『科学』2022年2月 【特集】縄文遺伝子×考古学:新たな展開と謎
◇目次◇
土器とDNA――伊勢湾沿岸地域における水田稲作民と採集・狩猟民……藤尾慎一郎
弥生人とは誰なのか――古代ゲノム解析で判明した遺伝的な多様性……篠田謙一
朝鮮半島にも残る「縄文遺伝子」――古代ゲノム研究からみた朝鮮半島の古代人……神澤秀明
縄文墓制研究の現在――注目すべき新資料の紹介と人類学とのコラボレーションについて……山田康弘
埴原和郎の二重構造モデル論文発表から30年……斎藤成也
[巻頭エッセイ]
再処理計画の中止,そして,禁止へ……フランク・フォンヒッペル,田窪雅文,カン・ジョンミン
[ノーベル物理学賞2021]
真鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞に寄せて……中村 尚
真鍋博士の開拓した気候モデル研究とIPCCの知見の進展……江守正多
レプリカ対称性の破れとは?―― 祝ジョルジオ・パリージ博士ノーベル物理学賞受賞……樺島祥介
[ノーベル生理学・医学賞2021]
温度受容体と機械刺激受容体の発見……富永真琴
オガサワラシジミの絶滅から学ぶこと――我々は大量絶滅への軌道を修正できるか……永幡嘉之
[連載]
これは「復興」ですか?〈59〉メガソーラー……豊田直巳
急拡大するオミクロン変異株に身構える世界:新型コロナウイルス感染症〈その23〉……小澤祥司
3.11以後の科学リテラシー〈110〉……牧野淳一郎
廃炉への道をどう選ぶのか〈12〉私たちは何をどう選ぶのか(下)――福島第一原発にも「廃炉法」制定を……尾松 亮
入試問題から広がる物理の世界〈6〉万有引力の法則からブラックホールへ……吉田弘幸
[科学通信]
リアルな培養ステーキ肉をつくる……竹内昌治
藻類の光合成の力を培養肉に……清水達也
「リニア残土」:建設の前に積み上がるリスクと不思議な牧場計画……樫田秀樹
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
年間20mSvの解除基準への疑問――子どもも住むことができることの意味と基準固定化による影響……木野龍逸
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表紙デザイン=佐藤篤司
◇巻頭エッセイ◇
再処理計画の中止、そして、禁止へ
今から約80年前,米国のマンハッタン計画の中で長崎型原爆の開発に関わっていた科学者の一部は,自分たちがプルトニウム製造のために開発した原子炉技術を豊富なエネルギー供給のために使うことはできないかと考えた。原子炉にウラン燃料を入れて連鎖反応を起こさせると燃料内にプルトニウムが発生する。「使用済み燃料」を化学的に処理(「再処理」)してプルトニウムを取り出し,核兵器に使うのが炉の元々の目的だ。一方,炉を運転すると熱も発生する。これを発電に使おうというのが科学者らの「夢」の始まりだった。
しかし,天然ウランに0.7%しか含まれていないウラン235を「燃やす」普通の原子炉に頼っていたのではウランが早期に枯渇するので無理だとの結論に達した。そこで,プルトニウムを燃料とし,消費した以上のプルトニウムを生み出す原子炉が考案された。高速増殖炉だ。その最初の燃料には,普通の原発の使用済み燃料の再処理で取り出したプルトニウムを使う。これで,何千年にもわたりエネルギーを供給するとの「夢」が語られた。
だがウランは早期には枯渇せず,高速増殖炉はコストが高いうえ,安定した運転が難しいことが判明する。1970年代になると,ウランの既知資源量は1000倍に増えた。世界の原子力利用の伸びの予測も大きく外れた。例えば,米国原子力委員会は1970年代半ばには,2010年の原子力発電容量が米国だけで100万キロワット級の原発2300基分に達すると予測していた。高速増殖炉がその7割を占めるとされた。米国で現在稼働中の原発は約100基,高速増殖炉はゼロだ。
1974年にインドが,米国の協力を得て「民生用」に取り出したプルトニウムを使って核実験を行った。これが転機となって米国は再処理政策から撤退した。理由は核拡散の危険性だったが,再処理・高速増殖炉計画の経済性のなさが決定を容易にした。だが,日本を含む一部の国で再処理政策が継続された結果,世界の民生用プルトニウムは現在約300トンに達している。核兵器1発8㎏という国際原子力機関(IAEA)の計算方法を使うと4万発分に近い量だ。一方,世界で実験段階を超えた運転中の高速増殖炉は,ロシアの2基しかない。
現在再処理政策を続けているのは,核兵器保有国4カ国(仏・ロ・中・印),それに日本だ(英国は2022年に再処理終了予定。中印の再処理計画は二重目的をもつ疑いがある。発電と核兵器増産用のプルトニウム生産だ)。日本は,その高速増殖炉計画がとん挫したため,フランスに倣って,再処理で分離したプルトニウムをウランと混ぜて混合酸化物(MOX)燃料として普通の原子炉で燃やす計画だ。たとえうまくいってもMOX燃料利用コストは,普通のウラン燃料を使った場合と比べ,1桁大きくなる。いずれにしても,福島第一原発事故後に日本で運転再開となった原発のうちMOX利用炉は4基しかない。最大でも年間2トン程度しか消費できない。
最近,日仏両国は,再処理は放射性廃棄物の長期的毒性を減らすと主張している。だが,米国科学アカデミーやスウェーデンの核廃棄物処分会社の研究が,この考えは間違いであることを示している。そもそも,プルトニウムは肺に吸入されると毒性が高いが,地下深くの環境では地下水に溶けにくく,また,ヒトの食物連鎖や消化器官で吸収されにくいため,処分場の上に住む人々の被曝線量において中心的な役割を果たさないのだ。
それでも,すでに約46トン(約5800発分)ものプルトニウムを保有する日本は,さらに,年間約8トンを取り出す能力のある六ヶ所再処理工場を動かそうとしている。韓国は長年,米国に対し,日本と同じ再処理の権利を認めるよう迫っている。被爆国日本は,経済・環境両面で意味のない再処理計画を中止し,核拡散防止のために再処理を禁止する運動の先頭に立つべきだ。使用済み燃料は,世界的な潮流に従い,地下処分するまで,空冷式の乾式貯蔵容器に入れて保管すればよい。日本で敷地内乾式貯蔵が導入されているのは2カ所だけだ。一つは福島第一原発にあった。その貯蔵施設の建物は破損したが,中の使用済み燃料には問題がなかった。そのことが,乾式貯蔵の方がプール保管より安全なことを実証している。
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*フランク・フォンヒッペル(Frank von Hippel)プリンストン大学名誉教授
田窪雅文(たくぼ まさふみ) ウェブサイト「核情報」主宰
カン・ジョンミン(姜政敏) 元韓国原子力安全委員会委員長。
上記の分析・主張は,私たちの共著『プルトニウム――原子力の夢の燃料が悪夢に』(緑風出版)で,より詳細に論じている。ご活用いただければ幸いである。