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「普通」から外れて夢を追うということ──『夢と生きる バンドマンの社会学』著者インタビュー

若者が夢を追いはじめ、追い続け、そして諦める――。ライブハウスを中心にバンド活動で夢を実現しようとするバンドマンへの参与観察を重ねた話題作『夢と生きる バンドマンの社会学』が刊行されました。発売に際して、著者の野村駿さんに長年にわたる研究の裏側、夢を追うバンドマンたちのリアルな姿、社会に強固に存在する「正しい生き方」がもたらす呪縛の問題など、多岐にわたりお話を伺いました。(聞き手:岩波書店編集部)

 


 全くの素人でライブハウスに飛び込む

 ――ご著書『夢と生きる バンドマンの社会学』は、バンドマンとして夢を追う若者に注目して、長期にわたるフィールドワークを行った労作です。はじめに、バンドに着目したきっかけを教えてください。

 学生時代は若者論、特にフリーターやホームレスの研究をしていました。その頃、周囲に夢を追い求めている友人がいまして、しばしば話を聞く機会があったのが直接のきっかけです。ある時ふと「夢を追う若者の研究って聞かないな」と思い、指導教官に話をして、このテーマに変更しました。それからはライブハウスに通い、様々なバンドマンにインタビューを続けています。

 ――野村さんは、そもそもロックバンドに全然詳しくなかったそうですね。それでライブハウスでフィールドワークを行うとなると、様々な苦労がありそうですが……。

 いえ、そうでもありません。「野村は何も知らない」ということをバンドマンの皆さんが理解し、とてもサポーティブに迎え入れてくださりました。「ここであの人がこうしたのはこういう意味だよ」と、ライブイベント中やインタビューでも親切に教えてくださったんですね。

 ただ困ったのは「好きな音楽は何?」とか「好きなミュージシャンは誰?」と聞かれたときで、たとえば、「オアシス(Oasis)いいよね!」と言われても「誰?」という感じで(笑)。「ここのギターが最高なんだよ」と言われても、さっぱりわかりませんでした。

 でも、「わからない」からこそ、いろんな疑問や違和感を大切にすることができました。外からみるとその意図がつかめない行動であっても、かれらにはそうする理由があるはずで、なぜそうするのか、彼らはどうやってそれを体得しているのか、聞き取ってメモをしていくと、だんだんとですが、なんとなくポイントのようなものがみえてきます。本書で取り上げたトピックも、多くはそうした積み重ねの中で浮かび上がったものに基づいています。

 

 バンドで夢を追うということ

 ――本書が対象にしているのは、バンド活動で夢を追う若者たちです。夢追いを研究するということについて、少しご説明いただけますか?

 「夢追い」は一般的に使われる言葉でもあり、どう学術的に位置づけるか最後まで悩みました。本書では、「多くの子ども・若者が生業にしたいと考えながら、学歴に担保されるような制度化された職業達成経路を持たないために、実現可能性が低いとみなされている職業に就くことを目指して行われる行為の総体」と定義しており、スポーツ選手、お笑い芸人、漫画家、俳優、そしてミュージシャンなどを想定しています。ですので、学校教育の延長にその職業につく経路がある医者や弁護士、公務員などは「夢追い」に含めていません。

 ――例にあげられたスポーツ選手やお笑い芸人といった職業と、本書が対象とするバンドマンとでは、夢追いのあり方に違いが出てくるのでしょうか。

 夢追いに関連するような研究はいくつかありまして、例えば俳優について取り上げた田村公人さんの『都市の舞台俳優たち』、ボクサーを目指すマニラの若者に着目した石岡丈昇さんの『ローカルボクサーと貧困世界』などは、本書を書き進めるうえで何度も参照しました。

 そのなかで、バンドマンという本書の事例の特有性をあげるとすれば、「活動の規模感」が重要になってくると考えています。つまり、多くても5人程度、せいぜい3~5人のメンバーで活動するというのが、夢の追い方を特徴づけているのではないかと。

 たとえば演劇だと、何十人という規模で活動しますよね。それに対して、バンドマンは3~5人くらいなので、メンバー間の距離は自ずと近くなります。夢を諦めてバンドをやめようと考えても、他のメンバーへの影響が非常に大きい。一人でも何十人でもない、この3~5人という規模感が、お互いを意識せざるを得ない状況を作り出しているように思えました。第3章や第5章で重視したのも、このバンドの規模感でした。バンドで活動することの難しさを、研究者が共著論文を書くことになぞらえて説明してくれた研究参加者もいて、すごく納得したのを覚えています(笑)。

 

 フリーターでないとバンドで夢を追うのは難しい?

 また重要なのが、バンドマンたちのスケジュール調整です。急遽ライブの予定が立つ、県外遠征を含めたツアーに参加するとなったとき、メンバー全員で参加できるようにしておく必要があります。このように集団で動くバンドのあり方は、その夢追いの仕方に大きな影響を与えるもので、本書でも様々な箇所で取り上げました。

 一つ例をあげると、多くの方は「バンドマン=フリーター」と認識していると思います。実際、先ほど説明したようなスケジュール調整のことを考えると、フリーターである方が動きやすいんですね。「この日のライブに参加できるか」となったとき、一人でも都合がつかないと全員のチャンスを逃してしまうことになるわけですから。夢を追う立場としては、バンド活動を最優先にできる労働形態として、フリーターが選ばれやすくなります。

 一方で、正社員として夢を追うバンドマンももちろんいます。そして、生活が維持できるほどに働くからには、実はフリーターでも正社員でも、バンドに充てられる時間の総量はそれほど変わらないと認識されていたり。でも、バンドとして急遽ライブに参加したり、県外を含めたツアーに行ったりすることを考えると、働く時間が固定されている正社員では動きづらい。何より、バンドで都合のつく日にちも限られますからね。だからフリーターが選ばれやすくなる。その結果、「本気でバンドやるならフリーター」という語りが出てくるわけです。

 ――本書でも「正社員だと、絶対中途半端になっちゃうだろうなあって思ったから」というバンドマンの声が紹介されていますね。

 

 「正しい生き方」から外れる難しさ

 ――バンドマンたちにはフリーターを志向する規範がある一方、正規雇用等のライフコースから外れる不安と向かい合わざるを得ない状況にあることも指摘しています。

 本書では、「標準的ライフコース」と呼んでいます。これは、学校を卒業してすぐに正社員となり、経済的自立を果たして結婚、新しい家族をつくるといった生き方を指します。学術的には、この種の生き方が高度経済成長期を通して一般的になっていったとされています。

 本書で注目したのは、この生き方が現在でも「望ましい」ものとされることで、そこから離れた生き方を模索している人たちが様々な葛藤を抱えている点です。私が話を聞き続けたバンドマンたちも「就職しないの?」「いつまでやるの?」と周囲から問われ続けていました。その苦しみや生きづらさが、さらなる別の問題に波及していきます。

 

 「普通の生き方」は本当に「普通」なのか?

 では、標準的ライフコースは、どれだけ「普通」で「正しい」生き方なのか。たとえば、バブルが崩壊する以前には、標準的ライフコースを批判的に捉える傾向も一部にはありました。フリーターという言葉が生まれたのもその頃ですよね。またジェンダー研究者たちは、標準的ライフコースが、「男性=サラリーマン、女性=専業主婦」という性別役割分業を前提にする点を一貫して批判してきました。さらにワークライフバランスの観点からも、いわゆる正社員の「働き過ぎ」が問題視されています。

 しかし、バブルがはじけて正社員になれない、結婚できない、自立できない若者が問題になると、彼らを救済するための方策が次々に打ち立てられていきました。もちろん、その必要性は疑うべくもないのですが、一方で、その意図せざる帰結として、「正規就職すべき」「結婚すべき」「自立すべき」といった形で、これまでの標準的ライフコースが再強化されていったのではないでしょうか。改めて、それが「望ましい」生き方であると認識されるようになっていた、まさにそんな時代に、本書で登場するバンドマンたちは夢を追っているわけです。だからこそ、彼らは「標準」の生き方との違いに苦しまざるを得ない……。

 こうした大きな社会の仕組みというか、「正しい生き方」に水路づけようとする力学とそれに抗おうとするバンドマンたちの姿との両方を、本書では意識しました。果たしてどこまで描けているかは読者のみなさんに委ねたいと思いますが、少なからずそこに足を突っ込む、議論の提起を行ったつもりです。

 ――「バンドマンはフリーターでなければならない」といった考えが、バンドマンの間で共有されるものの、周囲からは「いつ就職するの?」と問われ、反発する。一方で、その不安とも向き合わざるを得ない。そうした姿からは標準的ライフコースの強固さを実感します。これはバンドマンに限った話では全くないですよね。

 少々余談ですが、本書の元になった論文のいくつかを大学のゼミや研究会で取り上げていただいたそうです。その際に、夢を追うバンドマンと院生である自分たちとを重ね合わせて、ゼミの雰囲気が悪くなったとか。先生が「研究者に当てはめて考えるのはやめましょう」と言ったそうです。「正しい生き方」から外れることの難しさは様々な職業の場合に当てはまるわけで、ゆえに大学院生にもバンドマンの「夢追い」が重なって見えたのではないでしょうか。私はバンドマンを事例に書きましたが、標準的ライフコースから外れる圧力の問題は、よりずっと広く、多くの方々に関係するように思います。

 

 社会が夢を追わせておきながら、実際には夢を追えない

 近年、学校では「夢を持て」と言われ、社会の側でも夢を追っている人たちをたびたびフィーチャーしますよね。ですが、そうした夢追いをまさに体現しているバンドマンがどういう人生を歩んでいるかというと、「就職しないの?」「いつまでやるの?」と言われるわけです。夢を持つことや追うことが推奨されつつも、実際には夢を追うことが難しい。本書に登場するバンドマンたちは、夢を追うことに対する社会的な承認と社会的な非難との狭間で葛藤しているように見えました。

 私が最も強く主張したいのはこの点で、「社会が夢を追わせておきながら、実際には夢が追えない」というダブルバインドの現実です。だから、バンドマンたちの生の声を聞き、彼らがどのような人生を歩んでいるかを理解することが重要だと考えました。

 一点だけ留意しておきたいのが、ジェンダーの観点です。調査者である私の性別もおそらく関係してか、話を聞けたのは多くが男性でした。ロックバンドにはたしかに男性が多いように思いますが、ガールズバンドもいれば混性のバンドもいたりと、決して男だけの社会ではありません。そのうえで、夢追いにジェンダーがどう関わるか、これは重要な問いだと思います。

 私の調査では、彼らが夢を諦めるはっきりとした理由の一つに「結婚」がありました。つまり、「彼女と結婚したい」となると、フリーターでバンドマンであることが重荷になってくる。そこにはジェンダー研究が論じてきた「男性稼ぎ手モデル」が見てとれます。標準的ライフコースに備わっていた性別役割分業の男性性が現れてくるわけです。これに対して、女性バンドマンの場合はどうなのかという点は、十分に追えていないので、今後の大きな課題です。

 

 「正社員以外も認めましょう」ではない多様性の追求へ

 本書では踏み込んで論じていませんが、こうした社会状況に対して、私は生き方の多様性を承認する規範理論が必要だと考えています。「正社員になる」「結婚する」といった標準的ライフコースだけがモデルとして理想化される状況を、いかに組み直していけるかとでも言えましょうか。

 実は、このことは先行研究でもすでに触れられています。例えば、児美川孝一郎さんは、正社員モデルを前提にしたキャリア教育を批判的に論じていますし(児美川孝一郎『キャリア教育のウソ』)、中西新太郎さんも若者に「自立」が求められる中で、その社会的自立像の組みかえこそが重要だと主張されています(中西新太郎「青年層の現実に即して社会的自立像を組みかえる―安心して生き働ける最低限の保障を」佐藤洋作・平塚眞樹編『ニート・フリーターと学力』所収)。

 本書も、こうした研究に多くを負っているのですが、ともするとそうした議論は、標準的ライフコースを中心に置いたままに、それ以外も認めましょうというかたちになりがちです。つまり、「正社員以外の生き方認めよう」と外縁を広げていくようなイメージですね。しかし、それでは結局のところあまり変わらないのでは思っています。正社員的な生き方は一つの選択肢として当然尊重されるべきですが、それが中心として強固に存在する限りでは、「標準的でない生き方」の選択が難しくなってしまうからです。

 したがって、本当の意味での多様性を追求するには、生き方をめぐる中心や価値基準、あるいは正当性の問題に取り組んでいく必要があります。今回、そうした発想から生まれた問題を描いたつもりですし、本書を通じてそうした議論が広がることを願っています。

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著者略歴

  1. 野村 駿

    1992年岐阜県飛騨市生まれ.名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士課程満期退学.博士(教育学).秋田大学大学院理工学研究科附属クロスオーバー教育創成センター助教を経て,現在同大学教職課程・キャリア支援センター助教.専門は教育社会学,労働社会学.
    主要論文に,「なぜ若者は夢を追い続けるのか――バンドマンの「将来の夢」をめぐる解釈実践とその論理」(『教育社会学研究』第103集),「不完全な職業達成過程と労働問題――バンドマンの音楽活動にみるネットワーク形成のパラドクス」(『労働社会学研究』20巻),「夢を諦める契機――標準的ライフコースから離反するバンドマンの経験に着目して」(『教育社会学研究』第110集).
    著書に,『調査報告 学校の部活動と働き方改革――教師の意識と実態から考える』(共著,岩波ブックレット),『部活動の社会学――学校の文化・教師の働き方』(共著,岩波書店)など.

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