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『図書』2021年7月号 [試し読み]梨木香歩/吉村武彦・成田龍一

◇目次◇

蛇の末娘………梨木香歩  
〈対談〉歴史学を「ひらく」………吉村武彦・成田龍一
猫とオリンピック………柳 広司
〈インタビュー〉コロナ禍の中での音楽文化のゆくえ………沖澤のどか
コロナ禍で学校現場はどう変わったのか?………江澤隆輔
多感な自然児………阿部日奈子
宗教間の融和と寛容………今枝由郎
時を超えるCDのなかの歌声………片岡義男
魯迅の「不安」(下)………三宝政美
ミッシング・リンクとしてのスイス法(下)………大村敦志
ドビュッシーとサロン………青柳いづみこ
来し方行く末………時枝 正
新たなる戦い………中川 裕
老子の肖像 2………四方田犬彦
墓を買う………長谷川 櫂
こぼればなし
七月の新刊案内

 (表紙=司修) 

 

◇読む人・書く人・作る人◇

蛇の末娘
梨木香歩

 昨年の春、庭の片隅にムサシアブミというテンナンショウの仲間(マムシグサの仲間、といったほうがイメージが浮かびやすいかもしれない)が突然出現し、今年の春もまた同じ場所に出てきたので、これからずっとここを棲み家とするらしいとわかった。そういう話をしていたら、東北地方ではマムシグサのことを蛇の末娘(ばっこ)と呼ぶのだと教えてくれた方があった。

 蛇の末娘。聞いた瞬間、その響きに陶然とした。「末娘」という語感から彷彿とする、甘えることに巧みな愛らしいイメージを、「蛇の」で、抜け目ない計算高さ――ある種の賢さ――と結合させ、しかも連綿と続いてきた血筋を思わせるところに何ともいえない深い物語性を感じた(その点「ムサシアブミ」は、武蔵国で作られていた(あぶみ)に似ているのだな、でおしまいである)。

 蛇という、自在に移動できる動物であったものが、樹陰の暗がり、毎年同じ場所に不気味さを漂わせつつ現れ、やがてひっそりと消えていくだけの動けない植物へと零落した、「蛇の末娘」。この名付けにまつわる流離譚もありそうだが見つからない。しかし最初に名付けた(創作した)者がいたはずだ。物語のことなど、意識すらしなかったかもしれないが。いや、もしかしたらこの「蛇の末娘」、都合四文字のイメージ喚起力のみが、彼あるいは彼女の物語のすべてなのかもしれない。だとしたら、潔い。

 創る者も読む者も、人は人生のそのときどき、大小様々な物語に付き添われ、支えられしながら一生をまっとうする。

(なしき かほ・作家)

 

◇試し読み◇

〈対談〉歴史学を「ひらく」

吉村武彦×成田龍一

⇒増補した完全版をこちらでお読みいただけます。(画像をクリックしてください)

 

◇こぼればなし◇

◎ 一年のうち、好い季節というのはほとんどないもんだね、などとつい愚痴の一つもこぼしたくなる梅雨時。感染対策でそもそも外出の機会が激減したとはいえ、雨続きでは散歩もできません。楽しみといえば、去年の今頃漬けた梅酒の出来を確かめることぐらいです。

◎ 今年の梅雨入りは、九州から東海にかけては統計開始以来一、二を争う異例の早さとなりました。そんな「早すぎ」の入梅とは正反対に、多くの方がその「遅すぎ」にやきもきし、不安と恐怖、怒りを抱いてきたのが、五輪・パラリンピックの開催中止判断に対してではないでしょうか。

◎ 変異株が広がり、各種世論調査で八割が今夏開催に反対の意思を示すなか、小欄執筆時点ではIOCは猪突猛進。日本政府も都も大会組織委員会も、「安全安心な大会に向けて万全の対策を」との空疎なお題目一辺倒。本号発行の頃、事態はどうなっていることでしょう。

◎ ふと、前回一九六四(昭和三九)年、戦後一九年の文字通り国を挙げての祭典に、小誌『図書』はどんな態度を取っていたのかが気になりました。そこで同年一年間のバックナンバー一二冊を紐解きます。記事で直接に東京五輪を主題としたものは見当たりませんが、小林勇執筆当時の当欄「こぼればなし」では三度、あっさりと、しかもいささかネガティブに、それは言及されていました。

◎ 最初は四月号。「今年になってはじめての春雨らしい雨が降った。以前の、煙るような春雨の街は、落着いてよかったが、今はそういう気分は味わえない。オリンピック狂騒曲がひっかきまわす東京の街は、春雨を喜びながら歩くような街ではない。」

◎ 次は開会直前の一〇月号。「……しばらくの間はオリンピック東京大会で日本は何となくあわただしく、賑やかで、はかないものが一杯であろう。出版界ではオリンピックに関する出版物は少ないようだ。それでよいのだと思う。」

◎ さらに開会後の翌一一月号。「……開場式の日は土曜日であった。……この日は古書店も午後から戸をしめるところが多く、客足もまったく落ちたという。その日だけでなく、オリンピックがはじまってから小売書店の売上がたいへん減ったというのである。恐らく読書人もテレビの前に坐っているのであろう。」

◎ ときはまさに週刊誌時代、テレビ時代へと突き進む高度成長期。出版文化、そして古典的教養を足場とする小社にとっても一つの転換期でした(佐藤卓己著『◎ 図書◎ のメディア史――「教養主義」の広報戦略』第四章参照)。

◎ 小誌好評連載が本になった、さだまさしさんの『さだの辞書』が第六九回日本エッセイスト・クラブ賞を、また、長年の調査に基づく石山徳子さんの『「犠牲区域」のアメリカ――核開発と先住民族』が第九回河合隼雄学芸賞を受賞しました。

◎ 作家・柳広司さんの二年ぶりの連載「うすねこやなぎいろ」が本号から隔月でスタートです。ご期待ください。

 

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