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『科学』2023年5月号 特集「匂いとフェロモンの科学」|巻頭エッセイ「複雑化する社会的課題の解決に向けて」大島まり

◇目次◇ 
【特集】匂いとフェロモンの科学
フェロモン遺伝子の進化──血と毒から異性を誘惑するフェロモンができた!?……新村芳人
あらゆる脊椎動物が共有するフェロモン受容体……二階堂雅人
匂いの感じ方に個人差が生まれる要因──受容体遺伝子の多型と分子拮抗作用 ……福谷洋介・松波宏明
匂いをデジタル化する……伊地知千織・井原悠介
ネコのマタタビ行動……宮崎雅雄・上野山怜子・西川俊夫
植物の匂いが担う生物間コミュニケーション……有村源一郎
新型コロナウィルス感染症による嗅覚障害……近藤健二
昆虫の嗅覚受容体を利用した匂いセンサ……櫻井健志・祐川侑司・光野秀文
昆虫触角を搭載したバイオハイブリッドドローンによる匂い源探索……照月大悟
人のニオイの好みはどのように形成されるのか……小川 緑

[巻頭エッセイ]
複雑化する社会的課題の解決に向けて……大島まり

ChatGPTは何をもたらすか?……東中竜一郎
深海のトップ・プレデターを探る──ヨコヅナイワシの発見……藤原義弘
精子のバトンを手渡す風変わりな交尾──イカ・タコの繁殖とそのバリエーション……佐藤成祥

[連載]
数学者の思案12 数学研究と年齢……河東泰之
研究者,生活を語る4 仕事も暮らしも楽しくまわす……丸山美帆子
これは「復興」ですか?74 「土壌貯蔵施設等」と「除去土壌一時保管場所」……豊田直巳
リュウグウのささやきを聴く9 星のゆりかごから地球まで……橘 省吾
3.11以後の科学リテラシー124……牧野淳一郎

[科学通信]
ステルスオミクロン:PCR検査で検出できない新型コロナウイルス変異株の解析……川上浩一・白木知也・森 秀治・森 秀夫・吉多仁子
ITサステナビリティに与える宇宙の影響……小林大輔

次号予告
 

◇巻頭エッセイ◇
複雑化する社会的課題の解決に向けて
大島まり(おおしま まり 東京大学大学院情報学環) 
 

 最初に報告されてから4年目を迎えた新型コロナウイルス感染症は,幾度もの感染者増加の波を越えて,少しずつ収束の方向に。長く続いたマスク生活からときはなたれ,外国からの観光客も増えて,春の訪れとともに町中の活気がもどってきている。これから何か新しいことがはじまりそうな,ワクワクする前向きな期待感がある。だけど,いったいどう変わっていくのだろうかと,漠然とした不安感もある。

 ITが発達する前は,新しい技術が開発され,それに合わせて社会構造がゆっくりと変化していた。しかし,現在は形のあるモノとは異なる,データや情報など形のないモノが主流になりつつある。SNSに見られるように,情報はあっという間に全世界で言語や文化を越えて拡散する。私は数値シミュレーションを基盤とした研究者であるが,AI技術の発達によりプログラミングなどの形態もガラッと変化している。つい最近までは,実験の簡単な制御ですらプログラムを書き,デバックをして動きを確認していた。今では,さまざまなアプリやライブラリーが簡単に手に入り,それらを組み合わせることで求められているタスクを短時間で終えることができる。そして,ChatGPTの出現……。科学技術の進歩は目をみはるものがある。どちらかと言うと,その発展のスピードに人間,そして社会が追いついていない状況である。

 私たちの生活は便利になり,科学技術の恩恵を享受している。一方,さまざまな課題を社会として抱えている。新型コロナウイルス感染症や地球温暖化などに見られるように,科学だけでなく,経済や政策など多様な問題が絡み合って複雑化している。社会的な課題の解決のためには,Alvin Weinbergが1972年のMinerva誌に発表した論文で提唱したトランスサイエンス的な考え「科学に問うことはできるが,科学だけでは答えることのできない」が科学にも求められているのではなかろうか。そして,個人的にも自然科学の研究者として,既存の枠にとらわれず,社会の変化やニーズに耳を傾け,社会的な課題の解決に向けて取り組んでいくことが必要だと感じる。

 では,いったいどうしたらよいのだろうか。そもそも解は一つではなく,また,最適なアプローチもわからない課題である。そのため,多くの人々が協働して考え,目的を共有して解決に向けて取り組んでいくしか,道はないように思える。さまざまなバックグラウンドをもつ人々が集うことで,新しい気づきが生まれ,活気ある創造性にもつながる。研究を担っている主な機関は,大学,そして国や企業の研究所になるが,日本におけるそのような機関でのジェンダー,国籍,年齢,文理を越えた分野などのDiversity & Inclusion(多様性と包摂性)は残念ながら乏しい。

 今後,科学技術の進歩に伴い,社会はより複雑化し不確実性もさらに増すであろう。科学者にとってもトランスサイエンスの考えをもち,社会あっての科学を意識して,研究に取り組んでいくことが必要であろう。Diversity & Inclusionと言われて久しいが,Diversity & Inclusionを推進することで,多様な視点を共有し,さまざまな人々が協調していく場を形成していくことが,社会的な課題の解決に向けた一歩なのではないだろうか。

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