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【岩波新書〈新赤版二〇〇〇点突破記念〉 この10冊】寺尾紗穂 周縁化された人々から歴史を問う[『図書』2024年1月号より]

周縁化された人々から歴史を問う

──貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』

 フェイスブックである投稿を目にした。日本で暮らすクルド人の若者の写真。「なぜ日本にしがみついているのか? 支援金が出ているからです」というコメントがついている。実際は難民申請者用の「保護費」は緊急支援にあたるが、単に「支援金」と書くとあらゆる難民が受けられるかのような印象になる。そして「難民は甘い汁を吸いに日本に来ている」という発想を広める。保護費を支給しているアジア福祉教育財団難民事業本部(RHQ)に問い合わせると、令和三年の難民申請者数と保護費申請者数のわかる資料を送ってくれた。前者は一万三三二四人であり、後者は一四八人。保護費は難民申請中の者のうち、一・一%の人しかそもそも申請していない。その年に難民申請した者二四一三人に限っても保護費申請者はそのうちの六%である。入管でこの保護費の申請について教えていないことが背景にあると、RHQはサイトで説明している。

 多くの国で移民は厄介者扱いされやすい。よそ者の数が増えれば恐怖心が生まれ、攻撃する人間心理は世界で散見される。「人種の坩堝るつぼ」と形容されるアメリカでも、非白人系の排除が長らく行われてきた。

 『移民国家アメリカの歴史』の新しさは、これまで周縁化して論じられてこなかったアジア系アメリカ人の視点から、米国史を捉えた点にある。黒人と同じく、アジア系の移民たちもマイノリティとして、「社会問題を引き起こす存在」、帰化不能外国人としてアメリカ社会から疎外されてきた。著者は「人種の坩堝」や「人類の避難所」という米国イメージが歴史の浅い「伝統」に過ぎず、実際は「救うべき難民」と「放置する難民」を選別してきたことを指摘する。優生学が流行した大戦期は、東欧からの白人系移民は一部受け入れたものの、非白人系は制限にさらされ、白人との婚姻も禁止された。ナチス・ドイツが人種政策を決める際に「アメリカの優生学的断種法や異人種間結婚禁止の法体系をモデルにしていた」ことも指摘される。戦後は共産圏が敵とされ、共産主義から逃れるインドシナ難民をアメリカは熱心に迎え入れた一方、中米の人々には経済的難民と切り捨て、受難に冷淡だった。

 政治状況に翻弄された移民たちだが、アジア系とまとめるには状況が多様である。日系人に先立ち米国に入っていた中国人は、日米開戦で日本人が敵性国民となると「良いアジア人」として地位を上げたという。本文中に収録されている一九四一年のライフ誌に掲載された「中国人と日本人の見分け方」という記事には、中国国民党政府の要人と東条英機のアップが比較され、それぞれを見分けるためのポイントが書き込まれている。中国人イメージは日米開戦を機に上がったものの、帰化不能外国人としての扱いは一九六五年まで訂正されなかったというから、アジア人差別の根強さを感じる。フィリピン人も対日戦に参戦し地位を高めたが、朝鮮人は、日本人と見られたためほとんど恩恵を受けられず、戦後も激動の政治状況に苦労が続いた。

 本書後半では、日系人たちが戦後社会的地位を高め、黒人やアラブ系など他のマイノリティの苦境にも連帯してきたことに触れている。中でも9・11後、中東出身者への人種プロファイリング強化の傾向に、日系二世の政治家ノーマン・ミネタ(強制収容所を経験。テロ当時の運輸長官)がストップをかけたエピソードは胸を打つ。特定の国の出身者ではなく、すべての乗客と手荷物の安全検査の強化を進めるという方法を主張し、それが結果的に通ったことは、多人種から成るアメリカ社会の自浄作用といえるのかもしれない。昨年は関東大震災一〇〇年であるが、差別意識が非常時に暴走した悲劇を前に、九歳の丸山眞男少年が残した「朝せん人が、皆悪人ではない。その中、よいせん人がたくさん居る」というまっとうな言葉を思い出させるエピソードでもある。

 あきれはてるのは日系人で下院議員となったダニエル・井上と当時の岸首相の戦後の面談で、日系人から米国大使がでるかもしれないといった井上に、岸が述べたという「あなたがた日系人は、貧しいことなどを理由に、日本を棄てた「出来損ない」ではないか。そんな人を駐日大使として、受けいれるわけにはいかない」という言葉の貧しさだ。日本政府は、戦後引揚者があふれた日本から、再び南米移民を奨励した。戦後移民の回想録を読むと、事前情報の適当さは戦前と大して変わらなかったようだ。ボリビアに渡った人々などは辛酸をなめている。国に不要な者は適当に補助金をつけて追い出す。残念ながらこの国の為政者にとって、戦前も戦後も貧しい民草の生など何の意味も持たないもののようだ。本書によってアメリカの移民史を批判的に眺めてきたところではあるが、過去の国家の愚行を謝罪できるアメリカのような度量を、日本が持ちえる日は来るのか。ため息が出る。

(てらお さほ・音楽家、文筆家)


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