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『科学』2025年4月号 特集「病に挑むデータサイエンス」|巻頭エッセイ「日本はデータサイエンス先進国を目指せ」今井耕介

◇目次◇ 
【特集】病に挑むデータサイエンス
データサイエンスの快進撃……岩見真吾
臨床データを用いたがん研究……波江野洋
COVID-19患者における唾液中のウイルス排出量……朴炯基
数理とデータでひもとくウイルスの流行,進化,防除……佐々木顕
コロナ禍での抑うつを地形図として解釈する……立松大機
脳画像の機械学習と精神疾患……小池進介
糖尿病の層別化と進行過程モデリング……川上英良
電子カルテからの患者状態推定……小島諒介
データ駆動型数理モデルによる神経変性疾患研究……矢田祐一郎・本田直樹
数理科学が解き明かす心疾患──現代の 「ダ・ビンチの目」……坂上貴之
病態進行を個人レベルで捉える──急性肝障害・急性肝不全の予後予測モデル……吉村雷輝

[巻頭エッセイ]
日本はデータサイエンス先進国を目指せ……今井耕介

食嗜好性と食行動の心理メカニズム──次の一皿はどう決まるか?……喜田聡

[連載]
夜の教室からリュウグウへ──定時制高校科学部の挑戦2 〈座談会〉科学するこころ……伊与原新・橘 省吾・久好圭治・谷口真基・江菅純一
言語研究者,ユーラシアを彷徨う9 サバティカルで,ヨーロッパを彷徨う──フィンランド語・ハンガリー語……風間伸次郎
3.11以後の科学リテラシー117……牧野淳一郎
日常身辺の確率的諸問題14(最終回)そして結局,確率とはなにか?……原啓介

[科学通信]
コムギの進化──異質倍数化がパスタ用・パン用小麦粉の違いをもたらした……江副晃洋

次号予告


表紙デザイン=佐藤篤司
 

◇巻頭エッセイ◇
日本はデータサイエンス先進国を目指せ
今井耕介(いまい こうすけ ハーバード大学政治学部・統計学部教授) 
 

 私はこれまで二十数年間,アメリカの大学でデータサイエンスの教育と研究に携わってきた。その間,コンピューターによる計算能力の画期的な向上とインターネットの爆発的な普及にともない,統計手法や機械学習が驚異的に発展し,その延長線上としていわゆる生成AIが登場した。次の20年間は,さらに技術革新が進展し,世界の大変化が加速度的に進むだろう。今や,どのようにデータを使いこなすかが,学問の世界だけでなく,ビジネスや政策分野においても,生命線を握る課題となっている。

 しかし残念ながら,日本はデータサイエンスにおいて,アメリカと比べ大変後れをとっている。日本で大学卒業まで学んだ私にとって,これは非常に悲しい現実であるし,日本の将来に直結する問題だと危機感をもっている。

 では,どうしたら日本はこの分野で世界に追いつき,リードすることができるのか? まずはデータサイエンス教育・研究が行われる場所である大学の改革が急務だ。日本の多くの大学には,データ分析手法開発に特化した学部が存在しない。滋賀大学や一橋大学などの例に従って,統計学やコンピューターサイエンスに特化した学部を早期に創設することが重要である。これらの新学部が他の学部と共に協力することでデータサイエンスの教育と研究をする体制が整うのである。

 また,日本では文理融合が進んでいない。学生は高校生の頃から文系と理系に分かれ,数学を勉強しない文系学生と歴史や文学を学ばない理系学生が多くいる。十代半ばの若者に,将来のキャリアに関わる専攻を決めさせるのは非常に酷だし,大学に進学した後に専門分野を変えることも難しい。データ分析が社会の隅々まで浸透していく中で,文理横断する研究と教育をすることが大切である。

 データサイエンス先進国になるためには,大学を取り囲む環境も変えていかなければならない。官民学の協働が不可欠だ。大学で,データサイエンスの教育をしっかりと施すことで,社会に出て即戦力の学生を育てることができる。統計や機械学習の分野においては,学問と民間や政府における応用の境界線がなくなりつつある。日本ではEBPM(証拠にもとづく政策立案)が提唱されて久しいが,科学的な手法を用いた第三者による政策評価や政策形成は,まだまだ例が少ない。アメリカでは,私も企業や政府との共同研究を何度もしてきたし,面倒を見ている大学院生たちは,文系理系を問わず,今や半分以上が民間にデータサイエンティストとして就職をしている。教え子や同僚には起業する人もいる。データサイエンスはまさしく大学が直接社会貢献する機会を与えているのである。また,英語と同様に誰もが身につける必要があるスキルとして,高校と大学での教育により一層力を入れていくことが求められている。

 このように大学を中心としてデータサイエンスにおける社会的な繋がりを構築することができれば,アメリカのシリコンバレーや,シアトル,ボストン等に代表されるハイテク都市のような街が,日本でも作れるのではないだろうか。例えば各都道府県の国立大学に投資をすれば,地方の活性化や企業誘致にもつながるのではないか。

 日本の国力低下が危惧される今日,データサイエンスを通した教育,政策,そして経済の活性化を提唱したい。韓国,中国,インド等に比べると数は少ないが,日本人学生でアメリカのトップ大学へ留学している人は世界でも十分通用する力がある。日本国内でも能力がある若者はたくさんいるはずだ。そんな若い潜在能力を最大限に発揮できるような社会にするためにも,データサイエンスという社会基盤になりつつある分野の発展に,日本は国として必死に取り組むべきである。

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