『科学』2025年11月号 特集「光合成はどこまでわかったか」|巻頭エッセイ『被爆80年──今こそ,対話,平和,核軍縮のとき』広渡清吾
◇目次◇
【特集】光合成はどこまでわかったか
[光エネルギーを取り込む]
光合成水分解反応の分子機構……沈 建仁
光合成の電子伝達反応──効率的な光の利用と過剰な光による傷害の回避……鹿内利治
光合成ステート遷移──協調する2つの光化学系……皆川 純
[二酸化炭素から有機物をつくる]
二酸化炭素の冒険とRubiscoの挑戦──光合成研究が拓く未来の農と食……矢守 航
光合成炭酸同化の進化と多様化……牧野 周
[人の力で光合成を実現する]
自然に倣う人工光合成──水分解水素製造と二酸化炭素変換……阿部 竜・中田明伸
[巻頭エッセイ]
被爆80年──今こそ,対話,平和,核軍縮のとき……広渡清吾
ナノ液体水素の超流動……久間 晋・百瀬孝昌
史上最強のチート進化術!? 「光共生」の虚と実……丸山真一朗
[チューリング賞2024]
アンドリュー・バート氏インタビュー……アンドリュー・バート
「自ら学ぶAI」 の原点……小山田創哲・石井 信
未来の砂浜──私たちの価値観を反映した適応策を実現するために……有働恵子
[連載]
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って2
渡りに船で“小柴親分”が挑んだ壮大な実験……古川雅子
野球の認知脳科学6 打者の視線はどう動く?……柏野牧夫
17~18世紀英国の数学愛好家たち6 数学器具製作者たち……三浦伸夫
3.11以後の科学リテラシー154……牧野淳一郎
ウイルス学130年の歩み5 潜伏感染するヘルペスウイルス:単純ヘルペスウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,サイトメガロウイルス,ヒトヘルペスウイルス6……山内一也
[科学通信]
食品安全委員会PFAS評価書の陥穽──高木基金PFASプロジェクトによる検証の試み……寺田良一
〈本の虫だより〉ピーター・ベルウッド『500万年のオデッセイ──人類の大拡散物語』……白石直人
次号予告
目次(左)画像提供=沈 建仁
表紙デザイン=佐藤篤司
本年2025年11月1~5日,広島で開催される第63回パグウォッシュ会議世界大会は,表題のテーマを掲げた。パグウォッシュ会議は,1955年7月に世界に向けて公表された哲学者ラッセルと物理学者アインシュタインの名を冠する宣言(ラッセル・アインシュタイン宣言)を起点にした国際的な科学者運動の組織である(この宣言は,両者を含んで11名が署名,当時うち9名がノーベル賞受賞者,湯川秀樹も参加)。
「宣言」は,1954年3月のアメリカによるビキニ環礁での水爆実験が生んだ「死の灰」事件の衝撃のもと,科学者,市民そして各国政府に対し,核戦争による人類の滅亡の危機を事実として直視せよと指摘し,戦争放棄と核廃絶以外に道がないことを訴えた。呼びかけに応えて,1957年7月,カナダの小さな村パグウォッシュに東西を超えて22名の著名な科学者が参集した。これが「科学と国際問題についてのパグウォッシュ会議」の始まりである。
日本でも湯川や朝永振一郎,坂田昌一を中心に日本パグウォッシュ会議が創設され爾来活動を続け,今回の世界大会の設営を担当している。現在のパグウォッシュ会議会長は,イラクのフセイン・アル・シャハリスタニであり,日本パグウォッシュ会議会長代行の鈴木達治郎がパグウォッシュ会議執行委員会委員長を務める。日本での世界大会の開催は,1995年(広島),2005年(広島),2015年(長崎)に続き4回目である。1995年広島世界大会は,その直後に,パグウォッシュ会議と当時の会長ジョセフ・ロートブラットが核廃絶運動への貢献を評価されノーベル平和賞を受賞するという記念すべきものとなった。
「被爆80年」は「戦後80年」である。「被爆」は「戦後」世界の原点というべきものである。「戦後」世界とは,20世紀において「2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害」から「将来の世代」を救うために(1945年10月発効国連憲章の前文),諸国家が連合し,紛争の平和的解決を義務づけあう世界である。その到達点の1つが核兵器禁止条約(2017年7月国連総会採択,2021年1月発効)に他ならない。しかし,「戦後80年」の今,「戦後」世界に大きな逆流が生じ,アメリカのトランプ大統領とロシアのプーチン大統領がその主役を演じつつある。
2024年のノーベル平和賞が日本原水爆被害者団体協議会に与えられたことは,逆流に抗する「戦後」世界の意思を示すものであった。授賞式でノーベル平和賞委員会のフリードネス委員長は,「あなたが人間であること,それだけを心に留めて,他のことは忘れてください」という「宣言」のことばを引用し,核兵器禁止と廃絶を目指す日本被団協の存在と活動の意義を称賛した。第63回パグウォッシュ会議の広島開催もまた「戦後」世界の分水嶺に立って,核戦争阻止・核兵器廃絶に向けた科学者の意思と努力を世界に示そうとしている。
今大会では,公開セッションとして,「被爆者・市民との対話」,「広島と長崎から80年─核廃絶に向けて」,「核削減の緊急性」,「パグウォッシュ運動と戦争放棄」,「核の脅威削減への科学者の役割」などを予定する。また,非公開の作業グループでは,「核軍縮と軍備管理の未来」,「核エネルギーと不拡散」,「アジア太平洋と核兵器」,「中東の紛争と大量破壊兵器」,「ヨーロッパの安全保障」および「新技術と紛争への影響」の6つに分かれて専門家を中心に集中的な討議が行われる。逆流を阻止するために,大会の成果を心から期待したい。




