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【岩波新書〈新赤版二〇〇〇点突破記念〉 この10冊】猿田佐世 なし崩しに進む軍事化を見つめ直すために[『図書』2024年1月号より]

なし崩しに進む軍事化を見つめ直すために

──半田滋『日本は戦争をするのか』

 二〇二二年一二月、日本政府はいわゆる「安保三文書」を改定し、敵基地攻撃能力の保持や軍事予算の倍増、防衛装備移転推進(=武器輸出の推進)を決定した。「歴史的」とまで言われた大規模な軍事力拡大であり、国是であるはずの専守防衛の実質を大きく変え、「憲法九条は死んだ」(阪田雅裕元内閣法制局長官)とも評されるほどの大きな変化であった。

 岸田政権によるこの決定は、明らかに安倍政権における軍事拡張政策の延長線上にある。二〇二〇年まで八年弱続いた安倍政権は、国家安全保障会議(NSC)を設立し、秘密保護法を制定(以上、一三年)、武器輸出三原則を防衛装備移転三原則に変更し、集団的自衛権の行使を認め(以上、一四年)、安保法制を成立させて(一五年)、敵基地攻撃能力の保持を推進した(二〇年)

 半田滋氏による本書は集団的自衛権行使を認めるか否かの議論がなされていた二〇一四年に出版され、戦後の安保政策の変遷をも踏まえながら、安倍政権が急速に進めた軍拡を幅広い角度から検証し、その問題点をあぶりだしている。

 安倍政権の当時と岸田政権の今とでは、安保政策の決定過程や議論手法に類似性も多い。政権に近い考えの人々を委員に据えた結論ありきの有識者懇談会を設け、その意見を土台にしたとの建前に立ちつつ閣議決定によって決定していく――その過程は、本書が主題とする集団的自衛権の行使容認の決定でも全く同じである。また例えば、一四年当時、起こり難い事例を前提に議論を進めて集団的自衛権の行使を可能としたが、敵基地攻撃能力の保有を認めた今回も同様の手法がとられた。さらには、日本版NSCが制定された一三年当時も、NSCでの議論の前提となる情報は米国頼りであり、日本独自の判断は困難との批判がなされていたが、二二年にも敵基地攻撃能力の議論において、同能力の行使の判断には米国提供の情報を使わなければならないという批判がされた。

 国の在り方についてのより根本的な問題で言えば、安倍政権より前の自民党政権においては、憲法と安保政策との整合性にそれなりに苦労する姿勢を示してきたが、安倍首相は憲法を気にすることもなく、政策変更を躊躇しなかった。安倍政権の政策に上乗せ軍拡する岸田政権も「専守防衛は変わらない」と言いつつ、憲法違反との指摘を免れない政策を躊躇せず決定し続けている。また、その一つ一つの政策の効果や実効性よりも、いかにして米国の陣営を強くしていくのか、米軍の補完をどのように行うのかという点が意識の中心にあり続けてきたことも酷似している。

 もっとも、二〇一四年の集団的自衛権の行使容認の決定の際には、閣議決定以前に様々な議論が社会で起きた。閣議決定後の翌年には安保法制という形で国会の法律審議があり、そこで全国的な反対が巻き起こり、一二万人が国会を取り囲んだ。他方、二二年末の安保三文書改定においては国会での議論はほとんどなく、国民的議論も起きなかった。その意味で、政権側の決定過程での議論の軽視の姿勢や、また、ウクライナ戦争開始を経るなどして国民の軍拡に対する問題意識の変化も感じることになる。

 また、本書で二〇一四年当時の視点に立ち返ってみると、あれから九年しか経っていないにもかかわらず、当時大きく問題視されたことが今ではすでに話題に上らなくなったり、当時は違憲の疑いが強いために政権の側も慎重を期したり躊躇したりしていた政策が、現在ではいとも簡単に認められるようになっていることに気づかされる。わかりやすい例で言えば、つい一〇年前まで武器輸出三原則が戦後長く続いた国是の一つであったのに、一四年に閣議決定で撤回され、現在ではもはや殺傷能力のある武器の他国への供給の可否すら議論されている。そういった例を通じて、日本で軍拡が加速度的に進められていることを実感する。

 このように本書は、現在の急速な軍拡政策の基礎となっている近年の議論を改めて見つめ直し、今なお次々と政府から打ち出される軍拡政策について冷静さをもって客観的に問題を整理し直すために大きな示唆を与えてくれる。

 また、通常はなかなか手に入らない防衛や政治の現場の情報を提供していることも本書の大きな価値である。安保政策も、民主主義国家では国民に可能な限り情報が開示され、その是非が議論されなければならない。しかし、現実は異なるなか、本書は、例えば、PKO派遣など現場で自衛官が命を落としかねない事態が続くことで制服組が政策決定において力を増していく現状、また、自衛隊の教育課程において多様性が排除され、排他的な「愛国心」を持つ者が育てられていく様子など、緻密な取材による貴重な情報を多数紹介している。

 加速度的に変化する安保政策の下で、日本がどのような国であるべきかを立ち止まって考えるためにも、今、手に取るべき一冊である。

(さるた さよ・外交、安全保障問題)


 

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