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「ゲド戦記」最後のエピソード収録──『火明かり ゲド戦記別冊』

アーシュラ・K.ル=グウィン「火明かり」冒頭の試し読み

『火明かり ゲド戦記別冊』

 彼ははてみ丸のことを考えていた。ずっとむかし、セリダーの砂浜に残してきたあの舟。いまでは舟の大部分が失われてしまっただろう。砂の中に、板の一枚や二枚は埋まっているだろうか。西の海には、流木となって浮いている残骸も少しはあるだろうか。うとうととまどろみながら、彼はカラスノエンドウとともにあの小さな舟で旅をしていたときのことを思い出していた。西の海ではなく東のほう。あれは多島海(アーキペラゴ)のほど近く、ファー・トーリーを過ぎたあたりの海だった。はっきりと覚えているわけではない。あの舟旅のあいだ、頭のなかはいつももや、、)がかかったようで、恐怖と、さしせまった目的のことだけでいっぱいだった。見えていたのは、取り憑かれ、追いつづけたあの影と、影が逃げ回るうつろな海だけだった。いま彼には、船首に波が打ちつける音や、チャプチャプという水音が聞こえていた。見上げれば、マストと帆が高々とそびえていた。船尾のほうを振り返れば、舵を握る浅黒い手と、自分の背後を一心に見つめるあの顔が見えた。

アーシュラ・K.ル=グウィン 作/井上 里 訳
「火明かり」(『火明かり ゲド戦記別冊』収録)冒頭より一部抜粋


ル=グウィンの没後に発表された「火明かり」がついに邦訳!

まどろみながら彼は、はてみ丸のことを考えていた。あの小さな舟で旅した日々を──。
シリーズ第1作『影との戦い』から50年、作家の没後に公表された〈ゲド戦記〉最後のエピソード「火明かり」。ほか、未邦訳短編「オドレンの娘」、『夜の言葉』よりエッセイ3編、講演「「ゲド戦記」を“生きなおす”」などを収めた、日本語版オリジナル編集による別冊。(解説=中島京子)

作家が共に生き、愛したゲドが、最後に見たものとは──

<目次>

序文──”The Books of Earthsea”に寄せて (井上里 訳)
オドレンの娘 (井上里 訳)
火明かり (井上里 訳)
アメリカ人はなぜ竜がこわいか (室住信子 訳)
夢は自らを語る (山田和子 訳)
子どもと影と (青木由紀子 訳)
「ゲド戦記」を“生きなおす” (清水真砂子 訳)
解説 ル=グウィンの幸福な「発見」を読む幸福な読者として (中島京子)
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