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『科学』2025年5月号 特集「なぜ社会行動は進化したのか?」|巻頭エッセイ「データサイエンス学部の危うさと希望」山下智志

◇目次◇ 
【特集】なぜ社会行動は進化したのか?
霊長類の社会と血縁構造──ヒト社会の起源を探る……井上英治
鳥類の協同繁殖が変動環境に偏るのはなぜか?……野間野史明
イルカの社会性──接触・同調のコミュニケーション?……酒井麻衣
魚類から再考する社会的 「行動」と「行為」──ヒト中心主義からの脱却……十川俊平
アリはなぜ1匹で生きられないのか……古藤日子
昆虫の多様な仔育て……藤岡春菜
人間より誠実なゴキブリ?──クチキゴキブリの奇妙な配偶行動とペアボンド……大崎遥花
利他性が支えるヒト社会……小田亮
自己家畜化──相互依存としての社会性の進化……外谷弦太

[巻頭エッセイ]
データサイエンス学部の危うさと希望……山下智志

ヘビはウロコがあるから怖い……川合伸幸
フェレットを用いて脳の皺を理解する……河崎洋志

[新連載]
野球の認知脳科学1 データは野球を捉えられるか?……柏野牧夫

[連載]
夜の教室からリュウグウへ──定時制高校科学部の挑戦3 〈インタビュー〉ただ楽しかった日々──OB・戸田拓邦さんに聞く……戸田拓邦
3.11以後の科学リテラシー148……牧野淳一郎
言語研究者,ユーラシアを彷徨う10 困窮邦人,一家で路頭に迷う──トルコ語とモンゴル語……風間伸次郎

[科学通信]
カメムシの大量発生はなぜ起きるのか?……田渕研

次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司

◇巻頭エッセイ◇
データサイエンス学部の危うさと希望
山下智志(やました さとし 統計数理研究所) 
 

 近年,日本各地でデータサイエンス学部・学科が次々と新設されている。令和3年度(2021年度)では5つの学部だけだったが,現在は約40の学部・学科が存在している。情報技術の進展とともに,ビッグデータ解析や機械学習の実用性が認識され,現代社会においてはデータサイエンスが必須の技術となりつつある。しかし,その急速な普及の裏には,教育体制や人材育成における危うさが潜んでいるのも事実である。

 かつて,国内で専門的なデータサイエンス教育を担っていたのは,大学院博士課程の教育を行っていた統計数理研究所(総合研究大学院大学統計科学専攻)のみであり,学生定員はわずか5名に限られていた。2017年に滋賀大学にデータサイエンス学部が設立される以前は,専門性の高い教育機関が極めて限られていたのだ。しかし,現代ではデータサイエンスの需要に応えるため,文系と理系の垣根を超えた新たな人材育成が急務となっている。

 一方で,大学の教員として採用されるには一般には博士の学位が必須であるが,データサイエンスを専門とする博士の数は未だ十分とは言えない。統計学教員の人材不足は明白である。その結果,足りない専門知識を補うため,他分野の教員で埋め合わせるケースが見受けられる。特に,データサイエンスの基礎を支える統計学の専門家は大きく不足しており(上記40学部・学科の統計学を専門とする教員数が62名という調査結果もある),現有の教員に対して統計的知識の再教育が必要であるとの指摘が強まっている。

 ここで,データサイエンスと統計学の違いについて整理してみたい。統計学は,データの収集や整理,解析を通じて,背後に潜む法則性や不確実性を数理的に解明する学問であり,理論をベースに応用方向にロジックが組み立てられる。一方,データサイエンスは,統計学の枠組みを基盤としつつ,機械学習や情報処理技術を駆使して実践的な問題解決に取り組む,応用指向からスタートする。つまり,統計学が「なぜその結果が得られるか」を追求するのに対し,データサイエンスは「どのように活用できるか」に焦点を当てていると言え,データサイエンスの基礎知識として統計学は必須である。

 こうした現状に対し,令和4年度(2022年度)から統計数理研究所は大学教員を対象に統計学の再教育を目的とした新たな統計学者育成事業を開始し,年間10名の修了者を輩出している。この取り組みは,専門家不足の解消のみならず,未来のデータサイエンス教育の質を底上げする重要な試みと位置付けられる。問題の緊急性を鑑み,ゼロから統計学の教員を育成するのではなく,すでに専門分野で活躍している異分野の若手教員に統計学の素養を植え込むことにより,データサイエンス学部・学科が社会の人材供給ニーズに即応できる体制の構築を目指している。

 総じて,データサイエンスは現代社会における不可欠な技術であると同時に,文系・理系の垣根を超えた新たな人材供給の可能性を秘めている。しかし,急速な拡大に伴い,教育現場では教員の専門性不足や再教育の必要性という問題が浮上している。こうした課題に対し,統計学の再教育や新たな専門家の育成といった具体的な対策が進むことで,現在の危うさはやがて希望へと変わり,日本社会におけるデータサイエンス技術の未来は明るいものになると信じている。

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