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このままでは公教育が壊れてしまう──『先生が足りない』著者・氏岡真弓 インタビュー

 「自習にするしかない」「担任が決められない」「保護者に教員免許保持者がいないか尋ねている」……。文科省によると、2021年度のはじめには全国で2065人の未配置(教員不足)が発生している。だが、朝日新聞編集委員の氏岡真弓氏は「この数は氷山の一角に過ぎない」と指摘する。教員不足はいまや日本社会の大きな問題となっているのだ。

 本稿では、10年以上この問題を追い続けた氏岡氏の新刊『先生が足りない』の刊行を機に、教員不足の実態や背景、取材から見えてきたこと、そして同書の読みどころについて、お話を伺った。

(聞き手 岩波書店編集部)

初めての単著に踏み切った理由

──氏岡さんは朝日新聞記者として、長年教育に関する取材を続け、数多く記事や論稿を書いてきました。意外なことに、本書が氏岡さんの初めての単著となりますが、ご執筆の理由はどういったところにあるのでしょうか?

 これまでも、著書のお話を頂いたことはありました。「先生がいま考えていること」「学校現場はいま」など、そうしたテーマで書き下ろして欲しい、というものです。ただ率直に言って、いまひとつ気乗りがしませんでした。

 というのは、学校現場の実情は様々で、かつてのように教員組合の組織率が高いわけでもなく、いま現在の「先生」はこうだと一括りにはしにくい。そうした中で、新しい先生像を描き、一冊の本でなにか問題提起をするには、自分の取材が進んでいないと思っていました。

 新聞記者は、例えば教育であれば「学校でのマスク着用」「校内安全」「教員採用試験の倍率」「ギフテッド」等々、幅広いテーマの取材で駆け回っています。50メートル走を繰り返しているようなもので、大事な、そして楽しい仕事なのですが、それに明け暮れていると、じっくりと腰を据えて本を書くというモードにはなりにくい。そして、そうする意味も見出しにくかったこともあります。

 ただ、教員不足の問題は10年余り前から、ずっと引っかかっていたテーマでした。50メートル走をくり返し、様々な取材をすることで、徐々に全体の「共通項」が見えてくることがあるものです。こと教育でのそれは、教員不足の問題であり、取材を繰り返すうちそれに突き当たっていく感覚がありました。たとえば先生の問題を論じる一つの切り口として、また、労働の非正規化の問題を考える一つの手がかりとして、教員不足の問題を論じる必要性があると考えたのです。

教員不足は「非正規教員不足」

──「教員不足」と報道で目にすると、「教員のなり手がいない、人手不足である」とだけ理解しがちです。しかし本書で論じているように、単にそういう話ではないのですね。

 現段階では、一部を除き「正規教員の不足」は起こっていません。では、なにが不足しているのか──直接的には、非正規教員です。正規教員が産休・育休や病休を取得すると、それを「穴埋め」する必要があります。その役割を担うのが非正規教員たちであり、そのなり手が足りないというのが、この問題の基本構造なのです。

 2011年には半年間の取材成果である「先生欠員 埋まらない」という見出しの記事を書き、朝日新聞の一面に掲載されました。そこでは、授業ができず自習になってしまったり、少人数指導を中止したりせざるをえないという学校の実態とともに、なぜこうした非正規教員の不足が起こってしまったのか、その構図を描きました。

 しかし残念ながら、記事は一面に掲載されたにもかかわらず、驚くほど反応がなかったのです。当時の私は、「非正規教員の問題だから、注目されにくいのかもしれない」と考えましたが、さらに掘り下げるには至らなかったことが悔やまれます。

──それから10年超、取材を通じた教員不足問題への反応の変化はありますか?

 学校現場については、2010年時点では深刻なところもあればそうでないところもあり、自治体間での差が大きいものでした。ところが現在、その差は小さくなっており、多くの自治体で切実な問題になってきています。

 教育委員会の場合、かつては取材をすると「(学校に配置される)教職員定数はこうなっている」など、制度的な面も丁寧に教えてくれました。しかし今は、取材に対しても「なぜこんなことを聞くのか」と警戒される度合いが高まったように思います。議会で取り上げられることもあり、自治体での教員不足問題が知られることにピリピリしているようです。全国の自治体の実数を調べるためには、すべて欠けることなく尋ねることが必要なので、そうした自治体の教育委員会へは何度も電話をかけましたね。

──文科省はどうでしょうか?

 かつては、「教員採用を行っているのは各自治体であり、不足は各自治体の問題である」というスタンスでした。ですが、本書でも取り上げるように、2017年には11自治体、2021年には全都道府県・政令指定都市、大阪府豊能地区に調査を行い、教員不足の実態について報告を行うに至っています。それだけ、切実な問題として扱うようになったといえます。

「先生がいない」学校の実態

──本書の見どころの一つが、教員不在の学校現場の実情を生々しく描いた第2章です。

 この章では、教員不足で実際に何が生じているかを描こうとしました。非正規の臨時的任用教員が見つからず悩む管理職、不足状態を残った教員の長時間労働でなんとかまわそうとする学校、マッチングがうまくいかず専門外の教科を教えざるを得ない非正規教員、産休・育休の取得に思い悩む若手の教員、そしてなにより、そうした「先生がいない」ことで教育を受けられない子どもたちやその保護者……そうした、今起こっている実態を伝えたいと思ったのです。

このままでは公教育が壊れてしまう──『先生が足りない』著者・氏岡真弓 インタビュー 01
『先生が足りない』氏岡真弓 著

 本書ではいくつかのエピソードを挙げましたが、同じような実情にある学校は、私が知る限りでも複数あります。私はそのなかから一例として紹介したに過ぎず、本書に描かれたのは「特別に大変な状況にある珍しい学校の例」というわけではないのです。

──描かれているエピソードは、いずれも悲痛で衝撃的なものです。こうした実態は、この数年で急に増えたのでしょうか?

 全国的には2010年代の後半に深刻化が進み、問題が表に出ていったように感じます。そのターニングポイントがいつ・何だったのかはわかりませんが、2016年の教員勤務実態調査や、2018年のTALIS(OECD国際教員指導環境調査)で日本の教員の労働環境の厳しさが明らかになり、部活動の教員負担などの問題が表面化していった時期とも重なるようです。

 ただ、こうした傾向は自治体によってかなり差があります。より深刻なのは都市圏で、第二次ベビーブームの子どもたちを教えた世代の一斉退職が、都市圏から広がっていったことも影響しています。

非正規教員が細やかな教育を支えている

──なぜ、非正規教員の不足が生じているのでしょうか。

 本書でも、2000年代初頭の小泉内閣による三位一体改革の影響や、層の厚い世代の一斉退職といった制度や社会上の背景を論じてはいます。ただ、研究という面ではまだまだ進んでいないのが実情です。

 もちろんいろいろな理由は考えられており、「自治体による正規教員の雇い控えで、非正規教員の比率が高まっている」というのもその一つです。また、文科省は「採用試験の倍率の低下で非正規教員が採用試験に合格しやすくなったため、非正規教員が不足している」といった趣旨の理由付けをしていますが、それだけでは説明できません。

 一つ指摘しておきたいのが、学校現場で非正規教員が担っている役割です。私はある自治体で、非正規教員が担う仕事のリストを見せてもらったことがあるのですが、荒れた学級の担任補助/支援から、特別支援学級の支援、少人数指導、個別支援の対応など、数十にわたる職務が割り当てられていました。様々な問題や担うべき仕事があると、傷口に絆創膏を貼るように、そこに非正規教員を割り当てているわけで、「これでは不足するのも無理はない」と思ってしまいます。

──それほど、非正規教員が様々な仕事を担うことで学校現場が回っている、と。

 ただ、子どもへの細やかかつ多様な対応を行っているという点では、これらは望ましいことともいえます。また、本書でも論じているように、産休・育休や病休をとる正規教員の代わりを非正規である非常勤の先生が担うというのも、安心して休みを取ることができるという意味では大事な制度です。しかし一方で、そういう「いいこと」をたくさんやっているがゆえに、先生が足りなくなっている、そう語る教育長もいます。

 こうした2つの面があるゆえに、難しい問題なのです。文科省は教員不足に対して「正規教員の割合の目標値を設定し、向上すること」という対応策を提示していますが、「そんなに単純な話ではない」という声が各教育委員会からも出ています。要望を受けて「これも、あれもやります」ということで仕事が増え、それになんとか対応しようとして、非正規教員に様々な仕事を担ってもらってきたわけですから。

 ですから、正規教員増は必要なことであるとはいえ、それですべて対応できるとは思えません。「求められる細やかなサービスを行うために、非正規教員が必要となってきた」という背景を考えて、どうするか対応していく必要があるのです。

「今」の問題を見過ごしてはならない

──「ICT やAIで教員の業務負担も減り、必要な教員数も減っていくはず」「子どもの数は減っていくので教員不足もいずれは落ち着く」といった意見もありますが、いかがでしょうか?

 例えばGIGAスクール構想をはじめ、この数年で学校にICTでの導入は進みましたが、教員の負担は減るどころか、むしろ増えたのが実情です。機材の使い方や、何を教えるのかを教員が習得する必要があるからです。また、今後のことについては、他にも景気動向や教職員定数などのさまざまな要素があり、「今後、教員不足問題は落ち着いていくはずである」といえるかは疑問です。制度面等での要素の影響が大きく、未来予想は簡単なことではないのです。

 「少子化でいずれは教員不足は落ち着く」という意見の方に申し上げたいのは、では、将来のためにいまの子どもが直面している問題を放置してよいのですか、ということです。「先生がいない」というのは学校教育が成立していないことを意味しており、それが全国的に起こっているのです。仮に将来的に解決するかもしれないからといって、今の子どもたちが見過ごされるようなことがあってはならないのです。

学校が抱え込んで対応できる段階はとうに過ぎた

──最後に、本書に関心をもつ方々へのメッセージをお願いします。

 まず伝えたいのは、「先生が足りない」のは限られた学校だけの問題ではないということです。ご自分の学区でも、苦しんでいる学校があるかもしれない──そういう差し迫った問題なのです。

 当事者である先生たちには「自分たちだけでなんとかしようと考えないでほしい」と伝えたいです。いまや学校は「今年もまた先生が足りない」と不足が常態化しており、人手不足に「慣れ」てしまっている面があります。

 ですが、この教員不足という問題に「慣れ」るべきではありません。問題は問題として、できるだけ外部へオープンに問う必要があるのです。

 というのは、この問題は病休や産休・育休を取得する先生はもちろん、管理職を含め、学校現場に責任があるという話では全くありません。政策をふくむ複合的な原因をもつ問題なのです。

 学校は一般に、自分たちだけでどうにかしようとして、問題を抱え込む傾向があるように思います。本書でも「『先生が足りない』と保護者には言えない」と話す校長のエピソードを紹介していますが、それは自分たちのせいではありませんし、自分たちでどうにかできる範囲の問題でもないのです。ゆえに、広く外に問いかけて、一緒に考えていくことが必要だと思います。

展望のために正確な実態データを

 一方で、文部科学省に対しては一言も二言も言いたいところです。

 まず、教員不足に関する調査を行い、2018年、2022年に結果を公表したことは重要で、そのインパクトも大きいものでしたが、そこで打ち止めになってしまっているのは問題です。本書で詳しく論じていますが、年度はじめに行う調査では、教員不足がより深刻になる時期の実情がわかりませんし、翌年以降がどうなっているかもわかりません。現在、私たち朝日新聞でも教員不足の取材を行っているのですが、2022年よりも状況が悪化していることはすでに明らかです。実態のデータをきちんと取らないことには、そもそも議論ができません。

 「先生がいない」というのは、学校教育の根幹を揺るがす事態です。これまでの教育政策を振り返り、どう対応すべきかを急いで考えないといけない。残念ながら、現在の中教審でも、エビデンスも十分な議論もないまま、現状の報告で終わってしまっています。政策の成否を振り返り、改善策を考えるために、データを大事にしてこの問題に向き合うことから始めてもらいたいと思います。

 

『先生が足りない』

目次

第1章 教員不足の「穴」の広がり

無風の一面トップ記事/自習どころか中間テストもできない/「なぜわざわざこんなことを調べるのか」/教員予備軍不足=鯉の減った池/教員不足が10年でまるで違う次元に/なんと四%の学校で教員不足/ついに文科省調査実施、だが....../それでも不十分な盛り上がり/見えぬ展望

第2章 先生不在の学校現場

「うちらは捨てられてる」/お兄さんが来たが/英語、英語、英語/「このなかに教員免許をお持ちの方はいらっしゃいませんか」/「教育委員会が探しても、いないって言うんですよ」/教務主任と担任を一人で受け持つ/集中する負担と「連鎖休職」/専門外の教科を教える苦しみ/実験猛特訓したけれど/妊娠を喜べない/「保水力」を失った学校

第3章 先生が足りない理由

文科省調査が示す「要因」/教員のなり手減の実情/教員不足の四段階/そもそも正規教員が足りていなかった/非正規教員への依存体質/規制緩和で抑制された正規教員/「改革」の陰で起きていたこと/学生たちの教職離れ/魅力の発信では響かない/見えにくい展望、背後の長時間労働

第4章 教員不足から脱却できるのか

教員不足の行き着く先は/文科省も教委も動いてはいるが/「教員不足」とは/正規教員と非正規教員の「密接な関係」/データがカギ/なんのための調査か、設計からの再考/教員政策の検証を/研究者たちからあげられる提言/オープンな議論を/教員の働き方改革に「非正規」は入っていたのか/子どもへもたらす影響という大問題/公教育が崩壊しつつある

 

氏岡真弓(うじおか・まゆみ)

岡山県出身。1984 年に朝日新聞入社後、水戸支局員、横浜支局員、社会部員、論説委員室を経て現在編集委員。教育分野を担当。共著に『学級崩壊』(朝日新聞社)、『権力の「背信」』(朝日新聞出版)、『脱「学級崩壊」宣言』(春秋社)、『いま、先生は』(岩波書店)、『失敗だらけの新人教師』(大月書店)などがある。

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