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『図書』2022年11月号 目次 【巻頭エッセイ】母袋夏生

◇目次◇
 
魂に突き刺さった根……東山彰良
子規の文鳳絵解き一件……復本一郎
羊頭狗肉……柳広司
祖父のフハイカ(下)……田中友子
「音楽化された認識論」と意味の律動……一ノ瀬正樹
感染症を生き延びる……前沢浩子
リベラルな理想の世界とリベラルでない現実の私たち……西 平等
淫らな未来……ブレイディみかこ
これは名作だ、これは傑作だ……片岡義男
ルームメイツ……近藤ようこ
オオナマケモノ絶滅をめぐる諸説……川端裕人
雪がふる……岡村幸宣
「ホウィグ史家」トレヴェリアン……近藤和彦
和本を代表する装訂……佐々木孝浩
堀田善衞の描いたコリアン……斎藤真理子
こぼればなし

(表紙=杉本博司)
 
 
◇読む人・書く人・作る人◇
子ども時代が戦争だったオルレブさん
母袋夏生
 

 一九四五年、ベルゲン・ベルゼン強制収容所近くで救出されたあと、連合軍発行の身分証明書には、小さい子ほど食べ物がもらえたから生年を若めに三三年と申告した、とウーリー・オルレブは自伝『砂のゲーム』に記しています。この夏、作家は眠るように逝きました。証明書からの推測で生年は三一年とされていたのに、墓標に刻まれたのは、なんと二九年でした。

 ポーランドに生まれ、ユダヤ人だと意識せずに育ち、戦争の兆しが見えだしてからはゲットー、隠れ家、強制収容所で過ごしました。戦後は難民キャンプを経てイスラエルに渡り、ヘブライ語を習って作家になりました。童心そのままの作家です。

 大人の頭や心で過去を思い出すと底無し沼に落ちてしまうが、「子どもの目」でなら日々の記憶を紡ぎだせる、と五十歳近くで経験的に知り、自身のゲットー体験を冒険のように織りこんだ『バード街の孤島』を著しました。その後は、機知と想像力と「生きよう」とする意志で戦争の日々を生き延びた子どもたちを、聞き書きで描きました。『走れ、走って逃げろ』ほかの、実話の主人公たちの冒険やサバイバルは、おもしろくて夢中でページを繰ってしまいます。

 オルレブは、「ホロコースト作家」と紹介されると、悲惨でかわいそうな物語を書く人、という一面的な、ときには感情的な視点で判断されてしまう、といやがりました。そういう先入観をはねのけるように、オルレブ作品には子どもの明朗な感性がもつ、ほとばしるような喜びや不安や人恋しさがあふれています。

 
(もたい なつう・ヘブライ文学翻訳)
 
 
◇こぼればなし◇
 

〇佐藤正午さんの直木賞受賞作が原作の映画『月の満ち欠け』が、ついに一二月二日から松竹配給で全国公開されます。もう一度、どうしてもあなたに逢いたい。生まれ変わっても逢いたい。強い想いが時を超えて起こす奇跡、ある数奇で壮大なラブストーリーです。

〇監督は『ヴァイブレータ』『余命1ヶ月の花嫁』『ストロボ・エッジ』の廣木隆一さん。脚本は『映画 ビリギャル』『こんな夜更けにバナナかよ』『そして、バトンは渡された』の橋本裕志さん。音楽は「ゲスの極み乙女」のメンバー、ちゃんMARIとしても活躍されているFUKUSHIGE MARIさんです。

〇そして豪華な俳優陣。小山内つよしに大泉洋さん。小山内の一人娘と同じ「瑠璃」という名をもつ謎多き女性、正木瑠璃に有村架純さん。小山内の最愛の妻、梢は柴咲コウさん。正木瑠璃との許されない恋におちる大学生の三角あきひこには、映画初単独出演となる目黒蓮(Snow Man)さんという顔ぶれです。

〇さらに正木瑠璃の夫、竜之介を田中圭さん。小山内の娘の瑠璃は菊池日菜子さん。その親友で、のちに「るり」という名の娘をもつ緑坂ゆいを伊藤沙莉さん。小山内の八戸の実家に暮らす母を丘みつ子さんが演じられます。子役の皆さんの存在感も特筆すべきでしょう。

〇明から暗へ反転する小山内の、痛々しいまでの憔悴。「今も、ずっと好きですよ」と言う梢の豊かな目の表情。三角のアパートで正木瑠璃が口ずさむ、美しく静謐なバラードの哀しさ。駅前のビルや行き交う人のファッションが克明に再現された一九八〇年の高田馬場。劇中曲のジョン・レノン「Woman」……。

〇例を挙げればきりがありません。役者の方々の、命のありかを照らすような迫真の演技と、映像自体の説得力とによって、観る人は不思議なストーリーを自分自身の物語として生きることになるでしょう。「あなたにも、生まれ変わっても逢いたい人はいますか?」という映画のキャッチフレーズそのままに。

〇佐藤さんの原作小説は累計五六万部を突破しました。『岩波文庫的 月の満ち欠け』の帯には、大泉さん、有村さん、目黒さん、柴咲さんのコメントを掲載。目黒さんの「原作を読みましたが、自分がやるべきだと運命を感じました」という言葉に感激します。そしてありがたいことに、書店様用の映画予告編動画の冒頭には大泉さんのメッセージが。「原作と映画 どちらもぜひお楽しみください!」との言葉をいただきました。

〇受賞報告です。
第四三回石橋湛山賞に岩波新書『人権と国家(筒井清輝著)が選ばれました。また、二〇二二年度日本翻訳家協会賞として、第五九回日本翻訳文化賞を『ケルト人の夢(マリオ・バルガス=リョサ著)の訳者、野谷文昭さんが、翻訳特別賞を奈倉有里訳『亜鉛の少年たち(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著)が受けました。岩波新書『ジョブ型雇用社会とは何か(濱口桂一郎著)が、日本の人事部「HRアワード2022」書籍部門優秀賞を受賞しました。

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