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研究者、生活を語る on the web

3歳児の「親」になって──激変した生活と研究<研究者、生活を語る on the web>

標葉隆馬

大阪大学社会技術共創研究センター

 科学社会学と科学技術政策を研究しています。特に複数の先端生命科学の領域を中心に、科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の分析と科学技術政策の研究をしています。現在、パートナーと息子の3人暮らしです。

 2020年7月、私たちの生活は一変しました。年明けからの新型コロナウィルス感染症(COVID-19)、今の所属先への移動、しかしなによりも「子ども」の登場の影響がより大きいものでした。3歳の男の子との生活の開始は、これまでの研究生活を一変させるものでした。その変化と現在の生活、そして研究活動への影響などへの所感を書いてみたいと思います。

3歳児の「親」になる

 私たち夫婦は「特別養子縁組*1」を経て、元気な男の子の親になりました。
 息子に乳児院で初めて出会ったのは2020年の1月のことで、息子は当時2歳6ヵ月でした。同年の7月後半に一緒に暮らし始め、実際に特別養子縁組の審判が家庭裁判所で結審されたのは翌年12月のことです。その間は養子縁組里親(養子縁組が裁判所で成立する前の、養子縁組を前提とした里親)として一緒に暮らしながら、初めての育児に右往左往する日々でした。
 基本的に、育児におけるほとんどの苦労や困難は、他のご家庭と同じだと思います。ただ違いがあるとすれば、このような(私たちの場合は3歳男子の)育児が急に始まること、しかも当初は保育園に預けることなどができず、また育児休業(育休)の制度などからもこぼれ落ちてしまう可能性があることだと思います。
 例えば、児童相談所を経由するタイプの特別養子縁組では、先述の「養子縁組里親」になるために、「長期外泊」という期間があります。この長期外泊の間は、保育園などに子どもを預けることは禁じられており、「育休」がのどから手が出るほど欲しいタイミングです。しかし、この時点ではただの「同居人」の扱いになるため、大学の育休制度の中では対象外となってしまいます。私たちの場合は、最終的に、有給休暇やコロナ禍でのリモートワーク状況をフル活用して無理矢理乗り切りましたが、労働に関する裁量の小さい職業では、正直難しかったのではないかと思います。
 長期外泊期間の後で「養子縁組里親」になれば、子が3歳未満の場合、私たちの大学でも育休がとれたはずですが、私たちが里親になった時点で、息子は3歳をちょうど超えていました。そのため、今度は育休取得の年齢制限に引っかかってしまったのです。このように、(少なくとも大学における)育休をめぐる制度は、養子縁組を基本的に想定していないこと、これは今の大きな問題意識につながっています。Diversity & Inclusion (D & I)の推進において、より多様な家族のあり方を踏まえた制度設計を期待してやみません*2
 紙幅の都合上、特別養子縁組のプロセスなどについて、これ以上の詳細は省くことにさせてください。私のパートナーの標葉しねは)靖子せいこ)がnoteに記事として書いているので、そちらをご覧いただければと思います*3

夜型生活の終焉──ある典型的な一日

 ここで、平均的な一日の流れを書き出してみたいと思います。

 

3歳児の「親」になって──激変した生活と研究<研究者、生活を語る on the web>
平日のスケジュール例。ただし、子どもの寝かしつけの際、3回に1回はそのまま一緒に寝てしまう。

 私がそもそも何のために研究者になったのかといえば、まさしく「寝起きが比較的自由そう」に尽きるのであり、元はといえば完全に夜型人間でした。しかし、そのような生活もあえなく終焉を迎え、すっかり子ども中心の生活リズムになります。
 朝ごはんを食べさせ、着替えをして保育園に一緒に行く。夕方には保育園に迎えに行き、夕飯を作って一緒に食べる。お風呂に入って、髪を乾かし、お薬を飲ませて、歯磨きとあわただしく夜の時間が過ぎていく。そして最後の難関「寝かしつけ」。何故、君はそんなにも元気なのか。何故、君は倒れるときは前のめりなのか。何故、君は眠ったと思ったら私と直角の体勢になるのか。毎日が不思議とエキサイティングと体力勝負にあふれすぎている……。
 仕事は子どもが保育園に行っている間、そして眠った後にもします。データの分析、論文や書籍の執筆・編集、文献読み、各種の管理・調整の仕事、研究プロジェクトのメンバーや外部協力者などとの打合せ(現在は会議や打合せの多くはオンライン化されたものの、日に平均すると4つくらいでしょうか)、申請書の執筆、各種のフェローや専門家としての仕事、学会関係の仕事、査読、各種のイベントや講演の準備などを順次こなしていきます*4。いつまでたっても宿題が減らないどころか、増えていく一方です。

すんなり「兼業主夫」になる

 家事については結婚当初から、私が主担当として行っています。結婚が決まった時、パートナーは博士取得後に民間企業に就職して活躍していた一方、私は博士課程の学生で行先も特に決まっていなかったため、その時点で基本的に私がやることを想定していました。そもそも大学入学以前から家事は相当程度やっていたこともあり、家事分担がそのような形になることに、特に負担感はなかったのです。その後、偶然ですが、運よく最初の就職先である総合研究大学院大学にポジションが決まり、「兼業主夫」生活が始まりました。
 家事などに関する分担は、今も変わっていません。特に現在、パートナーは私立大学で教鞭をとっているため、担当する講義のコマ数も多く、またプロジェクト型講義のため準備にも時間がかかります。そして学内の業務や会議での時間的拘束も厳しく、私よりも時間的な自由度が少ない状況があります。一方で、私の今の勤務先は、教育の比重が小さく、リモートワークも承認され、また研究分野も実験系などではないことから、相対的に時間に融通が利きやすいのです。
 しかし、家をあけなければならないタイミングもやはりたびたび出てきます。現在はリモートワークが基本とはいえ定期的に自分の研究室に行く必要はもちろんありますし、国内外の出張も増えてきました。その間、パートナーはワンオペになってしまいます(そして困ったことに、その回数は少なくありません)。ワンオペは本当に大変すぎます……そこでせめて夕飯の作り置きをしたり、なるべく洗濯物やごみ捨てなどは済ませておくなどして、少しでもパートナーの負担が少なくなるように準備をしてから行くようにしています。しかしそれでもワンオペの負担が大きいことは、言うまでもありません。

仕事のしかたを変えていく

 息子と生活するようになり、宵っ張り作業の常習犯だったかつてと比較すれば、仕事に投じていた時間や思考や体力のリソースは確実に減少しました。まったくもって客観的でない、主観的な感覚でいえば、日常の時間や体力などのエフォートで研究に投入できる量が半分弱くらいになった気がします(単純な時間だけでなく、子どものためにとにかく体力を残しておくようになったといった変化が大きいように感じます)。
 かつての「何でもあり」で時間と体力を研究や仕事に存分につぎ込める生活が変わっていくことに、焦燥感がなかったと言えば嘘になります。しかし、「子ども」を目の前にすると、「子どもが中心」の生活に変化することを躊躇する気はまったく起きません。下手をしたらこの子の生死にかかわるという意識が勝るのです。
 このような中で、仕事の仕方も変えていくことを模索する必要が出てきました。特にこの3年間はちょうど複数の外部資金プロジェクトを並行して運営する時期と重なり、PI*5として若手の研究者を雇用しながら(特任助教・特任研究員が計4人、リサーチアシスタントを2人)プロジェクトを拡大していくチャレンジの時期でした。そこでは参加メンバーの次のキャリアやポジションにつながるようにプロジェクトを実施し、成果につなげていく必要があります。プレッシャーもそれなりにはあります。
 しかしながら、プロジェクトメンバーのキャリアも待ったなしですが、目の前の子どもも「待ったなし」です。そこでプロジェクトメンバーに、こちらの(家庭も含めた)事情やスケジュール、仕事やプロジェクトの状況、予算や周辺環境の諸々、その他の諸々の手札も課題も、(秘密保持契約などに関わらない限りは)すべて晒して共有しています。そして、参加しているメンバーの専門性と得意な研究スタイルを勘案しながら、アウトプットにつなげていくためのディスカッションを繰り返し、新しいプロジェクトの展開とキャリアの可能性を一緒に模索するためのできる限りのコミュニケーションをとっています(いまだに明快な解はなく、試行錯誤を繰り返していますが……)。

「特別養子縁組」と私の研究

 長々と書いてきましたが、息子との出会いと生活は、私の研究に大きく影響しています。それは仕事に投入する時間や方法の変化というだけに留まらず、新しい研究テーマの萌芽まで与えてくれました。
 例えば、「特別養子縁組」という経験を実際にしたからこそ見えてきたテーマがたくさんあります。
 私とパートナーは、その実、不妊治療や生殖補助医療などは一切受けていません。私たち夫婦そろっていわゆる「血縁」といったものへのこだわりが全くなかったため、養子を迎え入れることについても、単純に子どもを授かるルートが違うという程度にしか考えていませんでした*6。そして一緒に生活する中で、その考えは間違っていなかったと、日々確信を新たにしています(うちの子めっちゃかわいい!)。
 しかし、どうやら養子縁組をするカップルにおいて、このような(不妊治療を一切していない)パターンは珍しいことらしいのです。不妊治療を経て、「最後の手段」の一つとして養子縁組を選択するパターンが多いようです。この点を筆者の研究テーマから見ると、例えば生殖補助医療の進展と、特別養子縁組という社会的制度の間には、無視できない関係があるように見えます。
 生殖補助医療の進展が、不妊治療を行うカップルにとって大きなベネフィットをもたらすものであることは全く否定しません(そしてそれは良いことなのだと思います)。しかし、自身の経験を踏まえると、その技術の進展は、「特別養子縁組」を希望する「親」の数の引き下げにも影響するかもしれない、とも思えます。もちろん、特別養子縁組は不妊治療を受けている人たちだけの選択肢ではなく(またそこに生じる問題もその人たちの責任ではありません)、より広い人たちの当たり前の選択肢になってほしいものです。しかしながら、この3年間の経験は、生殖補助医療の発展がその実このような影響も含みうるということに気づくきっかけとなりました。
 実際に特別養子縁組の対象になる子どもたちにとっては、家庭養育となるか否かは、その後の人生の選択肢に大きく影響します。例えば、最近の厚生労働省の資料*7によると、令和3年度末に高校を卒業した児童養護施設出身の子ども(児童養護施設児)について、大学等への進学率は22.6%、就職が53.8%となっています。同じ時の統計で、高卒者全体では、大学等進学が56.1%、就職は15.6%です。この統計は毎年とられており、施設出身者の進学率が年々改善されている状況が確認できますが、依然として進学等においては不利な状況があることは歴然としています。
 ここで急いで付け加えなければなりませんが、このような施設出身者(そして特別養子縁組の対象になりうる子どもたち)のキャリアパス上の不利そのものは、もちろん生殖補助医療のせいではありません。広く福祉政策の不足がその発端にあります。しかしながら、そのような福祉政策の構造的欠陥と、生殖補助医療の進展が組み合わさることが、特定の層の人々の人生に思わぬ影響を与えてしまうかもしれない……「この生活」を通じて、この可能性を初めて意識しました。息子は、社会科学者として気づいていなかった、あるいは体感できていなかった社会構造的な課題の可能性に気づかせてくれたのです。

 息子との出会いは、私の人生を一変させました。とにかく無限とも思えるようなバイタリティで容赦なく精力的に活動する子どもと真正面から向き合う生活は、とにかく体力的には大変で疲れます。加齢にともない、以前のようには体も動かなくなり、時間もなく、責任も増える一方で、仕事も溜まっていく。日常をこなすだけで精一杯。正直言って、こんなにしんどいこともない。
 しかし、それ以上にこんなに素敵で尊い出会いはなく、こんなに楽しいこともない。少なくとも現状において、私はこの人生に大変満足しています。最後に一言、やばいうちの子めっちゃかわいい!!

 

*1 子どもの福祉の増進のため、養子となる子の実親(生みの親)との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度。「里親制度」と似ているが、里親制度ではあくまで生みの親が法律上の親であり、里親(育ての親)と子に法的な親子関係はない、といった違いがある。縁組成立のためには、養親となる者が養子となる子を6ヵ月以上監護していることが必要であり、その監護状況などを考慮して、家庭裁判所が縁組の成立を決定する。

 

*2 改正育児・介護休業法が2017年1月1日に施行されており、これによって育児休業の対象に「特別養子縁組の監護期間中の子、養子縁組里親に委託されている子等」も追加された。しかし、このあたりに雇用側の制度が追いついていない場合があるということである。

 

*3 https://note.com/ishihara_shineha

 

*4 現在の所属先では教育業務はあまりないが、平均すると非常勤講義や集中講義で年に3~4コマ相当分を実施する感じになっている。


*5 Principal Investigator(研究室主宰者)

 

*6 特別養子縁組や里親の制度は、第一義は「子どもの福祉のため」であることは強調しておく必要がある。ただし現状では、特別養子縁組の場合、依然として「法律婚」が前提となっている。里親制度に関しては、LGBTなど性的マイノリティのカップルの間でも受け入れが可能だが、現状では、実際の委託実績数は少ない。[毎日新聞2022年5月10日「子どもを育てたい」 同性カップルに「里親」という道

 

*7 厚生労働省「社会的養育の推進に向けて」(令和5年4月5日)

 

標葉隆馬 しねは・りゅうま
1982年生まれ。大阪大学社会技術共創研究センター准教授。専門は科学社会学、科学技術政策論。京都大学農学部応用生命科学科卒業、2011年同大大学院生命科学研究科博士課程修了。博士(生命科学)。総合研究大学院大学先導科学研究科「科学と社会」分野助教、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科准教授などを経て、2020年より現職。


 

※「研究者、生活を語る」は雑誌『科学』でも同時進行で連載しております。『科学』では理系分野の方に、『たねをまく』(on the web)では文系分野の方もまじえて、ご登場いただいております。どうぞ併せてご覧ください。

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