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研究者、生活を語る on the web

子どもに返っていく母と──「同居」から「介護」へ<研究者、生活を語る on the web>

たねをまく子(仮名)

 生物学が専門の研究者で、私立大学で教員をしています。実家まで片道約3時間、週末に帰省する見守り生活を経て、5年前に母を呼び寄せ、同居を開始しました。現在は、ショートステイを利用しながらの介護生活をしています。

私の一日

 母は92歳になります。要介護度は2で、身の回りのことが一応はできていて、認知機能もまあ年齢相応。一般的に言うなら、非常に元気でありがたい状態です。
 平日は、母をデイサービス*1(通所介護。日帰り)に送り出す日と、ショートステイ*2(短期入所生活介護。泊まりがけ)に送り出す日があります。朝早くから授業や会議があるときは、前日からショートステイに預けることが多いです。
 母を送り出す日は、朝は6時くらいに母を起こして、8~9時の間には施設へ送ります。仕事上がりは、早めにするようにはしていますが、一番最後の授業が午後6時に終わるので、やはり午後6時~7時くらいにはなります。
 デイサービス利用の日や、ショートステイの滞在が終わる日は、それから母を引き取ります。母の就寝に付き合った後、夜10時~12時くらいにいったん起き上がって、夕食の片づけや、翌日の母の支度などをします。ただ、その時間帯は頭があまり回らないので、朝4時くらいからまた起きて、仕事などをします。そうしてまた、6時くらいに母を起こします。

 

子どもに返っていく母と──「同居」から「介護」へ<研究者、生活を語る on the web> 01
平日のスケジュール例(施設への送り・迎えがある日の場合)。

ここ2年で曲がり角に

 両親は他県で暮らしていましたが、父は、病気がわかってから2ヵ月で他界しています。その後、母は一人で10年くらい過ごしていました。ただ、その間に要介護認定を受けて、要支援から要介護のステージに上がってはいました。
 そんな中、5年ほど前に、ちょうど大型台風がきて、お隣さんが避難所に運んでくれたということがありました。それが一つのきっかけになって、当時の担当のケアマネジャー(介護支援専門員)さんから声がかかり、「あ、わかりました、今週末連れにいきます」くらいの感覚で、引き取った次第です。こちらへ連れてきてから、こちらの地域包括支援センターに問い合わせ、近隣の居宅介護支援事業所を紹介してもらい、新しいケアマネジャーさんと面談の上、介護にかんする支援をお願いするという段取りを踏みました(この段取りは、地域の介護支援を受けるプロセスとしてごく一般的なものです。これらが終わるまでは、実家のほうのケアマネジャーさんに、書類・役所対応を継続していただきました)。
 連れてきた当初は、母はまだいろいろなことを楽しめる段階で、私も、これが最後の親孝行、恩返しと考えていました。介護というより二人暮らし、という感覚です。長期入所施設の紹介を受けたりしつつも、預ける踏ん切りがつかず、平日の日中はデイサービスを利用して、朝晩は一緒にいるという暮らしを続けました。
 ただ、ここ2年くらいで、高齢者としての母の状況がだんだん、いろいろな意味で、変化してきているように感じています。
 たとえば、関節が硬いからか、思うように指先が動かないのか、着替えに非常に時間がかかります。何してるんだろうと思って見ると、20分経ってもさっきと同じ状態、とか、ズボンのすそがうまく分けられず、片方に両脚入れていて、それは本人も認識してはいるものの、うまく足が抜けなかったり、とか。季節にもよりますが、朝起きてから出発までに2時間以上かかったりします。夜の就寝はどんどん早くなり、一方で、夜中のトイレで起こされる回数も増えました。昨年は入院もしました。
 そんな中、今年の5月に、今度は私が緊急入院をすることになってしまいました。さすがに母はどこかに預ける必要が出て、急遽ショートステイを利用し、それ以来、平日はショートステイに預けることが多くなっています。
 ただ、母はどうもこのショートステイが合わないようなのです。携帯電話を使えるので、「いつ迎えにきてくれるの」とか、夜中に電話がかかってきたりもします。

「周りの理解」の難しさ

 そんなこんなでいろいろありつつも、職場では、私は普通に仕事をし、ごく普通にふるまっています。いまの私の職場に限らないと思いますが、「周りの理解」って難しいものです。
 私の職場では、介護の話はほぼ聞いたことがないのです。たとえば育児をしている方なら、夏休みになるとお子さんを連れてきていたりしますし、時短(短時間勤務制度)を取っている方もいて、何となく目に見えるのですが、介護に関してはまったく見えず……。
 大学の規定が変わると、大学側から「規定が変わりましたよ」とアナウンスはあります。すると、私の勤務先の大学の規定は、育児だけではなく介護についても並列で書かれているので、介護のほうも同時に変わることが多いのですが、具体的には自分で規定を読み込んで、どう使えるかを考えるしかありません。
 実は、昨年に母が入院したときに、介護に関する休暇や制度を利用できるかどうか、事務の方に相談したことがあります。すると、授業に対してはもしかすると、非常勤を雇うことができるかもしれない、とのことでした。
 とはいえ本学は、業務が多いほうの私立大学です。例えば、いまの私の所属先では、受け持ちのゼミ生が10人いたとすると、それぞれのゼミ生のインターン先や教育実習先など、10ヵ所を超える訪問先を、担当教員が1人で回るわけです。事務の方が言うには、それに対しては非常勤はあてられない、と。となると、それを私が行くか、あるいは、数名からなる所属専攻の教員の中で調整して分担いただく、みたいなことになります。負担の大きさがわかるだけに、それはなかなか申し上げにくい。
 そんな中で、私がもし介護休業取得の届け出をしたとしても、こうしたいわゆる業務の部分や、所属する委員会業務などは自分で調整する必要があるようなら、休業届を出す意味が、私にはあまり見つけられませんでした。このあたりが難しいと思います。
 ちなみに、事務の方に、「介護休暇とか介護休業をこれまで取った方は、そうした業務の割り振りを個人でやってきたのですか」と尋ねもしたのですが、なんと、両方とも前例がない、と言われました。
 そんなこともあって、これまでは特に介護があるので抜けさせてもらうとか、業務の調整をお願いするとかいうことはなく、一人でやりくりしてきました。夜8時半か9時にスタートするような会議が設定されてしまい、いったん母を迎えに行ってからリモートで接続し直す、ということもあります。
 男性だから、女性だからという時代ではありませんが、私の所属専攻のメンバーは、私以外は全員男性です。言ったら聞いていただける可能性もありますが、実際はどうなるのか、予測ができません。専攻としては良かれとの対応であっても、私個人にとってはかえってやりにくい方向に転んでしまうようなこともあるかもしれない。そう思うと、言わないで、できるところまで自分だけでやろう……というふうに、私は考えてしまいます。
 教育業務が中心の組織ということもあって、研究のほうは、今はなかなかできなくなっています。研究あっての研究者なので、そこの優先順位を下げる自分は甘いのではないか、と思ったりもしましたが、自分が体調を崩してからは、やっぱり健康でしょう、と自分に言い聞かせています。

要介護認定はとっておく

 そんな私に、ここで何か伝えられることがあるだろうか、と考えてみたのですが、まず高齢のご家族をお持ちであれば、要介護認定は申請されるとよいかと思います。普段は何もサービスを利用するつもりがなくとも、担当のケアマネジャーさんさえ決まっていれば、折に触れて適切なサービスを提案してもらえますし、高齢者の側の状況が急変した時、あるいは今回の私のように、介護する側に突然何かあったときに、手続きが非常にスムーズだからです。
 もし認定を受けた方であれば、どこかのショートステイ施設を予め見学し、契約をしておけば、緊急のときに速やかに入れてもらえます(ケアマネジャーさんが電話してくださるのですが)。契約したショートステイが満室であっても、他に入所できるところをケアマネジャーさんに探していただけます。同居であれ別居であれ、ステイの契約を一つしておくと、何かあった時に、二歩早く動けると思います。

「これから」に悩む日々

 今後のことは、悩ましいものです。育児はだんだん手が離れていくと聞きますが、介護は逆ですから。
 環境が変わると、高齢者の状況も変わり、体調も崩しやすくなります。今はショートステイが中心でも、できるだけ早くデイサービスに戻したほうがいいのかもしれないし、あるいは、ショートステイといってもいろいろあるので、ショートステイ先を変えてみるのもいいのかもしれない。どうするのがいいのか、私の体調とも相談しながら試行錯誤しています。
 今の母は、だんだん幼児に返っていくような感じなのでしょう。自分が頼りなくなってきていることがわかるようで、本人もそう言います。たとえばデイサービスに行くときであっても、必ず車の中で嫌がり、心細いといって泣き出してしまったりします。もう私とは片時も離れたくない、という状態が徐々に進んでいます。
 こうした状況になった今となっては、長期入所型の施設に入れるということも難しい。母自身が身の回りのことをこなすのがいよいよ難しくなれば、その選択をするより他ないのだとは思いますが……。
 おそらく私は、そうした施設に入れる最適なタイミングがあるとすれば、すでにそれは逃してしまっているのです。同居を始めたばかりのころ、母がまだ同じ世代の者どうしで楽しめて、スタッフさんのシフトや顔もわかり、そこでの暮らしを自分で組み立てられるくらいのときに、そうした施設に入れるのが、本当はよかったのかもしれません。施設の方が長生きできるとも聞きます。
 ただ実際には、施設に入れるタイミングを計るのはとても難しいものです。介護する側とされる側のタイミングのすり合わせです。どこまで家でみて、どのタイミングで施設にお願いするのか。これからも、母と私、双方の状態を考慮しつつ、ケアマネジャーさんとも相談しながら、よりよい道を探っていくのだろうと思います。(談)

 

*1 利用者が施設に通い、自宅において自立した日常生活を営めるよう、生活上の世話や機能訓練を受けられるサービス。

 

*2 利用者が短期間、施設に宿泊し、その間、生活上の世話や機能訓練を受けられるサービス。

 

たねをまく子(仮名)
博士(理学)。任期付き研究員としていくつかの研究所に勤務した後、現在は私立大学で准教授をつとめる。


 

※「研究者、生活を語る」は雑誌『科学』でも同時進行で連載しております。『科学』では理系分野の方に、『たねをまく』(on the web)では文系分野の方もまじえて、ご登場いただいております。どうぞ併せてご覧ください。

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