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研究者、生活を語る on the web

やれるところまでやってみる──綱渡りをつづけて<研究者、生活を語る on the web>

榊原恵子

立教大学理学部

 生物系の研究者で、植物の進化を研究しています。夫は他県で大学教員をしています。現在の職を得たのは、子どもが生まれた年でした。着任と同時に産休に入り、産休明けから子連れ単身赴任生活を開始して、現在も、保育園年長*1の子どもとの二人暮らしです。

家事はスリムに

 子どもとの1日は、おおむね表1の通りです。夕方に会議のある日や学生実験の担当の日は、延長保育を利用することもあります(表2)。

 子どもが0歳児の時に腱鞘炎を患ったこともあり、家事については簡略化・スリム化を目指しました。乾燥機付きの洗濯機にして、これで洗える服で生活をします。食器洗浄機を導入し、これで洗えるもので、食事作りや食事をすませています。

 食事作りにまとまった時間を割けるのは、週末です。週末のうちにまとめて炊飯し、保管しておきます。保存容器と解凍条件がよければ炊き立てのようだし、子どもに急に「おにぎり!」と言われてもすぐ出せます。また、週末や時間のある時に、圧力鍋や電子レンジを活用して食材を加工し、仕事が忙しい時や料理したくない時のために、ちょっと手をかければ食べられるストックとして常備しておきます。最近は便利な時短調理器具や時短レシピがいろいろあるので、活用します。

 家に帰ったら角煮がある!とか、朝起きたらパンが焼けている!という食の楽しみは、QOLに直結するので大事にしています。最初は子どもが寝静まってからでないと家事ができませんでしたが、最近は子どもにつきっきりでいなくてもよくなり、子どもが家事を手伝ってくれることもあるので、ワンオペ育児からシェアハウス生活へと変化していくのを感じます。

 

やれるところまでやってみる——綱渡りをつづけて<研究者、生活を語る on the web> 01
表1 一日のスケジュール例(通常営業の日)。

 

やれるところまでやってみる——綱渡りをつづけて<研究者、生活を語る on the web> 02
表2 一日のスケジュール例(夕方に会議のある日や、学生実験の担当の日)。延長保育を利用するため、子どもの夕食は園で提供される。

就活中に妊娠、そのとき

 学位取得以降、現職につくまでは任期つきの職についていたため、2〜3年ごとに別の土地に職を得ては引っ越すという生活を継続してきました。パーマネント(任期なし)職へも応募していましたが、決まらず、現職が初めて採用されたパーマネント職です。

 現職への応募中に、妊娠がわかりました。採用された場合、出産後、すぐに夫と別居することになります。子どもと二人で新しい土地や職場でやっていけるのか、迷いはありました。

 ただ、当時の自分は高齢出産の年齢に差し掛かっており、妊娠の継続と出産もリスクが高いと感じていましたし、パーマネント職を得るチャンスはめったにないものであることも実感していました。職を諦めて、妊娠が継続できなかった場合、自分の人生には何も残らないかもしれない。ならば、やれるところまでやってみようと思いました。そうして採用に至り、現在まで勤務しています。

 以前、出産経験のある女性研究者にこの話をしたところ、「妊娠中に就活してもいいんですか?」と聞かれたことがあります。これと似た経験は過去にもありました。私は、2013年に数ヵ月間、末期がんだった父の看病のため、介護休業を取得したことがあるのですが、当時の職の任期はその翌年に切れる予定だったので、介護当時もやはり求職活動をしていました。するとやはり周囲から、「お父さんを看病しなくてはならないときに、仕事が決まったらどうするの?」と言われたのです。

 介護や育児の担い手として期待されることの多い私たち女性研究者は、いったい、いつ就職活動をすればよいのでしょうか。求職とライフイベントが重なってしまった場合、仕事を諦めた方がよいのでしょうか。生活の保証も、キャリアの継続の保証もないのに。

 多くの女性研究者が、周囲の意見や迷いから、仕事を諦めているのかもしれません。今、自分より若い人にアドバイスを求められたとするなら、「就きたい職があったら、応募してみたらいい。後のことは、家族や周囲と一緒に考えて解決していけばいい」と伝えるような気がします。家族の問題を、あなた一人で抱え込むことはないのです。

綱渡りの復帰

 現職への採用が決まって、2016年4月、着任と同時に産休に入り、4月下旬に出産しました。
 職場の配慮で前期の授業担当は外してもらい、またその年の卒研生の研究室配属も免除にしてもらいました。ただ、着任初年度だったので、育児休業は取得できない、と大学側からは伝えられていました*2。であれば、産休明けすぐに仕事を開始しなければなりません。それにはもちろん、保育園の確保が必須でした。ワンオペ育児の先輩研究者による「住むところ、はたらくところと保育園は近接していた方がよい」とのアドバイスに従って、職場の近所に住むことに決め、近所の保育園を確保することをめざしました。

 といっても、産休明けは6月下旬で、子どもは生後9週目、預かってくれる保育園の選択肢は限られていました。というのも、認可保育園の場合、早期に職場復帰する親の多くは、子どもを0歳児の4月から入園させることをめざし、前年度の秋ごろに自治体に入園の希望を申請します。この時期に保育園申請をしておきたいところですが、私の居住する区では当時、出産後でないと保育園の申請はできませんでした。出産後の5月以降の入園についても申請はできますが、入園のハードルはかなり上がってしまうのです。しかも、0歳児枠はそもそも少ないのが現状です。

 出産後、申請した認可保育園は全部落ちました。この年、2016年は、「保育園落ちた日本死ね!!!」というインターネット上の匿名の投稿が国会で取り上げられ、待機児童問題の深刻さが注目された年でもあります。近所に友人知人が一人もおらず、子どもを任せられるような親も親戚もいないのに、あと1週間で産休が明けてしまいます。

 まずは、子どもを預かってもらえるところを確保しなくてはいけません。子どもを抱っこひもで抱えたまま、区役所の窓口に、苦情と情報収集に行きました(窓口では、ファミリーサポートや子育て支援センターを教えてもらうことができました)。次いで、認可外で子どもを預かってくれる可能性がないかと思い、数カ所の認可外保育園に電話をかけ、見学を許可してくれた保育園を訪問しました。

 すると訪問先の中に、思いがけず、「7月から子どもを預かってもよい」と言ってくれるところがあったのです。産休を残すところあと3日の出来事でした。この保育園には9カ月間お世話になり、翌4月から、入園を希望していた認可保育園に預けることができました。

 それ以降は、子どもが病気で仕事がストップすることもありますが、私が仕事で休めない時や、土日の業務、泊まりがけの仕事の時は夫に来てもらうなどして、ここまで生活を継続してきました。最初の緊急事態宣言中は保育園が休園になりましたが、園ではエッセンシャルワーカーの保護者のために、人数を制限して保育業務を継続してくださっていました。私も急遽オンライン講義をしなければならなくなったときは、園と相談したところ、保育園以外に頼るところがない状況を考慮してくださって、その日時に利用させてもらうことができました。本当に助かりました。保育園とその関係者の方々の支援なくして、仕事は継続できなかったと思います。

 なお、介護と育児の両方を経験してみて、どちらがたいへんか、と聞かれることがあります。私の介護休業経験は数ヵ月という短いものでしたし、介護らしい介護は経験していませんが、前向きでエネルギーにあふれていた親が、そうでなくなっていく姿を見るのは辛いものでした。また、育児が終わるのは子どもが成長した時ですが、介護が終わるのは親が他界する時ですから、前者の方が希望が持てるように思います。育児が辛いと感じても、親の看病をしていた時期よりは楽だなと思うことで、がんばれる時もあります。

サイコロの目が違っても

 ここまで振り返ってみて思うのは、現在、私と子どもの二人暮らしが成立しているのは、少し運がよかっただけに過ぎない、ということです。妊娠中の就活が幸運にも採用につながったり、子どもの保育園が奇跡のように見つかったり、親子ともに大きな病気をすることがなかったり、そんな綱渡り生活を継続してきて、たまたま綱が切れなかっただけにすぎません。

 サイコロの目がちょっと違っただけで、介護や育児のため、仕事を継続できなかった人たちもたくさんおられると思います。たとえば任期制の職では、育児休業の取得に制限がある場合もあります。運がよくない場合でも、仕事を継続していけるようなセーフティネットの必要性を感じています。特に任期のある職には、育児・介護休業を取得した期間だけ任期を延ばすなど、ケースに合わせた流動的な支援が必要だと思います。職場内保育園や病児保育の支援があれば、もっと助けになるでしょう。

 子どもは、4月から小学生です。保育園から学校や学童保育へ移行するにあたり、生活にも見直しが必要になりますが、子どもや周囲と助け合って生活していきたいです。

 

*1 原稿執筆当時。2023年4月より小学生。

 

*2 2022年4月の育児・介護休業法改正以前は、有期雇用の労働者の場合、引き続き雇用された期間が1年未満である場合、原則として育児休業は取得できなかった。

 

榊原恵子 さかきばら・けいこ
1973年生まれ。立教大学理学部生命理学科准教授。専門は進化発生学。2003年に総合研究大学院大学で博士(理学)を取得後、高校教員、学術振興会特別研究員、ERATOプロジェクト技術参事、助教などを経て、2016年より現職。

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