『図書』2025年4月号 目次 【巻頭エッセイ】大岡玲「いのちと遊ぶ吟遊詩人」
「かぜ」のすがた……香西豊子
ジャーナリズムと多様性……伊澤理江
『極悪女王』と井田真木子……斎藤文彦
ヘルダーの『人類歴史哲学考』のすすめ……高橋輝暁
贈りものに選ばれた本は「手紙」……大和田佳世
ミミズを視る……川端知嘉子
アクサーコフ『家族の記録』はロシアの家族形態を記録しているか?……鹿島茂
四月には新たな一歩を……柳家三三
四月、貝のうまみは春の味わい……円満字二郎
火の粉は今も飛んでいる……中村佑子
こぼればなし
四月の新刊
[表紙に寄せて]夢現唐草/カニエ・ナハ
「小説って、気の毒だなあって思うんだ。だって、うんうん苦労して迷路みたいな場所をたどって出口までくると、そこに詩が待っていてさ、遅かったね、なんて言うんだもの」
あるトークショーで、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべた谷川俊太郎さんに、そんなことを言われた記憶がある。一応小説を書いたりしている手前、「そんな、ひどいなあ」と返しはしたが、でも、口惜しさなんてまるで感じなかった。まったくそのとおりだと思った。少なくとも、谷川俊太郎の詩ならば、何百ページにもおよぶ長大な小説や、難解な思考が詰まった哲学書が描きだそうとする事柄を、一瞬の閃光のように数行で浮かびあがらせることができる。
なぜそんなことができたのか。それは、宇宙にいのちが生まれ、それが自分たちである、ということの不思議さと一途に遊びつづけたからだという気がする。いのちが楽しかったり、物寂しかったり、むごかったりすることを、たいていは平易に、時にちょっとむずかしく、しかし、決して調べを忘れずに歌った。吟遊詩人は、また宇宙への旅に出たけれど、調べは今も鳴り響いている。
(おおおか あきら・作家)
〇 イタリア出身のエコノミスト、ロレッタ・ナポリオーニさんが「編み物」という視点から歴史や社会を編み直すように綴った『編むことは力──ひび割れた世界のなかで、私たちの生をつなぎあわせる』(佐久間裕美子訳)。昨年12月の刊行以来、大きな反響を呼び、増刷が続いています。
〇 編み物は、編む人に心の安定をもたらす趣味であり、最良の癒しとなるだけでなく、歴史的にフェミニズムや社会運動を支えるとても重要な働きをしてきたこと。人間にとって、とりわけ女性にとって、自立と経済のよすがとなってきたこと。それに対し、「男たちによって書かれてきた近視眼的な歴史は、女性たちが感知できない、重要でない存在であるかのように、関心を払わずに進んできた」こと(本書34頁)。
〇 それらが、幼い頃に祖母から編み物を伝授され、その祖母から「人生の舵取りに備えるためのたくさんの教訓」を受け取った著者によって描かれます。彼女自身、編み物が常に人生の相棒だった熱心な編み手でもあるのです。
〇 フランス革命、アメリカ独立革命、20世紀の2つの世界大戦、トランプ政権の移民政策へのチャレンジなど、各局面で編み物が欠かせない役割を果たし、女性だけでなく、人びとの連帯を編んできたストーリーの数々。本書からは多くを教えられます。そんななか、まさに「編むことは力」といえる事例に身近で接しました。
〇 以下、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞授賞式にも2名が参列したという東京の被爆者団体、東友会の方から、最近、同僚が聞いたエピソードをご紹介します。被爆者支援の一環として、女性たちによるバザー、そして小社の社員が始めたという編み物の寄付が1960年代から行われていたということです。その後、1988年からは東都生活協同組合(東都生協)でも編み物の寄付が始まり、それは今でも続いていると。編み物を届けたときに、ある方が編まれたブランケットを受け取り、「私たちは忘れられていないんですね」とおっしゃったというお話も。編み物が人びとを編む力というものを知る日々です。
〇 本号では、昨年11月に亡くなった谷川俊太郎さんの追悼小特集を組みました。三浦雅士さんが書いておられるように、谷川さんのあの声がまだずっと聞こえているような気がいたします。
〇 受賞の報告です。第五回ウクライナ研究会賞大賞に、国末憲人さんの『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』が選ばれました。
〇 川端知嘉子さんの「御粽司川端道喜手の時間、心のかたち」は本号で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。新連載は、大和田佳世さんの「子どもの本を手渡すひと」です。ご期待ください。