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『科学』2024年4月号 特集「野生動物とどう付き合うか──共存のための管理」|巻頭エッセイ「野生動物管理の担い手の育成」梶 光一

◇目次◇ 
【特集】野生動物とどう付き合うか──共存のための管理
日本の野生動物管理制度の課題……梶 光一
分布を拡大したヒグマとどう向き合うか──転換期を迎えたヒグマ管理……釣賀一二三
増え続けるエゾシカと共存するために……稲富佳洋
アメリカ合衆国の事例──人の管理の重要性……大西勝博
人里に出没するツキノワグマとどう向き合うか……高木 俊
森林生態系保全のためのニホンジカ対策──科学的管理の進展と課題……藤木大介
驚異の繁殖力をもつイノシシを管理できるのか?……横山真弓
ドイツのザクセン州における農耕地域での野鳥保護……小川 遼・ニーナ ハーゲマン・アナ コード
縮む社会における 「あるべき将来像」に向けた野生動物の管理……江成広斗
これからの地域社会のための獣害対策──地域政策としての獣害対策を考える……山端直人
知ってほしいジビエの世界──食べれば鳥獣被害が減るというわけではないけれど……鈴木健斗

[巻頭エッセイ]
野生動物管理の担い手の育成……梶 光一

羊膜類の頭蓋骨の形態進化──骨形成関連遺伝子から見えてきたこと……土岐田昌和
がんとは何か──分子からのアプローチ2……野田 亮

[連載]
日常身辺の確率的諸問題2 確率論でギャンブルに勝てるのか?……原 啓介
3.11以後の科学リテラシー135……牧野淳一郎
数学者の思案23(最終回)数学研究への公的支援……河東泰之
人間の言語能力とは何か──生成文法からの問い5
「刺激の貧困」問題と一次言語データ……ノバート・ホーンスティン/折田奈甫,藤井友比呂,小野 創〈編訳〉
〈指定討論1〉刺激の貧困とはどのような問題なのか?……次田 瞬
〈指定討論2〉刺激の貧困問題を通してみる生得論と経験論……佐治伸郎

[科学通信]
大量のマイクロプラスチックが深海堆積物にあった!──その分布実態と輸送経路に迫る……土屋正史
火山調査研究推進本部の発足にあたって……藤井敏嗣

次号予告
 

◇巻頭エッセイ◇
野生動物管理の担い手の育成
梶光一(かじ こういち 東京農工大学名誉教授、兵庫県森林動物研究センター所長) 
 

 1951年に,アメリカ合衆国コロラド州魚類野生動物局長のクリーランド・N・フィースト氏は,連合国最高司令部天然資源局の依頼で日本の鳥獣の法律と管理の研究を目的に来日し,3カ月間にわたって各地を視察した。当時の日本では過度な捕獲と誤った管理方法の影響で野生鳥獣の衰退が顕著だったためである。

 そして,日本政府に提出した勧告書『日本の猟政』(クリーランド・N・フィースト述; 林野庁訳・発行)のなかで,野生動物管理の担い手の育成について,各大学の農林学科の一部に鳥獣管理と行政に関する課程を設け,鳥獣管理を専攻した学生はそれを本職とすることを提言している。しかし,この提言から半世紀経た現在でも,日本における野生動物管理の担い手の育成は緒についたばかりである。その経緯について,以下に紹介したい。

 シカ・イノシシなどの分布拡大と生息数増加による農林業被害などを契機に,1999年以来,たびたび法改正や法制度の創設がおこなわれ,その都度,専門的人材の育成が求められてきた。環境省所管の鳥獣保護管理の改正(1999年:特定計画制度,2006年:狩猟規制,2014年:鳥獣保護管理法)の際に出された「附帯決議」では,再三,国および都道府県における専門的知見を有する人材の育成・確保・配置について言及された。また,2021年6月に鳥獣被害防止特措法の一部改正における人材育成の記述(農林水産省)においても,地域における被害防止対策を効果的かつ効率的に実施するためには,対策の企画・立案の担い手として,生態学,動植物学,森林管理,被害防除などの多様な分野の専門的な知見を有する人材の育成・確保を図るとともに,現場で対策を実施する,ということが謳われている。

 しかし,自治体における専門職員の不足は著しい。環境省の調べによると,2021年度の鳥獣担当職員3539人のうち,専門的知見を有する職員は166人(4.7%),鳥獣保護管理の学位(博士,修士,学士)を有するものは60人(1.7%)にすぎず,12都県には専門的知見を有する職員が配置されていない。この状況は2014年以来,改善されていない。また,現状では「専門的知見を有する職員」の要件の範囲が広く,取得に要する努力量などにも差が認められる。そのため,要件に適合した個々の職員の間では,保証される「質」に少なからぬ差が生じている恐れがある。野生動物管理の専門職に求められるスキルや知識についての基準がないからである。

 このような背景から,環境省自然環境局長の諮問を受けた日本学術会議は,答申「人口縮小社会における野生動物管理のあり方」において,「専門的人材を養成するために,高等教育機関における教育システムの確立が望まれる」(日本学術会議 2019)を提言した。これを受け,農林水産省と環境省は「野生動物管理学教育プログラム検討会」を設置し,2020年度から2年間かけて野生動物管理学教育のモデル・コア・カリキュラムの検討を実施し,その後,農林水産省の事業による野生動物管理学教育プログラムの試行が,5大学と2つの民間団体(東京農工大学を核に酪農学園大学,山形大学,宇都宮大学,岐阜大学,兵庫県立大学,学校法人東京環境工科専門学校,公益財団法人知床自然大学院大学設立財団)が参加しておこなわれた。次のステップとして,野生動物管理教育コア・カリキュラムの実装(実施体制,連携の輪の拡大),履修者に対する認証制度,専門人材の配置などの検討がおこなわれている。

 この野生動物管理の担い手育成が日本の野生動物管理の成否を決めると言っても過言ではない。教育は最大の武器だからである。

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