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研究者、生活を語る on the web

出産から海外フィールドワーク、そして非常勤の日々──子どもと歩む研究生活<研究者、生活を語る on the web>

金城美幸

立命館大学生存学研究所

 パレスチナ地域研究をしています。博士課程の間に娘が生まれて、博士論文の提出後に海外滞在した後、5歳差で息子が生まれました。今、娘は中学校1年生、息子は小学校2年生です。私は、大学常勤職で働く連れ合いとともに子育てをしながら、今は立命館大学の研究員と、愛知の大学の非常勤講師を併任しています。

私の一日

 朝起きると、慌ただしい時間が約2時間続きます。お弁当を作りながら娘を起こし、時間差で息子を起こして順番に朝食を食べさせます。連れ合いには自分のことは自分でしてもらって、洗濯など家の用事をしながら大学での講義の準備をし、授業に向かいます。
 日中は、娘は学校と部活、息子は学校と学童保育で過ごし、午後6時ごろ帰宅します。夕方ごろに連れ合いと連絡を取り合い、息子の学童に迎えに行くか、夕食を作るかをその日の気分で役割分担しています。帰宅後は、食事の用意、片づけ、お風呂、学校の宿題や持ち物チェック、寝かしつけというルーティンです。寝かしつけ後にオンライン会議が入る日もあります。

 

子どもと歩む研究生活──出産からフィールドワーク、そして非常勤の日々<研究者、生活を語る on the web>

出産、そして立ちはだかる壁

 博士課程に在籍していた2010年の春、パレスチナへの留学から帰ってきたタイミングで妊娠がわかりました。連れ合いも博士課程に入って間もない頃でした。思い返すと、将来の見通しもはっきりしておらず、周りから「まだ学生なのに出産なんて」という目で見られるのではないかとプレッシャーを(勝手に)感じて、「自分の選択に不安はない」と肩に力の入っていた時期でした。
 妊娠後は、連れ合いと一緒に私の実家に住みました。実家の母はすでに他界していたので、父が孫の遊び相手を務めてくれました。連れ合いは海外調査のために不在なことも多かったので、利用できる託児サービスを駆使して研究の時間を捻出する生活でした。
 幸い、連れ合いの所属する大学内に保育園があり、子どもの生後2カ月から利用できたので、そこに子どもを預けて学内の図書館で作業し、3時間おきに授乳に行くという形で、研究時間を作りました。しかし、大学までは電車で片道1時間半。夜中の授乳もあり睡眠不足ななか、抱っこひもで子どもを抱き、保育園グッズと研究用品(PCや本)の詰まったスーツケースを引いて通うのは難しく、利用できたのは週3日だけでした。認可外保育園なので、費用が高いのも大変でした。
 とはいえ、出産直後の時期に時間を確保できたことで、研究への思いも業績も、何とか切らさずいられたように思います。多くの大学で気楽に利用できる保育園が増えれば、育児中の研究者への心強いサポートになるのではないでしょうか。
 その後、近所の認可保育園への入園が決まって、「研究を軌道に乗せよう」と意気ごんでいましたが、ここでまた新たな壁がありました。学会や研究会は週末の開催が多いのですが、週末は保育園利用ができないことです。この壁をどう乗り越えるかに頭を悩ませました。
 助け舟は、所属する学会が年次大会の際に託児室を設置してくれていることでした。おかげでコロナ以前は毎年学会託児を利用し、子どもと一緒に各地を回りました。しかし、ここでも費用の問題がありました。託児利用料だけでなく、泊まりがけの学会だと子どもの宿泊費も(就学すれば交通費も)かかります。学会によっては費用の一部を学会運営費から負担してくれますが、それでも利用者負担は1日1人5000円(上限)。複数日開催で2人の子どもを預ければ、費用も跳ね上がります。実費負担の学会では、託児料だけで3万4000円(2日間×子ども2人分)かかったこともありました。
 2015年からは日本学術振興会の特別研究員RPD*1に採用されたため、科研費*2を使用でき、さらに2018年からは託児費に科研費を充てられることがルールに明記されたので、以降の科研費でも託児にかかる費用を捻出できました。しかし、科研費などの研究費がなければ、育児中の研究者の学会参加の壁は、今もなお高いと思います。
 その一方で、最近の研究会やシンポジウムでは、主催者負担での託児室の設置が増えたようにも感じます。子ども帯同での調査を了承し、サポートしてくれる先輩研究者もいます。育児中の研究者が参加しやすい環境づくりが、徐々に広がっているようです。こうした事例について情報がシェアされ、他の分野でも制度として導入されてほしいと思います。

子連れでのパレスチナ滞在

 娘が2歳になった2012年に、連れ合いがNGOスタッフとしてパレスチナに赴任することになりました。連れ合いが単身赴任をして私と娘だけで日本に暮らすよりは、娘を連れて現地で研究を進めたいと考え、一緒にパレスチナに渡航しました。調査は以前から行っていたので、現地での土地勘はあり、すでに現地に知人もいる状態からのスタートでした。娘を通わせる保育園も事前に決めていました。ただ、当時は日本の大学で非常勤講師をしてもいたため、娘が5歳になるまでの3年間は、年度の前半は日本で非常勤講師をして、後半はパレスチナで過ごす、行ったり来たりの生活でした。
 現地では連れ合いがフルタイム勤務だったので、家事・育児は一人で担うことが多くて大変でしたが、娘が現地でも日本でも保育園にすぐに溶け込んでくれたのでとても助かりました。行く先々の環境で目いっぱい楽しんでくれる姿にホッとしましたし、この期間に少しずつ研究を進められたのも、娘のバイタリティのおかげだと思います。
 また、地域研究をおこなう私にとって、子連れで滞在するメリットもありました。娘と一緒に難民キャンプに住む友人を訪れると、キャンプの女性や子どもたちが温かく迎えてくれました。日本人の子どもが珍しいこともあり、娘のおかげでいろんな家に招いてもらい、多くのパレスチナ人女性と出会うことができました。
 イスラエルの建国時に土地を追われ、その後も軍事占領下に置かれたパレスチナ難民の女性は、子どもの教育の権利も侵害され、子どもが占領軍に抗議した場合は「テロ活動」を行ったという容疑で逮捕されてしまうという過酷な状況にあり、家族や子どもを亡くした人も少なくありません。こうした経験をした難民のお母さんは、普段は家族の手前、気丈にふるまっていますが、地域のしがらみの外にいる外国人かつ育児経験者である私に、苦しみを語ってくれることもありました。育児の経験が、難民女性とのつながりを作る一助になったと感じています。

子どもと歩む研究生活──出産からフィールドワーク、そして非常勤の日々<研究者、生活を語る on the web> 02
パレスチナ北部のタムラ村で、友人の子どもたちと遊ぶ娘(2013年10 月)。

非常勤ゆえの悩み

 息子の妊娠は、娘と一緒に日本に帰国中だった2015年春にわかりました。連れ合いの現地赴任の任期がその翌年までだったので、私と娘は日本への本格的な帰国を決め、連れ合いは約1年間、単身赴任になりました。息子の誕生後、連れ合いは転職して大学での常勤職を得ることになり、私は非常勤講師をしながら助成金を得て研究を続けています。
 最近の悩みは、家事・育児に加え、非常勤であることで、研究がさらに制限されることです。非常勤と常勤の賃金差が大きいため、生活や研究費用を捻出するためには多くのコマ数を教える必要があります。今年は愛知県内の4つの大学で年間計14コマを教えていますが、大学ごとにシステムも、授業運営の方針も、コロナ対応も異なることから、授業の準備に時間がかかり、研究に割ける時間が削られているのが実情です。
 さらに非常勤の場合、しばしば研究費の確保も困難です。例えば、今の勤務先の4つの大学では、非常勤講師による科研費への応募が認められていません。科研費での個人研究もできないし、他の研究者の科研費プロジェクトにも、共同研究者として参加できない状況が続いています*3
 非常勤講師を取り巻く問題は、個人の問題というより、育児中の研究者、ひいては大学全体の問題だと感じています。昨今、大学教員に占める非常勤講師の割合は約半数にのぼると言われ*4、非常勤講師のうち約54%が女性という推計もあります*5。育児や介護に従事するのは女性が多いことを考えれば、育児・介護を行う非常勤講師も相当数いると思われますが、これまでは「女性」「非常勤」「育児・介護従事者」のカテゴリーを組み合わせた統計はとられていません。今後はこの連載のように、統計の中で見えにくくなっている個人の問題を、社会と連関させたイシューとしていくことが重要ではないでしょうか。

 

*1 日本学術振興会の特別研究員制度の一つ。出産・育児による研究中断後に、研究現場へ円滑に復帰できるよう支援する制度。現在の任期は3年で、採択されれば、毎月の研究奨励金が支給される。

 

*2 日本学術振興会の科学研究費助成事業。競争的研究費であり、ピアレビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対して助成が行われる。

 

*3 なお、非常勤講師の科研費応募を認めるかどうかは、大学によって対応が異なる。日本学術会議が非常勤講師の科研費申請を可能とするよう提唱し、文部科学省もこれを認めているが、現状では大学の仕事量の増大等の理由により認めない大学が多いという。女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(JAICOWS)が2021年4月に提出した「非常勤講師の環境改善に関する要望書」参照。(閲覧日2023年3月22日)

 

*4 朝日新聞デジタル「大学教員、半数は非常勤 常勤も4分の1が『期限付き』」、2018年5月20日。

 

*5 羽場久美子「女性研究者の貧困をどう解決するのか?──博士号取得者, 非常勤講師」『学術の動向』23 巻 (2018) 11 号、p. 69。

 

金城美幸 きんじょう・みゆき
1981年生まれ。専門はパレスチナ地域研究。2008年~09年にイスラエルのヘブライ大学、パレスチナのアル=クッズ大学に留学。2012年に立命館大学先端総合学術研究科で博士号を取得し、立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員、日本学術振興会特別研究員RPDを経て、現在は立命館大学生存学研究所客員研究員、愛知学院大学等非常勤講師。

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