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『図書』6月号 【試し読み】ドナルド・キーン/新井満

 

〇目次〇

 
我が青春の文学……北方謙三
ふたつの握手とカモメのため息……師岡カリーマ・エルサムニー
ヨーロッパ・デモクラシー、危機をくぐりぬけて……宮島 喬
恥じ入ること……田中伸尚
一等車の治療……高草木光一
満・和秋・政美……さだまさし
「マキオカ・シスターズ」……柳 広司
ブロックさん……加藤典洋
上手い、おもしろい……齋藤亜矢
隷属なきロマンス……ブレイディみかこ
怠惰という裏切り……若松英輔
超絶運転のボンネットバスで、チベットを行く……冨原眞弓
石室に隠れる少年……三浦佑之
六月の新刊案内
(表紙=司修)
(カット=佐藤篤司)
 

〇読む人・書く人・作る人〇

ドナルド・キーン
 
 「一番好きな季節は?」と聞かれると、ためらうことなく「梅雨」と答える。桜の咲く季節、新緑、紅葉の季節も私は大好きだ。しかしなぜか梅雨の季節に最も心を惹かれる。大災害をもたらすような雨は嫌いだが、日本の雨の風景は格別である。
 小雨の降る中を息子に手を引かれて、傘を片手に近所の寺の境内を歩くのは、なんとも言えず気持ちがよい。石畳が濡れて、ところどころ水たまりが光っていて、紫陽花が咲いていれば文句はない。私の墓がこの寺にある。雨に濡れた墓石に向かって手を合わせると、心が洗われるような気がする。馴染みの花屋さんで買った花を、自分の墓に手向けることもある。
 『徒然草』を翻訳したのは五十年ほど前の軽井沢の山荘で、やはり梅雨の季節だった。雨は、ある種の集中力と持続力を与えてくれる不思議な魔力を持っているようだ。翻訳しながら私は、自分がまさに『徒然草』を書いているかのような錯覚に陥った。あの時、私は兼好法師だったのかもしれない。
 ここ数年、毎夏一ヶ月以上、息子と軽井沢の山荘で過ごすが、書斎の前が林になっている。原稿に向かっていて、ふと雨の降る林に見入っていることがある。静かな雨音は音楽のようだ。突然、陽が射して一ヶ所だけ明るくなる。その明るさの中を小鳥が数羽、さえずりながら飛びまわる。そんな時、私たちは歓声を挙げて喜ぶ。
 年をとるにつれて雨を嫌うようになっていることも確かだが、それでも私は雨が好きだ。
           (どなるど きーん・日本文学者)
 

〇試し読み〇

第一回イランカラテ音楽祭
新井 満
 
           
 私たち夫婦は長く横浜に住んでいたのだが、現在は北海道の森の中に移住し、羊を飼って暮らしている。北海道といえば、先住民族アイヌの大地でもある。〈アイヌ民族とは、どんな人々なのだろう。いつの日か会って話がしてみたい…〉 そう考えたこともあったが、北海道に移住したからといって、そうかんたんに会えるわけではない。ご縁のないまま、歳月だけが過ぎた。

 不思議なもので、出会いのご縁は予期せぬかたちで訪れた。『千の風になって』が、アイヌ語に翻訳されて歌われることになった。それがきっかけで、たくさんのアイヌ民族の人々と親しくおつきあいするようになった。
 その中の一人に、秋辺デボさん(57歳)がいた。デボさんは、阿寒湖畔にあるアイヌシアター・イコで活躍する舞踊家兼演出家なのである。ある晩、そのデボさんがおしえてくれたのが
 〝イランカラテ〟
という言葉だった。アイヌ語で「こんにちは。あなたの心にそっとふれてもいいですか…」という意味だという。
 「おれ、思うんだけどね…」
 デボさんはつづけて言った。
 「たぶんこの言葉は、日本一、いや世界一ひかえめで、思いやりのある言葉だと思うよ」
 
          
 デボさんの分析によると、〝イランカラテ〟というアイヌ語は、二つの構成要素からなりたっているらしい。
 一、ひかえめであること
 二、思いやりがあること
 二つとも人間関係の基本となる心がまえであろう。だが、二十一世紀の世界の現実はどうだろう。ひかえめどころか、めいっぱい欲張りで、相手を思いやるどころか、相手の心の中に土足でずかずか踏み込んでゆくような〝不寛容な心〟の時代を、私たちは生きているのではないか。
 「その先に、何が待っていると思う…?」
 デボさんは自問して、自答する。
 「対立と、戦争だろうね」
 一方、ひかえめで相手を思いやる〝イランカラテの心〟の先に待っているのは、
 「共存と、平和」
 デボさんはそう言うのだ。
 
          
 アイヌ民族の人々と接していて不思議に思うことがある。年齢や性別や職業が違っていても、受ける印象が共通しているのだ。それは、〝静けさ〟ということ。
 彼らはとにかく静かである。たたずまいが、身のこなしが、歩き方がゆったりとしている。あわてない、あせらない、競争しない、声高にしゃべらない。要するにひかえめで、いつも静かに微笑しているのだ。
 〝静けさと微笑〟
 アイヌ民族の人々から受けるこの印象は、いったいどこから来るのだろう。彼らのどんな生き方が、この印象をもたらすのだろう…。さっそくデボさんにたずねてみたが、
 「さあてね…」
 デボさんにもわからぬことがあるのだ。結局、〝イランカラテの心〟をもう少しくわしく分析してみようということになった。
 アイヌ民族の〝ひかえめ〟は、いうまでもなく人間や社会に対して行われるのだが、まずまっさきに行われるのは大自然に対してなのだよ、とデボさんは言う。
 「なにしろアイヌは、狩猟民族だからね」
 大自然には無数のいのちがあふれている。そのいのちたちのおかげで、人間は生きている。いや、生かしてもらっている。しかも様々ないのちは、どのいのちがどのいのちより偉いとか偉くないとかということはない。人間も含めて、あらゆるいのちがひとしく尊敬に価すると言ってよい。
 「だからアイヌは、いばらないのさ」

 野山には鹿や鳥がいる。海や河や湖には魚がいる。森には果実が実り薬草が生えている。たとえば今、ひとりのアイヌ人が、森の中へ山菜をとりにいったとする。アイヌ人は決して欲ばらない。必要な分量しかとらない。もしとり過ぎたならば、土の中に返してあげる。〈また丈夫な根が生えてきますように〉 そう祈りながら、大地に語りかけるのだ。
 「ほら、こんなふうにね、
 イヤ イラ イケレー」
 デボさんは小声でささやくように言った。〝ありがとう〟という意味のアイヌ語だという。おそらく〝いのち〟に対して〝尊敬と感謝〟の念を捧げようとしているのであろう。そうか、ようやくわかった。合点がいった。〝イランカラテの心〟の根底には、もっと大きな〝イヤ イラ イケレーの心〟が広がっていたのだ。それがアイヌ人たちに、〝静けさと微笑〟という印象をもたらしていたのではなかったか。
 
          
 デボさんと酒をくみかわしながら会話しているうちに、〝イランカラテ〟というアイヌ語をもっと広めようという話になった。ハローやアロハやニイハオやボンジュールに匹敵する、世界的な挨拶語にしようというわけである。
 そのためにどうすべきか?
 「そうだ、二人で歌を作ろう」
とデボさん。
 「できるかなあ…」
 デボさんは乗り気だが、私の方はあまり自信がない。ぐずぐずしていると、デボさんはまじめな表情になって言うのである。
 「まんさん、まんさんが〝イランカラテ〟の歌を作るのは、まんさんに運命づけられた〝役割〟だと思うよ」
 「〝役割〟?」
 思わず聞きかえしてしまった。するとデボさんは立ち上がり、
 「とつぜんですが、おれ、詩を朗読します」
 古くからアイヌ民族に伝わる詩のような、警句のような文章を、今夜はぜひ私にきかせたいというのである。
 「カントオ
 ヤクサ
 アランケ
 シネカ イサム」
 すべての存在には、役割がある。役割なしに天からおりてきたものは一つもない。そういう意味なんだそうだ。〝イランカラテ〟の歌を作るのが、まさか自分の役割であったとは夢にも思わなかったなあ…。
 
          
 歌の歌詞は、デボさんと合作で作ることにした。作曲は、私の担当である。三年後、『イランカラテ~君に逢えてよかった~』が完成した。次にその一部をご紹介しよう。

  遠い国から はるばるとよく来てくれたね 旅人よ
  ここは 雪とぬくもりの大地
  いのちの河は ゆったりと流れる
  イランカラ
  イランカラ
  君に逢えてよかった
  今日はいい日だ
 
          
 東京のスタジオでレコーディングした。私が歌唱したものと、デボさんが歌唱したものと、合計二つのバージョンをレコーディングした。できあがった音源をCDにした。私家盤のCDを三〇枚プレスした。それを知人と友人たちに送った。北海道内にあるラジオ局や新聞社にも送った。
 しばらくすると、函館の地域ラジオ局、FMいるかのプロデューサーから連絡があった。
 「アイヌ語を歌にするとは、興味深いですね。番組の中で紹介しましょう」
 またしばらくすると、北海道新聞社が記者とカメラマンを派遣し、新曲の誕生を大きく報道してくれることになった。
  イランカラテ歌にのせ
  アイヌ語で「こんにちは」
  新井満さんと秋辺デボさん
  合作のCD完成

 数ヵ月たつと、私家盤のCDを送っておいた友人のアーチストたちが「新曲をカバーしたい」と言ってきてくれた。ありがたいことである。友人の一人は、在日の中国人歌手である。彼は新曲を日本語の他に、中国語にも翻訳して歌いたいという。それを北京で計画しているコンサートで披露したいというのだ。
 
          
 〝イランカラテ〟というアイヌ語をもっと広めたい。そのために歌を作ったら、少なからぬ反響があった。今度はその歌をもっと広めたい。そのためにはどうしたらよいのか。
 「そうだ、音楽祭を開こう!」
とデボさんは言う。並の音楽祭ではない。歌のなりたちから考えると、アイヌ人と和人のコラボレーション(合作)によって行われるのが自然であろう。両者に上下はなく、対等に行われなければならない。さらにその音楽祭は、芸術のまつりであると同時に…、
 「平和のまつりでもなければならない」

 音楽祭の場所はどうするか。地の利の良い阿寒湖畔アイヌシアター・イコロ を借りることにした。音楽祭の構想を発表すると、多くのアーチストたちが参加したいと申し出てくれた。〝トワエモワ〟〝ヒートボイス〟〝阿寒湖アイヌコタンの音楽舞踊団ピリカ〟〝カピゥ&アパッポ〟(アイヌ伝統歌を演奏する姉妹)、真野知也(阿寒太鼓)、秋辺デボ、新井満などなど。こうして〝第一回イランカラテ音楽祭in阿寒湖〟は、二〇一七年六月十七日(土)開催されたのだった。
 
          
 音楽祭のあいだ中、イランカラテの歌は、アーチストたちによって何度となく歌われた。そして、フィナーレでもう一度全員で合唱することになった。合唱が終わると、最前列に坐っていた一人の男性が、とつぜん立ち上がった。そうして満員の観客に向かって言うのである。
 「イランカラテ! 池部彰と申します。この音楽祭に参加して、感動しました。第二回目のイランカラテ音楽祭は、ぜひ、私が町長をつとめる南富良野町でやらせていただけませんか」
 会場は一瞬、沈黙した。
 それから嵐のような拍手がわきおこり、止まらなくなった。
  第二回 イランカラテ音楽祭
  二〇一八年七月二十八日(土)
  南富良野町 かなやま湖屋外ステージ

 ひょうたんから駒とは、こういうことを言うのであろう。しかもその駒は、今も走りつづけているのだ。 おそらく〝イランカラテ〟という言葉には、はかりしれない奇跡のような〝力〟が隠れていたのであろう。その言葉の力が〝歌〟を作らせ、歌の力はとうとう〝音楽祭〟まで開かせてしまった。結果、私は多くの未知の人々と出会うことになった。私は発起人の一人として、第一回イランカラテ音楽祭のパンフレットにこんな文章を書いた。

  出会いの言葉〝イランカラテ〟。
  アイヌ語で〝こんにちは、あなたの心にそっとふれてもいいですか〟という意味です。
  人と人が出会い、夢と夢が出会い、東と西の文化が出逢う…。
  出会いのとき、
  物語ははじまります。
  『イランカラテ~君に逢えてよかった~』をイメージソングとする音楽祭へ、ようこそ。

              (あらい まん・作家・作詞作曲家) 
 

〇こぼればなし〇

 小社の刊行物を中心に、人文社会科学の専門書など、硬派な品揃えで定評ある書店として 小社の刊行物を中心に、人文社会科学の専門書など、硬派な品揃えで定評ある書店として、長く親しまれてきた岩波ブックセンターが惜しまれつつ閉店したのは、二〇一六年一一月のことでした。

 小社創業の地でもあるその跡地に、本のまちの新しいランドマーク、〈神保町ブックセンターwith Iwanami Books〉が去る四月一一日、誕生しました。

 本を中心に人々が集い、新しい知識や新しい仲間に出会える〈本と人との交流拠点〉をコンセプトに、神保町の〈本を中心とする文化発信〉の新たなセンターとなる場を目指すとのこと。一階のフロアには、文系、理系の学術書から一般書、文庫、新書はもちろんのこと、児童書や辞典、美術書にいたるまで、小社から現在販売されている約九〇〇〇点の書籍がとりそろえられています。

 さらに、それらの本に囲まれた空間でコーヒーやサンドイッチ、スイーツなど、喫茶店の定番メニューをたのしむことができます。もちろん夜には酒肴もご用意。本にふれながら、グラス片手にゆっくりとくつろいでいただけます。

 〈神保町ブックセンター〉には、ご紹介した書店の機能と喫茶店の機能に加え、もうひとつの機能があります。それは、本に囲まれた空間で仕事ができる「コワーキングスペース」。二階にはレンタルの会議室、三階には契約者専用のデスクスペースや、四名から一三名むけの個室オフィスが設けられています。

 また、一階にある大きな書斎空間をイメージしたワーキングラウンジは、イベント会場としても使用されるとのこと。新しい学びや気づき、出会いが生まれる場所として、トークショーや読書会など、本や出版にかんする様々な催しが予定されているそうです。

 「くつろぐ(CAFÉ:本が読めて買える喫茶店)」「つどう(EVENT:新しい出会いがあるイベントスペース)」「はたらく(WORK:本に囲まれて働ける仕事場)」という三つの機能をあわせもつ〈神保町ブックセンター〉というプロジェクトを運営するのは、UDS株式会社。おおよそ小社のイメージとはかけ離れた、おしゃれな店内の雰囲気は、出版とは異なる業種のまなざしからどのように書籍が、また出版文化が捉えられているのか、その魅力や可能性を伝えるにはいかにプロデュースすべきかを、旧い業界人に教えてくれているかのようです。

 必要な書籍をネット書店に注文すれば次の日には届けてくれます。当日配送のサービスもあります。便利さではリアル書店は到底かないません。それでも、なぜ人は書店に足を運ぶのか。なぜ店頭で書籍にふれたいと思うのか。やはり本が集う書店という場所、空間に、人を惹きつけるなにかがあるからでしょう。

 〈神保町ブックセンター〉は、かつての本との出会いの場であった「本屋」のイメージからは遥かに遠いところにあります。しかし、そうであるからこそ本のまちの新しいランドマークになる――そんな予感を胸に、これからの展開を期待とともに応援してゆきたいと思います。

  

 『図書』は大勢の知的好奇心あふれる読者に半世紀以上愛読されてきた「読書家の雑誌」です。
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