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『科学』2022年5月 【特集】気候シミュレーションの展開

◇目次◇

[黎明]
真鍋淑郎博士の大気大循環とCO2増加の数値実験――初期の研究の流れを追って……松野太郎
気候システム研究の誕生――真鍋淑郎の業績をふりかえる……増田耕一
電子計算機が拓いた理論的気象気候研究……林 祥介
気候モデリングのパイオニア……住 明正
真鍋淑郎博士と地球流体力学研究所……山形俊男

[発展]
気候モデルから地球システムモデルへ――気候シミュレーションはどう展開してきたか……渡部雅浩
「対流」をめぐる気候モデルの発展――真鍋淑郎氏のモデルから次世代モデルへ……佐藤正樹
真鍋さんとの思い出・地球温暖化と台風の研究……杉 正人
真鍋先生流のお仕事と魔法の粉……高薮 縁
真鍋先生と行った衛星観測による放射フィードバックの解析と今後の課題……對馬洋子
バケツモデルの先見性と陸面モデルの50年……沖 大幹

[哲学]
するどい「見切り」,真鍋スタイル……木本昌秀
Simplicity and Balance――真鍋流気候モデリングの哲学……安成哲三
気候システムをシンプルに理解すること……山中康裕
真鍋淑郎さんと共有した知的に輝かしい時間……神沢 博
真鍋先生のノーベル物理学賞受賞から新たな世代の研究へ……中島映至

[巻頭エッセイ] 
持続可能な日本発のプレプリント・サーバのために……有田正規

【特集2】PFAS汚染を問う
フッ素化アルキル化合物PFASによる環境汚染――曝露の実態,汚染事例と全国的課題……原田浩二
有機フッ素化合物(PFAS)の子どもへの影響――北海道スタディから得られた知見……岸 玲子,宮下ちひろ,伊藤佐智子,山崎圭子,アイツバマイゆふ
次世代型有機フッ素化合物の検出とメカニズムの探究……石橋弘志
有害化学物質の人体ばく露モニタリングの重要性――「環境安全基本法」の制定を……中下裕子
有機フッ素化合物による多摩地域の水道水汚染と住民への影響……中地重晴,木村―黒田純子,植田武智

フォトニック結晶:研究の系譜と新しい半導体レーザーの進化……和田智之,野田 進,大高一雄,波多腰玄一,迫田和彰,鯉沼秀臣
放射光X線先端分析手法を利用して不溶性Cs粒子の正体に迫る……高橋嘉夫,三浦 輝,栗原雄一

[連載]
これは「復興」ですか?62 震災遺構「請戸小学校」……豊田直巳
海底火山と大地誕生の豆知3 識海底に潜む超巨大火山……巽 好幸
3.11以後の科学リテラシー113……牧野淳一郎

[科学通信]
〈リレーエッセイ〉海辺の自然を見つめる
汽水域の水辺を子どもたちに返そう……佐藤正典
日本科学振興協会の設立……春日 匠,馬場基彰
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開
原発事故の被害実態への注視継続を……木野龍逸

次号予告/編集後記

 

◇巻頭エッセイ◇

持続可能な日本発のプレプリント・サーバのために
有田正規(ありた まさのり 国立遺伝学研究所 著書に『学術出版の来た道』岩波科学ライブラリー)
 
 投稿する前の学術論文,いわゆるプレプリントを扱うサーバが日本でも発足した。科学技術振興機構(JST)によるJxiv(プレスリリースの表記でジェイカイブ)である。一見すると発音に迷う名前だが,毎月1万5000報ものプレプリントを公開する著名サーバarXivにあやかっている。中央のXはギリシア文字カイを意味するのでアーカイブとなる。

 高エネルギー物理学や計算機科学の分野において,arXivはどの学術誌にもまさる学術情報のハブである。とりわけ人工知能(AI)のように進展が速い分野では,プレプリントを引用してプレプリントを書くサイクルが成り立っている。それに較べると,生命科学は歩みが遅い。プレプリント・サーバの利用はこれまで低調と言わざるを得なかった。

 しかし新型コロナウイルスの出現は状況を一変させた。プレプリントは速報メディアとして重要な役割を果たせるからだ。COVID-19関連の学術論文は,中国武漢における発生からわずか10カ月で12万5000報も発表された。そのうち24%にあたる3万報以上がプレプリント・サーバ経由という1。公開された情報は論文として認めない風潮があった医学・生命科学分野の学術誌も,プレプリントの公開は許すように方針転換しはじめた。それどころか,研究資金配分機関であるウェルカム財団は自前のプレプリント・サーバまで用意している。

 プレプリントは査読を経ないぶん信頼できない,と批判する人たちは少なくない。しかし研究不正の監視サイトRetractionWatchを見る限り,撤回される論文は査読を経た学術誌にも多い。査読の意義については多面的な議論が必要だろう。日本語論文も受け付けるプレプリント・サーバなら,コストを抑えつつ母語によるオープンサイエンスの目的にも一致する。理系のみならず人文科学系も利用できる研究成果の受け皿としてJxivを評価したい。

 ただ,Jxivがその名の通り日の丸を背負うなら,日本語を扱ってなお国際的にも認められる必要があろう。それをJST単独の努力で達成することは極めて難しいと思われる。幸いなことに,全国の大学図書館にはアーカイビングの専門集団(アーキビスト)がいる。情報の取捨選択と事業の持続可能性について,全国の叡智を集めてじっくり検討してもらいたい。まず,すべての投稿論文を手放しで掲載はできないはずだ。前出のarXivでは200人もの研究者ボランティアが投稿される論文をチェックするという2。運営資金も確保しておかないと,サーバの閉鎖あるいは投稿有償化の危機が訪れよう3。公共事業として科学をアーカイブする試みは,緒についたばかりなのである。
 
文献:1―N. Fraser et al.: PLOS Biology, 19(4), e3000959(2021)/2―R. F. Service: SCIENCEINSIDER(NEWS), 14 Mar. 2022, doi: 10.1126/science.adb2023/3―S. Mallapaty: Nature(NEWS), 578, 349(2020)

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