碍〉が描き出される点、本当の、内なる〈障碍〉が描き出される地点に至り着こうとすること、それは、〈内なる敵〉、すなわち自分自身に対峙することを拒まぬ者だけに取り置かれた運命である。そうしたとき、折々には古代風の胆力[virtus]が詩的な慰めと同じく必要となることもあり、なぜといって、そこでの出会いとは自分自身との・・・・・・)……自分自身の監獄における出会い・・・・・・・・・・・・・・)だからである。

 「自分自身の監獄」というわけは、権力の過剰、あるいは端的に権力を前にした人間は、フランスではかくも称賛されている公式の異端者たちが示すとおり、叛乱を装うほどに服従することもあるのだとはいえ、しかし、そうでなければ闘うことを学ぶものであるからだ。わたしは、そのいずれに属する者たちとも数多く会ったり、隣り合わせに生きてきたりしたが、またもちろん、被弾圧者を装い、自分が何者でもないふりをしながら、さまざまなかたちを取る欲求のゆえに自分自身を裏切って正体を明かしてしまうといった、風変わりな種族もいた。

 わたしは必然によって内密なる・・・・))〉と対峙せねばならなかったが、それを「恐怖」、あるいはまた別の名で呼ぶことができるかもしれない。この「内密なる〈敵〉」という表現はインドの思想家・精神分析家アシス・ナンディの著作のタイトルに借りたのだが、かれはイギリスの植民地主義を考察しながら、内側から勝ち獲られた自由へ至る長い旅路(「自己の消失と自己への回帰」)を語っている。だが、勝ち獲るというには、しかるべく代償を払わねばならない。

 自分自身の内側にある堰をきわめて早い時期に垣間見、しかしまた外側へ、いうなれば罰されたいくらかの魂によって導かれたわたしは、みずから強力な社会的城塞へ足を踏み入れることになった。そして、冒険が悪い方向へ転換しかねなかったまだ若いころ、ひとつの通行証とともに扉を開けた。生には・・・)自分にとって生よりも貴重な何かがある・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということとともに。そのようにして、わたしは「経験」と呼ばれるものを、賭けに身を投じるようにして渡ったのである。

[訳者付記]フランスの法制史家、精神分析家ピエール・ルジャンドルが、去る三月二日、九二歳で亡くなった。昨年秋以来の準備の過程で「予感」、ついで「事実」が共有されたのではあり、結果として、本号には追悼の意味合いが深く込められることになった。だが同時に、特集を編むにあたっての初発の意図が、唯一無比であるがゆえに埋没しておかしくないひとつの仕事について、日本語の環境で、いま、試みうるかぎりのアプローチを試みるという点にあったことを強調せねばならない。

 ルジャンドルの仕事──中世法制史と近代行政史を基点としつつ、アフリカ滞在の経験、また精神分析との邂逅をつうじて「ドグマ人類学」という未聞の領野を拓き、人間が人間の無化を嘉する現今の趨勢を文字どおり睨みながら、処方箋として示される諸々の「倫理」や「調整」を一蹴して、むしろドグマ性の観点から人間の組成を徹底的に問い直すことで、全面的な液状化のうちになお倦まず楔を打ち込み、問いかけの場所を維持しつづけたその仕事──の諸相については、したがって、収められたそれぞれの論攷に直に当たられたい。

 そのうえでなお、劈頭に、ルジャンドル自身が「終わり」を明白に意識して綴ったテクストを掲げた。一昨年に出版された回想録『日の終りの手前』の一節である。註釈を求める文ではないだろう。思考という生の営みについての、徹底して個人的な、だから、誰によっても読まれうる代えがたい証言、モニュメントとなっている。

(訳=森元庸介)

Pierre Legendre, « Tu feras ton chemin de la largeur de tes épaules », L'Avant dernier des jours. Fragments de quasi mémoires, Ars Dogmatica, 2021, pp.181-183.

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