web岩波 たねをまく

岩波書店のWEBマガジン「たねをまく」

MENU

『科学』2026年8月号 特集「アメリカ科学技術政策のゆくえ」|巻頭言『夏の異常高温は当たり前?』今田由紀子

◇目次◇ 
【特集】アメリカ科学技術政策のゆくえ
激変する米国の科学技術政策……標葉隆馬・中村征樹・野尻美保子
トランプ政権下の科学技術政策とアカデミックコミュニティー……遠藤 悟
米国研究大学の財政基盤と経済的メカニズム……阿曽沼明裕
日本の科学技術政策の今後──第7期基本計画をめぐる議論から……杉本 舞
科学と学術の社会契約──米国連邦政府の人文学支援の例と日本への示唆……福本江利子
大型科学計画は誰が決めるのか──米国科学政策の制度と政治……常田佐久・進藤美和
最近の米国の科学技術政策と地球環境観測……谷本浩志
感染症研究と対策の混乱……小柳義夫

[巻頭言]
夏の異常高温は当たり前?……今田由紀子

[解説]
地磁気逆転史に迫る──数千万年にわたる逆転頻度の変動と未発見の逆転……吉村由多加
魚類における協同繁殖──その進化と展望……佐藤 駿

[連載]
野球の認知脳科学15 見えた球を打っているのか?……柏野牧夫
カミオカンデはいかに生まれたのか──基礎科学の曲がり角に立って11 大事故を切り抜けた名指揮官の献身……古川雅子
17〜18世紀英国の数学愛好家たち14 (最終回)実利と消遣としての数学……三浦伸夫
科博のお宝コレクション
  8 「伝説の生き物」から「地球史を読み解く標本」へ:片割れのナウマンゾウ……木村由莉
  9 地球環境と生命史をよみとく足場をつくる:微古生物標本・資料センターのコレクション……齋藤めぐみ・久保田好美

[フォーラム]
〈生成AIと研究倫理〉査読の機密性は守れるか──AIの「そそのかし」に関する実験報告……川原繁人
レアアースはなぜ外交のカードになるのか──脱炭素社会を支える「レアではない元素」の供給リスク……星野美保子
〈本の虫だより〉紆余曲折する数学と物理の発展を辿る──三村太郎『数学の歴史〔新訂〕』……白石直人
次号予告

表紙デザイン=佐藤篤司

◇巻頭言◇
夏の異常高温は当たり前?
今田由紀子(いまだ ゆきこ 東京大学 大気海洋研究所) 
 

 今年も異常気象の季節がやってきました。日本の二大異常気象といえば,猛暑と大雨です。いずれも深刻な被害をもたらしますが,特にここ数年は夏の猛暑が猛威を振るっています。2023年および2024年の日本の夏は,過去から現在まで着々と上昇しつつある夏の平均気温の傾向から大きくかけ離れた未曾有の高温となり,過去の記録を大きく塗り替えました。さらに翌年2025年,この記録はあっさりと更新され,専門家を驚かせました。2018年以降更新されることのなかった41.1度という最高気温の記録が昨年立て続けに複数地点で更新され,41.8度が現在の日本の最高記録です。気象庁はついに今年4月に,日最高気温が40度を超える日に対して用いる「酷暑日」という言葉を正式な気象用語として認定しました。

 極端に暑い夏を数年連続で経験すると,これはもう地球温暖化のせいでこのような暑さが当たり前になってきているのだと考える人もいるかもしれません。温暖化する前の気候では起こり得なかったことが,温暖化の進行によって常態化するようになるタイミングのことを,専門用語でtime of emergence(ToE)と呼びます。このタイミングは注目する現象や地域によって異なり,2050年頃に訪れると言われるものもあれば,21世紀末と予測されているものもあります。日本の猛暑の場合は果たして,すでにToEを迎えてしまっているのでしょうか?

 実際に起こった特定の異常気象と温暖化の関係を証明するイベント・アトリビューションという研究が,10年前頃から注目されています。温暖化している現実的な気候条件と温暖化していない仮想的な気候条件下で気候モデルシミュレーションを大量に実施し,異常気象の数を稼ぐことで,温暖化によって異常気象の発生確率や強度がどのように変化しているかを定量的に示す取り組みです。昨年設立された極端気象アトリビューションセンターでは,この手法を改良し,異常気象発生後数日以内に,イベント・アトリビューションの結果を社会に発信する取り組みを始めました。この手法を過去3年間の猛暑に適用した結果によると,温暖化していない気候条件では,それらの事象の発生確率はいずれも0.1%以下となっていました。これは,温暖化がなければほとんど起こり得ないことを意味しています。一方で,現実的な条件下における発生確率は,2023年7月下旬から8月上旬の高温で約1.6%,2024年7月の高温は約21%,2025年6月中旬は約6%,7月下旬は約3%と,温暖化していない場合と比べて格段に増加しているものの,たとえ温暖化していても高い場合で20%前後(5年に1度程度)と,毎年のように起こるわけではないことがわかります。多数のシミュレーションから得られる気温の最頻値(最も起こりやすい気温)は,温暖化していない世界でも起こり得る範囲に収まっており,ToEはまだ訪れていないようです。しかし,このような珍しいはずの現象が,時期は違えど3年連続で起こっているという事実はただの偶然で済まされるのでしょうか? 我々専門家が何かを見逃していないか?今後数年,日本の夏の気候から目が離せません。

タグ

関連書籍

ランキング

  1. Event Calender(イベントカレンダー)
  2. 岩波書店 ポッドキャスト ほんのタネ

国民的な[国語+百科]辞典の最新版!

広辞苑 第七版(普通版)

広辞苑 第七版(普通版)

新村 出 編

詳しくはこちら

キーワードから探す

記事一覧

閉じる