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【文庫解説】ジョン・スタインベック 作/青山南 訳『スタインベック短篇集 長くのびた盆地』

 ジョン・スタインベック(1902-68)が終生愛した故郷、カリフォルニア州のサリーナス盆地。本書は収録作のほとんどが、そのサリーナスを舞台としています。名品と名高く、鮮烈な印象をのこす「マム(西洋菊)」「朝めし」「殺人」や、牧場で馬とともに暮らす少年の成長を描き、映画にもなった「赤いポニー」ほか、緊密な、そして限りなく豊かな筆致で書かれた原書収録の13篇を、すべて収めました。以下、訳者の青山南さんによる「訳者あとがき」の一部を抜粋して掲載いたします。

 


 

 『長くのびた盆地(The Long Valley)』はジョン・スタインベック(一九〇二―一九六八年)が一九三三年あたりから一九三七年までに書いていた作品を集めた短篇集で、一九三八年に刊行された。本書はそれを全訳したものである。
 スタインベックがデビューしたのは一九二九年だが、本は出してもいっこうに注目されず、関心を集めるようになったのは一九三五年に刊行した『トルティーヤ・フラット』からである。そしてそれ以降、『はつかねずみと人間』(一九三七年)や『怒りの葡萄』(一九三九年)で評価が着々と高まっていった。
 本書は、つまり、作家として注目されるまでの、いわば格闘期に書かれていた作品群である。どのように書いていくのがいいか、いろいろなテーマやさまざまな手法が試みられている。収録されている一三篇にはその後のスタインベックの作品の魅力のエキスが詰まっているといえる。『ジョン・スタインベック事典』には「最良の短編集といってほぼ間違いない」とあるが、多くのアメリカ短篇アンソロジーにはこの短篇集から作品がいくつもよく選ばれる。「赤いポニー」などは、映画化されたことも加わって、単独の一冊としても愛されてきた。
 それぞれが独立した短篇ではあるが、ひとつの土地を舞台にしているという点が共通している。(中略)
 スタインベックの「土地」は西部カリフォルニア州のサリーナス・ヴァレーという実在の地で、スタインベックが生まれ育ったところでもあるその土地の風景を鮮やかなまでに具体的に描いていった。「長くのびた盆地」とは、そのサリーナス・ヴァレーのことである。(中略)
 『エデンの東』の冒頭を見てみよう。その地への熱い思いが噴出している。
 「サリーナス・ヴァレーは北カリフォルニアにある。長くのびた狭い低地で二つの山脈にはさまれていて、サリーナス川がその真ん中をくねくねとうねりながら流れ、最後はモントレー湾に注ぐ。
 わたしは、いろんな草や秘密の花を子どもの頃にどういう名前で呼んでいたか、覚えている。ヒキガエルがどこに住んでいるかも、夏の朝には鳥たちは何時に目覚めるかも――木々や季節の香りも――住民の顔つきや歩きかたや体臭すらも覚えている。においの記憶はとても豊かである。
 その盆地の東側にあるギャビラン山脈(マウンテンズ)は明るい楽しげな山々で、陽光と親しみにあふれて誘いかけてくるようなところがあったから、おもわずそのあったかい山麓を、まるで愛しい母親の膝に上りたくなるように上っていきたくなったのを覚えている。それは茶色い草の愛で手招きしてくる山々だった。いっぽう、西の空にそびえたつサンタ・ルシア山脈は盆地を、開けた海から遠ざけていて、黒くて不気味で――無愛想で危険だった。わたしはいつも西を恐がり、東を愛していた。どこからこんな考えが生まれてきたのかははっきり言えないが、朝はギャビラン山脈の頂からあらわれて、夜はサンタ・ルシアの峰から戻ってくるということだったのだろう。一日の誕生と死は、わたしの心のなかのどこかでは、この二つの山脈に関係していたのかもしれない。」
 本書を読むうえでおおいに役に立つ背景説明にもなっているだろう。

(全文は、本書『スタインベック短篇集 長くのびた盆地』をお読みください)

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