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『科学』2020年7月号【特集】複合災害:原子力災害編

◇目次◇
 
パンデミックと原子力防災――無効の原子力防災計画から目を背け,運転を続ける原子力発電所……佐藤 暁
浮かび上がる3.11後の安定ヨウ素剤をめぐる対応と県民健康調査の出発点――福島県立医科大学の非公開議事録から……麻田真衣
政府は「確率論」で東電福島原発事故の責任を逃れられるのか――裁判で主張された言い訳を検証する……添田孝史

〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
海側観測井で汚染最高値を記録する中でなし崩しの海洋放出の恐れ……木野龍逸

甲状腺検査の集計外症例について:英語論文と鈴木眞一氏の手術データ……平沼百合

巻頭エッセイ 
コロナ禍と原発の複合災害……本間照光 *お読みいただけます

[新型コロナウイルス感染症]
3.11以後の科学リテラシー……牧野淳一郎
経済活動正常化へ国の威信賭けたワクチン開発競争:新型コロナウイルス感染症〈その4〉……小澤祥司

[連載]
「喫茶」遊学〈7〉 グランド・バザールのチャイハネ(茶店)……大村次郷
これは「復興」ですか?〈40〉 バリケードに囲まれた避難指示解除……豊田直巳
里山考――失われゆく「豊かさ」をみつめて〈12〉(最終回)残したいもの,残さねばならないもの……永幡嘉之
広辞苑を3倍楽しむ〈109〉 化粧……森川和則
利他の惑星・地球[文明編]〈16〉 ライフスタイルの位相差から〈文明の病根〉を掘り起こし〈制圧解〉を探る……大橋 力
子どもの算数,なんでそうなる?〈8〉 理論と術……谷口 隆
学術出版の来た道〈2〉 学術誌の出版形態……有田正規
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈223〉 チンパンジーとゴリラにおける文化的行動の伝播――京都市動物園の「お勉強」の文化を次代へ受け渡す……田中正之
市民社会と法〈51〉 閣議決定による検察官の定年延長と法の支配(1)……大浜啓吉

[資料]「新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の基本的な考え方について」

 
◇巻頭エッセイ◇
 

コロナ禍と原発の複合災害

本間照光(ほんま てるみつ 青山学院大学名誉教授)

 新型コロナウイルスの拡がりで,世界といつもの街,社会の風景が一変した。日常が非日常と化したのだ。このコロナ禍にあって,今,原発事故が起こったらどうなるだろうか。ウイルスも放射線も目にみえないし,人の都合で区切られた国境という境を越える。

 福島では,自然災害がいのちとくらしの根源をおびやかす原発災害へと続いた。人類史上かつてなかったことだ。原発は複合災害を想定しなかったり極めて不十分なままに,建設され稼働してきた。そもそも,核燃料で支えられた日常生活そのものが,それまでの日常とは決定的に違っていた。気がつかなかったが,いつもの風景が別ものになっていた。日常が異なる時,非日常としての災害の意味も違ってくる。

 原発災害は,自然災害など他の災害とは違う特異な被害を社会にもたらす。それは,東日本大震災の被災3県の違いに映し出されている。3県全体で,直接死に行方不明を加えた数(A)の9割以上が津波の犠牲者だ(警察庁)。震災関連死(B)と認定された9割も,沿岸部人口が占める(復興庁)。しかし,宮城と岩手では主として沿岸部における津波関連の震災関連死だが,福島ではそれに原発関連の震災関連死が加わる。福島県沿岸部は原発立地と周辺地域でもあり,地震・津波災害と原発災害が重なった複合災害だ。

 Aに対しBは全体では17%だが,宮城8%,岩手7%に比して,福島は55%と圧倒的に震災関連死が多い(A:消防庁2019年3月1日現在,B:復興庁同9月30日現在)。原発複合災害で,放射能情報も支援もない中で避難し,その避難先からも繰り返し避難せざるをえなかった。原発災害では,避難先でも現地にとどまっても,それぞれに,時間とともに心身やくらしの困難が軽減されるどころか,むしろ深まっていく。

 すでに,原発災害とコロナ禍が重なっている。原発からの避難者は,国と県によって避難先の住居の提供を打ち切られ,避難者数ばかりか震災関連死者数からも除外されている。さらに政府は,除染なしで避難解除できるようにし,帰還を促す方向だ。そして,コロナ禍のもと,仕事と住居を失い,路上へと追いやられる人たちが続出している。

 原発は日常が3密だ。原発事故が起きれば,避難そのものが困難を極めるし,たとえ避難できたとしても,避難場所そのものが修羅場と化す。放射能から逃れるには,可能な限り迅速に遠くへ越境し屋内に閉じこもる必要がある。ウイルス感染防止とはまったく逆だ。

 コロナ禍にも原発災害にも国境はないが,分厚い社会的壁はある。この国で生きるための最後の手段が生活保護制度だ。しかし,その水準以下の人のうち保護されている割合(捕捉率)は1〜2割にすぎない。日常でも,多くの人に生存権が保障されていない。そして,災害も平等には襲わず,社会の亀裂に落とされている弱者にこそ集まる。

 思えば,a: 人間が自然と関わり,b: 人間相互に関わることで「社会」が成り立つ。その意味で人間は「社会的存在」であり,それがヒューマン・ネイチャー(人間の自然,本性)にほかならない。諸科学と諸学も含めて人間の営みのすべてが,a,b,そしてabに関わって成り立っている。ならば,一変した風景は,社会(a, b)と人間,いのちの今を映していたのだ。

 この国では,原発でもコロナ禍でも,公文書やデータが隠され,改ざんされ,会議録も作成されないということが繰り返されている。社会が私物化され,それが隠され,いよいよ脆弱化する。社会が成り立ち,科学が科学たりうるための前提が欠けているのである。今,その前提を回復すること自体が,科学の課題となっている。
 

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