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〈座談会〉現代サッカーにおける理性と感性……三笘薫・小井土正亮/山本敦久(司会)[『思想』2024年10月号より]

テクニックと身体

山本 今日は日本代表でもあり、イングランド・プレミアリーグのブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンに所属する三笘薫選手、そして三笘選手の指導者でもあった筑波大学蹴球部監督の小井土正亮監督にお集まりいただきました。サッカーに限らず、スポーツはいま時代の変わり目を迎えているように感じますが、現役の第一線で活躍されている選手・指導者の考えをお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。
 時代の変わり目の大きな要素は、二〇一〇年代になってデータ・サイエンスのような新しい科学的視座や、トラッキング・システムのようなテクノロジーが本格的に導入・活用されるようになったことです。選手たちは自分のコンディションやプレーを日常的に記録・データ化し、トレーニングに活かしています。指導者たちも、選手のコンディション管理、チーム戦略・運営に全面的にデータを活用しています。こうした流れがスポーツのあり方を大きく変えたように思います。
 さて、私は先日国立競技場で開催されたブライトンと東京ヴェルディとの試合を観戦して、いわゆる「ミトマ・ターン」をかなり近いところで見て、ドキドキしていました。左サイドで中央からのボールを受ける際に、相手を背にしたまま右足のヒールでボールをタッチしながら右ターンをして一瞬にしてディフェンスを抜き去る技術です。実は、三笘さんを初めて見たのは、筑波大学の二年生のときの天皇杯・大宮戦です(二〇一七年九月二〇日、カシマスタジアム)。左サイドでボールを受けてドリブルで切り込んでいく姿をはっきりと覚えています。周りの選手たちの動きがストップし、まるで三笘さんだけが動いているように見えました。その印象が強烈で、以来楽しみに三笘さんのプレーを追いかけています。
 この感覚はいまや私だけのものではなく、三笘さんのドリブルは世界中のサッカー・ファンを惹きつけています。私のような未経験者からすると、ドリブルのようなプレーは感性に従って動く部分が多いように感じます。ただ一方で、三笘さんはデータや科学的トレーニングを重視し、それらを活用してスキルやスタイルを作り上げてきたとも伺っています。最初に伺いたいのは、そうした科学的な知識に基づく部分と直感や感性に基づく部分の間で、三笘さんがどのようにバランスをとっているのか、という点です。特にドリブルというプレーにおいてお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。

三笘 ドリブルは身体操作にかかわる要素が大きいので、もっとも重要なことは身体を動かせるかどうかだと思います。もちろん、ボールを自由に扱えることが前提ですが、プロのレベルでは、それに加えて自分の体を思い通りに動かすことが要求されます。例えば相手が届かないところにボールを置くことも含めて、より早く・より賢く動くことが、抜く可能性を高めていくわけです。ここで大切なことは、身体とイメージをどうつなげるかです。頭の中で抜くイメージがあっても、それに身体がついてこなければ下手な選手だし、いくら身体が動かせても、ボールが扱えなければやはり下手な選手でしょう。ドリブルのためには両方をリンクさせないといけません。
 ボールを扱う技術については、やはり子どもの頃から徐々に身につけていく必要があります。一方で、身体操作については、成長した後でも高めていくことができます。試合や練習でうまくできないことがあれば、その理由を考え、変更すべき要素を探します。もちろん、自分の身体操作も、変更点が見つかればすぐに修正できるようなものではないので、継続的なトレーニングが必要になりますね。

山本 頭のなかの理想的なイメージと実際の身体操作との絡まり合いについて、興味深いお話を伺うことができました。ご著書1では、子どもの頃にメッシ、シャビ、イニエスタといったトップ選手の動画を、──当時のポジションはボランチだったそうですが──どの位置にポジショニングすればセカンドボールを多く拾えるのか、といったことに注目しながら繰り返し見ていたと書かれています。子どもの頃から日常的にヨーロッパのトップ選手の動きを見て、自分のイメージを養いながら、それを身体とつなげていくという話は、少し前の世代にとっては驚くような経験です。動画は一つのデータだと言えますが、サッカーを取り巻くさまざまなデータに対して、三笘さんはこれまでどう付き合ってきましたか?

三笘 メッシやイニエスタだけではなく、他の選手の映像は今でもよく見ています。ボールの扱い方や足の動かし方については、子どもの頃からの積み重ねなので、真似ができるものとできないものがありますね。むしろ注目するのは、ボールを受ける前の体の向きなどといった身体操作にかかわる部分です。
 映像以外のデータでは、たとえばスプリントの記録などをよく確認します。今のトップ選手のスプリントはおおよそ時速三四?三六キロとされていますが、練習でも試合でも、自分のスプリントの時速はたまに見て、コンディションを測るようにしています。スプリント本数も大学の頃から継続して記録しているので、どれくらい増えているかがわかります。
 走りに関しては、もちろん走行距離も大事なのですが、僕の場合は高強度の運動のほうが重要だと思うので、それをどうやって伸ばしていくかをいつも考えています。データを見ながら、アプローチごとの結果を比較して、良い結果が出たほうを続けるという試行錯誤を、昔からやってきました。

山本 小井土さんは三笘さんの、イメージと身体操作のリンクをめぐる試行錯誤を実際にご覧になってきたと思うのですが、いかがですか?

小井土 面白い話なのですが、映像の見方についてもう少し聞かせてください。たとえばネイマールのプレーを見たとして、素人の場合はただ「うまいな」とか「こんなキックができたらいいな」と思うだけだけど、薫の場合は、自分をネイマールに置き換えて、「俺だったらここに動く」「こう蹴る」と考えているわけでしょう。どうやって映像を見ているのか、もう少し聞きたいのだけれど。

三笘 そうですね。ボールを追うのではなく、体の使い方だったり、ボールを受ける前の動き方だったり、どうやって相手を外したのかを見ていますね。そのプレーがなぜできたのかを考えています。あるいは選手がそのとき考えているであろうことをイメージする、とか。

小井土 ただ、見た動きをピッチの上で再現できるかどうかは、また別の話になるよね。

三笘 すぐできるわけではないですね。できないことを自主練習のときに試し、できるようになるための筋力トレーニングを考え……、と必要な要素をつなげていきます。新しいイメージを取り込んで、自分の体で表現する作業を増やしていく感じですね。
 動きのバリエーションは、多ければ多いほど良いはずなんです。トップ・トップ(一流の中の一流)であれば何でもできるだろうし、逆にバリエーションが少なければ、動きがわかりやすい、相手に読まれやすい選手になってしまいます。体の動きについては、サッカーだけではなく、体操やバスケットボールなど他の競技から学ぶこともあります。

山本 それはドリブルの仕方、相手の抜き方ということですか?

三笘 というよりも、動き方全般ですね。たとえば、バスケの選手のステップワークはなぜサッカー選手より速いのか、といったところです。他のスポーツの優位性を抜き取り、それをサッカーの中に活かせないかという視点で見ています。

小井土 薫は筑波大学で谷川聡先生2にも指導を受けたので、体の動かし方の原則がわかっている。その答え合わせとして他のプレーを見ていると思うんだけど、いつ頃からそういう見方ができるようになったの?

三笘 それは最近、ここ数年のことですね。体についての知識を学び続けて、自分でも試行錯誤して、どういうときが速いかを自分なりに理解できるようになってからです。大学の頃は谷川先生の意図もわからずに練習をしていましたから。プロに入ってから少しずつわかるようになってきて、練習も楽しくなりました。

小井土 ただ、周りからの理論的なコーチングに対して、自分には当てはまらないという違和感を感じることはない?

三笘 ありますよ。その動きはウィングとしてあまり必要じゃないとか、いま僕が伸ばしたい部分じゃないとか。自分自身が感じている弱さと、周りの見ている弱さが一致すれば良いんですが、違うときはアドヴァイスを排除することもあります。やることの優先順位をつけていく感じですね。

小井土 でも、練習をしても次の日にできるようになるわけではない。一年、二年、長ければ五年くらいの時間軸で考えなければいけないこともある。やらなければいけない課題が溜まっていく状態だと思うんだけど、どうやって調整をしているんだろう?

三笘 まずは試合でやりたい動きに近いトレーニングを優先します。ただ、すぐにできない動きについても、放置していると、試合でできたとしても、そこで遅くなってしまう。だから、できない動きについてもトレーニングを続けます。できないことを少しずつ続けるのと、自分の武器というか、優先的にやらないといけないことへの取り組みを、同時並行で続けることになりますね。

山本 子どものころから蓄積されたテクニックのような身体知に加えて、いま必要な身体操作や技術を瞬時に実現するために、筋力トレーニング、動きのバリエーション、身体に関する知識といったいくつもの要素をつなげていく。実践可能なものとして現れる無意識的な運動のベースをスポーツ研究では「ヘクシス」や「身体図式」という概念で表現します。三笘さんの知識と経験からすると、何か新しいことを取り入れるまでには、身体の組み替えや反射神経の変化のような、非常に時間のかかるプロセスが必要だということですね。

三笘 そうですね。神経が働いていないと体も動かないので、間違いなく時間が必要です。

小井土 では、そういう身体操作とボールを扱う技術はどう関係しているんだろう。足元にボールがありつつ、激しいコンタクトプレーがあるのが、サッカーと他の競技との違いだけど。

三笘 「フィジカルばかり強化するとボール扱いが雑になる」という話はよく言われますが、確かに一理あります。フィジカルを意識しすぎると、体の動きが大きくなって、ボールを繊細に扱うことができなくなる。微調整が常に必要になります。
 ただ、足の使い方とか、ボールを扱う時のイメージは、子どもの頃からの積み重ねでしかないので、すぐには変わらないんです。フィジカルを大きく変え、一緒にボール扱いの技術も作り直そうとすると大変な時間がかかるので、そういうことは考えません。自分の技術については絶対的な自信を持った上で、フィジカル・トレーニングを積み重ねている感じですね。その上で、やれることを増やしていくというフェーズにいると思います。

「考える」プレーの先へ

小井土 いわゆるスランプというか、成長する時には今までとのズレが必ず起きる。プロの場合、毎週かならず良いパフォーマンスを発揮しなければいけないから、変わるのが怖いという気持ちになることはないの?

三笘 一気に成長するのではなく、体も技術も少しずつ変化させることを目指しています。もちろんスランプはありますが、それがフィジカルの変化によるのか、身体疲労によるのか、あるいは脳疲労によるのか……、理由は色々考えられますよね。トレーニング以外にも、食事や体調の問題かもしれないし。
 トレーニングによるスランプの場合、たとえば自分の意識が上半身に向かいすぎていて、足元を考えていなかったということもあります。その場合は、どこに意識を向けるのがベストかを考えることになります。上半身に意識を向けつつも、同時に足元にも意識を向けるためのバランスを探すわけです。上半身を大きくするトレーニングはするけれども、動いているときはそのことを考えないようにしたり。ボールがないトレーニングと、ボールを使う練習や試合では意識が違うと思うので、ボールと動いているときのベストを探す。トレーニングしながらも、動きの中で誤差が出ないようにするのが大事かなと思います。

山本 試合中、すごく緊張するシーンで、今までできなかったことが突然できることはありますか?

三笘 ありますね。練習と試合ではプレーの強度が違うし、観客がいることで違うメンタリティになるから、それが理由かもしれません。ただ、逆にできなくなる場合もあるので、何が出てくるのかは正直に言ってわからないです。プロとしては、いつもベストな状態にすることを心がけているのですが。

山本 試合に対しても入念な準備を重ねるわけですが、それを超えるプレーがでるとき、何が引き金になるのでしょうか。なにかスイッチのようなものがあるのか、それとも自然に出てきてしまうのか。

三笘 練習でも試合でも、疲労のない状態でプレーをするのが一番大事だと思っています。疲労や怪我があると、そこにエネルギーを使ってしまうし、考えることで連動性もなくなります。だから疲労をなくして、その上で本能的に動けるようになるのが目指すべきゴールだと思います。ただ、そのためには練習を重ね、考え続けるプロセスがあるわけですが。

山本 人間の身体が秘めているものの未だ発露していない自然的なもの、それを哲学や社会学では本能とか欲動と呼びます。しかし、そうした第一の自然は、社会の秩序や約束事によって第二の自然である制度のなかに組み込まれる。サッカーに限らずスポーツ選手の身体は、多様な可能性をもった第一の自然を規律化し訓練することで、競技が要求する特定の表現や出力の媒体となるように制度化され、枠づけられている、と言えます。ところが、トップ・トップの選手たちは、その秩序を壊して第一の自然である本能で動く次元にいるということでしょうか。

三笘 そうですね。考えてプレーするレベルにはいない選手がほとんどだと思います。考えることのメリットもあるんですが、考えることで少し遅れるというか……、動物になるほうがいいと思っているんですね。その状態を作ることができる選手のほうが強いと思います。

山本 整序された思考回路だと時間がかかるから、制度や秩序の下に潜むものを発揮させるというか、思考を飛ばして何かを感じられるようになるべきだということですね。

三笘 経験がない状態に直面すると、普通は考えないといけないから、どうしても遅れがでますよね。考えなくても動けるレベルになれば、初めてのシチュエーションでも瞬間的に対応できるはずです。

山本 考えなくても動ける選手たちも、三笘さんと同じような段階を踏んで、その次元に突入したと思いますか?

三笘 そうじゃないとちょっと困りますね、僕的には(笑)。小さい頃から何も考えないで行ける人がいるとなると……。ただ、どういう思考回路を持っているかは、よくわからないですね。

山本 考えなくても動ける選手に対して、周りはつい「天才」という言葉で一まとめにしてしまいがちです。つまり、その才能を言葉では表現できないものとして、一種のブラックボックスに押し込んでしまうわけです。あるいは、その次元に至るまでの途中で、非経験者には理解できない段階に至ってしまうこともあります。しかし三笘さんは、その段階をかなりの精度で言語化しているように思うんですね。言語化することに対して、何か特別な意識はありますか?

三笘 一度できたプレーを、そのままにせず言葉で振り返ることで、その状態に戻れるようになる。そうやって再現性が生まれることが、言語化のメリットだと思います。
 ただ、シャビやイニエスタも、子どもの頃は考えながらプレーしていたけど、今は経験則で動いているみたいです。それは、今のサッカーが高度にパターン化されていることと結びついているかもしれません。ポジションによる違いはありますが、多かれ少なかれ動きはパターン化されていて、経験を積めば考えずにできるようになる、ということです。僕自身も、試合中はあまり考えないというか、「ここにボールあったらこうポジショニングする」とか、「後ろがボールを持ったらここに走る」とか、いちいち考えなくてもわかるようになってきました。
 ただ、初めての動きだったり、これまでできてないことについては、やはり考えないといけないし、考えを表現することで再現性が生まれます。だから、最初の段階で言語化するのが大切かもしれませんね。

山本 新しいクリエイティブが発明されても、いずれパターンに落とし込まれる。そこで三笘さんみたいな次の世代が、そのパターンを乗り越えていく。日々進化するサッカーのなかで、新たな次元で発明を続けていると考えれば良いのでしょうか。

三笘 いや、もうそんなに新しいサッカーは生まれないと思います。本格的に始めて十数年がたちますが、サッカーの形はあまり変わっていないし、僕のポジションに求められる動きもほとんど同じです。
 選手個々人が新しいものを発明しているというよりは、サッカーのレベルが全体的に上がるなかで、新しい戦術が生み出されています。ですから、サッカーを丸ごと変えるような選手が登場するのは、かなり難しいと思います。

山本 現代サッカーに新しいクリエイティブが見られないことへの批判も昨今あります。

三笘 そうですね。サッカーがコンパクトになり、守備のレベルも上がることで、攻撃における個人技の優位性がなくなっているということは聞きますね。実際に言われてみれば、そう感じる部分はあります。ただ、それは仕方のないことだと思います。サッカー人気が世界中で高まり、より戦術が発展し、科学的なアプローチもあるわけですから、フィジカルの能力やプレーの強度はどんどん上がるし、余裕はなくなっていきます。

山本 ただ、ドリブルは、ある意味ではパターン化されたものを切り裂くプレーだし、そこに楽しさがあるようにも思います。見てる側もちょっと腰が浮くというか(笑)。三笘さん自身も、そういう楽しさを意識しているように感じるのですが。

三笘 そうですね。僕もネイマールのような選手たちに影響を受けましたから、見て楽しい動きが少しでもできればと思っています。ただ、例えば親善試合では出せても、リーグでは通じないプレーも多いですし、ボールを取られて評価を落としたら元も子もない。そうやって堅実なプレー、シンプルに動く選手が増えてきているのは確かです。みんな、できるけどやらないというか。その試合のシチュエーションによっても変わってきます。

自由と規律のあいだ

小井土 戦術の構築においては監督の役割が大きいですよね。昨シーズンまでブライトンの監督だったデ・ゼルビ3も、ポジショニングや動き出しのタイミングについて、ものすごく論理的かつ細かい指示を出すけれども、最後の三分の一については自由にやっていことにしていた。以前、その話を薫から聞いたときは、なるほどと思いました。
 薫は最終的には動物になったほうがいいと言うけど、動物が一一人いても勝てないでしょう。チーム戦術に従う部分と、自分の本能的な部分とで、どういうバランスをとっているんだろう?

三笘 それは本当に難しいですね。相手のポジショニングや状態についての分析、あるいは自分たちがやるべきタスクや戦術は、もちろんすべて頭に入っています。それでも本能的になりすぎて戦術を忘れてしまったら、自分の動きは良くてもチームのパフォーマンスは下がりますよね。だから人間としてのベストと、本能的に出てくるもののベストをうまく融合する必要があるんでしょうが……、そのバランスは本当に難しいですね。
 戦術的な決まり事は本当に多いですよ。あまりに多過ぎて、コーナーキックやフリーキックのときに思い出せないこともありますが、それはチームとしては絶対に駄目ですよね。でも、本能的に動いたことで点が入ってしまうような面白いこともあります。プロは結果でしか評価されないことも事実です。それでも、プロセスを重視する監督であれば、結果を出せばそれで良しとはならないし……。バランスは自分で見つけないといけないと思います。

山本 フィジカルが強くなり、戦術も複雑・高度化して、選手たちの理解度も高くなっている。さらにはデータも活用されることで、サッカーにおける規律化がどんどん進行しているのだと思います。お二人に聞きしたいのですが、サッカー選手に求められる資質に変化はあるのでしょうか。小井土さんがプレーされていた頃に求められた資質と、三笘さんに求められるものは違いますか?

小井土 僕らの世代くらいまでは、「あいつは馬鹿だけどハマったらすごい」という選手が許されていましたよ。チームの中で「差し手」と「駒」が分かれていて、本当に頭のいい一人か二人の選手が試合をコントロールしていました。でも、今のサッカーでは、全員が「差し手」でありつつ「駒」にもなることを求められているように思います。
 でも、賢さが全員に平等に要求されるのは、すこしかわいそうな気もしますよね。もちろん薫のレベルでは、その要求は当然のことですが、サッカー大好き小僧が最初から楽しめなくなっている感じもあって。今は色々な情報があるから、スペインでは子どもの頃から戦術的な動きを叩き込んでいる、みたいなことを言う指導者もいます。でもそれは何か、本能的な可能性を失わせるように思うのですが。

三笘 戦術的に動けない選手が使われない可能性はあると思います。監督がより高いレベルで選手たちを指揮するために高度な戦術を必要とする。また、その戦術を理解できる選手が重宝される、というサイクルがあります。さらに言えば、ただ理解し従うだけではなく、求められる動きを九〇分フルに続ける選手のほうが重宝されます。遊びの要素は少なくなって、常に高い強度で、守備で戦いつつその上でしっかりと決め切るような選手ですね。

小井土 戦術的な動きは子どもの頃から学ぶべきだと思う?

三笘 戦術的な理解は、たしかに子どもの頃から深めたほうがいいと思います。ただ、成長して高いレベルでプレーするようになると、シンプルなプレーを求められたり、ボールを持つことを制限されやすくなります。そうなると、ひらめきが伸ばしにくくなるかもしれません。日本代表の他の選手を見ていても、特に攻撃の選手では、それまでのキャリアで比較的自由にやってきた人の方が多いように思います。小さい頃にチャレンジする回数が多ければ多いほど、フィジカル的も伸びるでしょうし、プレーの選択の幅も広がるでしょうね。
 ただ、どこで伸びるかは、指導者やチームのクオリティに左右されるのがサッカーなので、一概には言えないところです。周りの環境が大きく影響するのが、サッカーの面白いところですね。

山本 三笘さんが育ってきた環境にも、遊びの要素は多くあったんじゃないかと思うのですが。

三笘 ええ、僕の場合はありました。小井土さんのように規律を求めてきた監督もいましたが(笑)、どちらかというと反抗して、自分を持ってやり続けたタイプです。
 目の前の試合には勝ちたいので、そのために必要なプレーはもちろんするけど、それだけではなくて、将来なりたい選手になるためのトライはしていたつもりです。同じプレーをしていたとしても、考えてプレーをしているのかそうでないのかで、差が出てくると思います。

小井土 僕は比較的やさしいタイプだと思うけど(笑)。

三笘 やさしかったですよ(笑)。でも、僕はそれまでJリーグの下部組織で自由にやらせてもらっていたから、大学に入って、試合に勝たなければプロからの声もかからない環境になって、規律の大切さをより意識するようになりました。

小井土 でも、プレミアリーグの規律の厳しさは大学の比ではないでしょう?

三笘 そうですね。監督によっては、ゴール前のプレーですらパターン化されています。すごく決まり事が多くて、理解できなければ試合に出られない厳しさがあります。いくら武器を持っていようが、監督が求めるプレーができなければ出番はない。それは上のレベルに行くほどはっきりしますね。

現代における理想の選手

小井土 薫はなぜ自分が試合に出られると自己分析しているの?

三笘 最初のシーズン(二二―二三年)の場合は、もともと左ウィングに選手がいなくて、監督がデ・ゼルビに変わってから試合に出られるようになりましたから、彼が求めるウィング像にハマったということだと思います。二年目も、そこまで選手層が厚くなかった。ただ今シーズンからは監督も変わったし、求めるところも違ってきますから、そのなかで自分の武器が出せないといけないと思います。今は試合に出られていますが、先のことはわからないです。

小井土 そうなると、何か逆説的に聞こえるけれども、いくら能力が高くても、結局は監督次第ということ?

三笘 そうだと思います。いくら能力があっても、監督が求めるものをできないと試合に出ることはできない。そういう選手は山ほどいます。監督がやりたいサッカーに合う選手の方が優先されるのは、よくあることです。もちろん、能力が高ければ戦術に対応する幅も広くなるので、能力と出場機会にはある程度の相関があると思いますが……。

山本 現代サッカーにおいてそこまで規律が優先されることの理由はなんでしょうか?

三笘 守備能力の向上だと思います。フィジカルのレベルが上がって、ボールを待つのではなく奪いにいく守備に変わりました。昔は後ろでゆっくりボールを回せましたが、今ではそんな余裕はありません。選手一人当たりのボールを持つ時間も短くなったので、オフ・ザ・ボールの動きの質を上げることが求められます。4―4や5―4のブロック4をひかれた時に──メッシであれば話は別ですが──一人では何もできない。選手個人のクオリティも大切ですが、そこにも限界があるので、チーム戦術を高度化し、全員が考えて動く必要が高まっているわけです。

山本 三笘さんの考える「高いレベルのフィジカル」は、どのような要素で構成されますか? 体が大きいとかパワーがあるといった単純なことではないですよね。

三笘 ええ。一番の理想は、九〇分間、高強度で走り続ける能力です。加えて、走り続けながらすごい技術を発揮できる選手がトップ・トップだと思います。
 誰がトップ・トップかという価値観も変わりつつあります。長い間、攻撃の選手で言えばメッシやクリスティアーノ・ロナウドのような、一人で守備ブロックを崩せる選手が理想とされてきましたが、ベリンガム5、ヴィニシウス6、ロドリ7のような、九〇分走り続けながらしかけ続け、ゴールも決める選手が注目されています。

山本 高度に戦術化され規律化されているわけですが、サッカーは他の球技と違い、試合が始まると指示やデータを選手に直接伝えるのが難しいですよね。野球やバレーボールのように、ワンプレーごとに試合が止まらない。プレーしているとき、戦術やデータはどうやって選手たちに届けられるのですか?

三笘 基本的には試合中ではなく、すべて試合前に用意されます。ゴールキック時の相手の配置と、それに対応したこちらの配置とか、ビルドアップのときの動き方とか、本当にさまざまなことが、全部決まっています。それに、良い監督であればあるほど、力を入れた準備をする印象があります。僕もいろいろなチームや監督を経験しましたが、準備の量はより増えてきましたね。

山本 現場で準備が無駄になることはないんですか? 予想の逆を取られるとか。

三笘 基本的には、相手の過去の試合を調べればほとんどのことはわかるんですよ。いままでやってこなかったことを、いきなり試すケースはほとんどないので。守備の陣形のバリエーションや、それぞれの場合のプレスのかけかたはパターン化されているので、そこから予想して試合の準備をしていきます。
 試合が始まってから戦術をコロコロ変える監督はほとんどいません。おっしゃる通り、ハーフタイムと給水のタイミングぐらいしか、ベンチが戦術変更を指示できるポイントはありませんから。戦術変更のポイントをあらかじめ決めておいて、ある状況になったら自動的に変更するチームがほとんどですが、バリエーションは多くて三パターンぐらいですね。だから先に準備をしておいて、相手が変更すれば、それに応じてこちらも変える場合が多いです。

小井土 興味深い話なんだけど、ただ、トゥヘル8のチェルシーやレアル・マドリードのように、形がないから勝てる、と言われているチームもあるでしょう。

三笘 そうですね。

小井土 プレーしている選手からはどう見えるんだろう?

三笘 ものすごく高い技術と想像力を持った選手が多ければ、自由にやらせた方がいいこともあるでしょうね。監督は選手の素質に合わせて自由と戦術の比率を変えているのだと思います。ただ、その場合も、監督が自由を求めるから選手は自由に動けるわけで、監督の要求や規律を守るという意味では変わらないはずです。それに「結果論」というか、監督の戦術とチームがマッチしただけなので、勝ったチームの戦い方をトレンドとして育成期から取り入れればいいというわけでもないでしょう。育成年代では、どんな監督のもとでもよいプレーができるための準備をしなければいけないと思います。

サッカーはどこへ向かうか

小井土 これまで話題に出たデータは、選手のトレーニングやチーム戦術にかかわるものだったけど、一方には市場価値につながるデータや評価があるよね。試合中に何回チャンスを作ったとか、守備の選手であれば空中戦で何回勝ったとか。また、それがリーグで何位の成績だとか。ワイスカウト(Wyscout)9を使えば、プレミアリーグに限らず、さまざまなレベルの選手たちのプレー・データがわかる。ただ、インテリジェンスの部分とか、戦術理解の速さとか、チームへの献身とか忠誠心のような数値にならない部分は、どう評価されているんだろう? データには残らないけれども、いなければチームが回らない選手とか、薫の周りにもいるんじゃない?

三笘 もちろんいますよ。そういう部分ですら数値化しようという流れがありますが、それでもデータでは価値が見えてこない選手もいます。その場合は、チームが勝って評価されるべき選手になってくると思います。逆に言えば、自分がそういう選手だと思うのなら、やっぱりチームが勝つようなプレーに徹しなければいけないでしょうね。

小井土 あるいは、チームは勝てていなけど、この選手がいるからギリギリ持ちこたえている、という状況もあるよね。その場合は監督がしっかりわかってないといけない。

三笘 どのチームの場合も、結局は監督や強化部がどんな選手を求めるか、ですが、数字だけで決めているわけではないと思います。ただ、献身や忠誠心をどのように数値化していくかは、議論されているようです。

山本 性格が良いとかチームを盛り上げるとか、そういう部分までも数値化・客観化しようという流れですね。

三笘 そうですね。もちろん僕がかかわることではないので、どのレベルまで数値化されているかはわかりません。ただ、昔に比べると評価指数はすごく増えています。項目も非常に細分化されていますね。

 

── 戦術的に高度化し、厳しい規律のもとプレーの強度も上がり続けるという現代サッカーの傾向は、今後も長く続いていくと思われますか。一〇年、二〇年というスパンで見たとき、今のかたちのサッカーがより突き詰められていくのか、それともまったく違うサッカーが主流になる可能性はあるのでしょうか?

三笘 基本的には変わらないと思いますね。小井土さんはどう思いますか?

小井土 前後半四五分というルールのなかでは、もう大きく変わる余地はないように思うね。ただ、今は九〇分を続けて観戦するのは長すぎるという意見もあって、三〇分ハーフのような短いゲーム時間を導入する声も出ているみたいだね。

三笘 試合時間が短くなれば、時間がないなかで点を決めるために、ロングボールの比率が上がるでしょうね。そうすると、オープンな展開が生まれやすくなるかもしれません。

小井土 二〇二〇年、川崎フロンターレで新人だった薫が出場機会を得たときも、新型コロナ禍の影響で、選手交代が三人から五人に増えた影響が大きかったでしょう?

三笘 そうですね。五人交代制によって、交代選手を切り札的に使う戦術ができたことは、僕にとってとても大きかったです。そう考えると、ルールが変えるものは意外と大きいですね。例えば、ゴールキックのルールが変更されたのは二〇一九年ですが10、ビルドアップのかたちはかなり変わってきました。

小井土 今後、サッカーの抜本的な革新が起こるとすれば、ルールの変更がきっかけになるかもしれないね。

山本 お二人とも、今日は大変ありがとうございました。これからも活躍を期待しています。

(二〇二四年八月一二日、オンラインにて収録)

 


(1)三笘薫『VISION──夢を叶える逆算思考』双葉社、二〇二三年。
(2)筑波大学准教授、陸上競技部監督。元陸上短距離選手。二〇〇四年のアテネオリンピック、一一〇メートルハードルで当時の日本記録を樹立した。
(3)ロベルト・デ・ゼルビ。イタリア出身の指導者、元サッカー選手。二〇二二―二四年にブライトンの監督、二四年からはオリンピック・マルセイユの監督を務める。
(4)ディフェンダー四人とミッドフィルダー四人、あるいはディフェンダー五人とミッドフィルダー四人による守備陣系。
(5)ジュード・ベリンガム。イングランド出身のフォワード/ミッドフィルダー。二〇二三年からレアル・マドリードに所属。
(6)ヴィニシウス・ジュニオール。ブラジル出身のフォワード/ミッドフィルダー。二〇一八年からレアル・マドリードに所属。
(7)ロドリゴ・エルナンデス。スペイン出身のミッドフィルダー/ディフェンダー。二〇一九年からマンチェスター・シティに所属。
(8)トーマス・トゥヘル。ドイツ出身の指導者、元サッカー選手。ボルシア・ドルトムント、パリ・サンジェルマンなどを経て、二一―二二年にチェルシーの監督を務めた。
(9)選手のスカウトに必要な情報を提供するオンラインサービス。登録者には全世界で約五〇万人の選手の映像、データ、情報を提供している。
(10)ゴールキックを蹴る前の段階で、味方選手がペナルティエリア内に入ることが可能になった。

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