思想の言葉:均質空間を超える建築は可能か──原広司〈集落への旅〉が伝えること 伊東豊雄【『思想』2026年3月号 特集|原広司と〈集落〉】
【特集】原広司と〈集落〉
〈討議〉原広司と〈集落〉の思想
山本理顕・隈 研吾・吉見俊哉
空にむけて孔を穿つ,あるいは希望について
竹山 聖
7つのエピソード
──僕は七回原広司と出会った
宇野 求
原広司と集落建築の可能性
ケン・タダシ・オオシマ/田中厚子訳
イラク南部湿地帯
──葦葺き小屋から巡る時代
酒井啓子
普遍性と多様性
──原広司の空間の思想,そのいくつかの断面
若林幹夫
「これから」の建築
──原広司と大江健三郎
菊間晴子
原広司とのあいだ
塚本由晴
【追悼 石黒ひで】
石黒さんを悼んで
飯田 隆
タピエスと自然主義的誤謬
──石黒ひでさんへ
斎藤慶典
稀有な知性とライプニッツやルヌヴィエなど
──石黒ひでさんを偲んで
谷川多佳子
均質空間を超える建築は可能か
──原広司〈集落への旅〉が伝えること
かつて建築家・原広司は磯崎新との対談で、ミース・ファン・デル・ローエに関して、次のように語っている。
ライトやコルビュジエは、物と物との関係をまだ論じていたわけですよね。―近代では宇宙スペースがあって、その中で物が独自の関係を結ぶ、そういった構図があるわけね。それでミースは、非常に形而上学的な部分だと思うけれども、宇宙の座標系を建築化したんですね。それでライトとかコルビュジエはその関係のほうをやろうとしたと思うんですよ。だから建築の次元が違う。
ミースのほうは座標系建築だから、あとはどうでもいい、というとおかしいけれども、中の関係は適当に関係としてつくってくれと。
(『都市住宅』都市住宅セミナー〈近代建築入門〉一九七二年六月号、八三頁)
一九二一―二二年に描かれたミースのスカイスクレーパーのドローイングは、石や煉瓦でつくられた閉鎖的で暗い住宅群の間から垂直に伸び、透明な空間を示している。足下の住宅群の閉塞感に対し、抽象的で、明るい開放感を示してはいるが、原の指摘したような座標軸そのもの、つまりグリッド(立体格子)を想像させるものはない。確かに鉄とガラスで構成される高層ビルのイメージは描かれているのだが、平面図を見ると鋭角の外郭が随所に表現されていたり、小さな湾曲するラインの連続によって描かれていたりする。
当初ミースのイメージはグリッドを明確に表現した高層ビルではなく、外に向かって溶け出していく氷柱のような不定形な建築をイメージしていたように見える。
ミースが鉄とガラスでグリッドを明確に表現した高層ビルはシカゴの「レークショア・ドライブ・アパートメント」(一九五一)とニューヨークの「シーグラムビルディング」(一九五八)である。二棟の建築はいずれも透明度の高い均質なグリッドの空間を示してはいるが、高価な素材を用いて完結性の強い空間である。
ミースが均質空間の創造者と言われている所以であろうか。また、二つの建築の一方はオフィスであり、他方はアパートメントである。この事実は、均質なグリッドの空間がいかなる機能にも対応可能であることを実証しており、その結果「less is more」や「ユニバーサルスペース」という概念を生み出したのもミースと言わしめたのであろう。
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当時シカゴのループ(中心部)では、鉄とガラスによる高層ビルは既に実現されていた。コーリン・ロウはエッセイ「シカゴ・フレーム」の中で、ミースのスカイスクレーパーのイメージとループに建つ高層ビルを比較してその違いについて次のように述べている。前者は未来社会へのイデオロギーを象徴した提案であるのに対し、後者は投資家の要望に応えたプラグマティックな建築であるという(コーリン・ロウ『マニエリスムと近代建築』伊東豊雄・松永安光訳、彰国社、一九八一年、一四二―一四三頁)。
ユニバーサルスペース(無限定空間)とは普遍的人間のための普遍的空間である。それは、グリッドの幾何学によっていずれの方向にも開かれた空間であるはずである。しかしグリッドの境界は閉ざされることによってその土地独自の気候風土や歴史的環境とは無関係に、いかなる地域にも同じ人工環境の建築をつくり得る。さらにグリッド・システムの採用によって工業製品の使用も容易であるし、高層化にも適している。
今日鉄とガラスによって均質なグリッドを形成した高層ビルは、いずれもそれぞれの境界を閉ざして完結した姿を誇示しながら、世界の大都市を席巻している。ミースの実現した建築然りである。むしろ私は最初のドローイングに惹かれる。何故ならそれは、均質空間になる以前の、空中に溶け出していく空間を表現しているからである。当初ミースがイメージしていたのは、流動体としての空間であったのではないだろうか。ミースの最初期の作品「バルセロナ・パビリオン」(一九二九)には流動的な空間が明快に表現されていることから、当時の彼のイメージが理解される。
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原広司が研究室の学生達と集落調査に着手したのは、冒頭に述べたミース論を彼が語った一九七二年である。地中海周辺の集落を皮切りに、中南米、東欧から中東、イラク、インド、ネパール、西アフリカと八年間に亘って五回の調査を実施した。その報告書を読むと、数々のリスクに遭遇している。そうしたリスクを冒してまで原を調査に駆り立てた契機は一体何だったのか。
七〇年代初めは、日本でも新宿を中心に、高層ビルが林立し始めた時期である。新宿の高層ビルは、いずれも経済優先のプラグマティックな均質空間であった。
原が集落調査を思い立ったのは、この時既に、東京が理想なき均質空間に覆われることを予感し、豊かな自然に囲まれた集落に新たな建築の可能性を求めたかったからではないだろうか。
「人間は自然の部分であるから、集落は人間の構想力による自然の記録である」と原は言う(原広司『集落の教え一〇〇』彰国社、一九九八年、二〇九頁)。
或いはまた「集落を見てゆくと、そこに自然が照らし出されているということである。集落では、人々は、好むと好まざるとにかかわらず、自然と一体化して生きてゆかざるをえない。集落は、建築と自然との和合の表現である」(原広司『集落への旅』岩波新書、一九八七年、四頁)。
遭遇したさまざまな自然の中で、恐らく彼に最大の感動を与えたのは砂漠の風景であっただろう。彼はその感動を、次のような言葉で表現している。
「砂漠は、知的にできている。地球は、砂漠において宇宙とつながっている。はてしなく明るく透明で、有機体と情念を排除している。植物や樹木の欠如は、人間や生体の写しの欠如であり、五官を抜き去るはたらきがある」(前掲書、一八八頁)。
はてしなく明るく透明な砂漠の空間、それはミースの描いた、明るく透明なドローイングのイメージとどこかで通じているように感じられる。何故なら人や生命の気配の感じられない砂漠の透明さが、宇宙とつながる程の清浄さを感じさせるからであろうか。
砂漠ほど日本の自然から遠い風景はない。
そこで次々に起こる現象、かげろう(蜃気楼)や風によって瞬時に様相を変える自然の力、その変幻自在の砂漠に存在する集落に原が非現実性(フィクショナリティ)を感じたとしても不思議ではない。
彼の好む〈フィクショナリティ〉は近代主義建築において最も欠落している言葉である。近代主義建築は確実な事柄を明快に語ることを求めるからである。しかしそこには、物語性の発生する余地はない。
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集落への旅の成果は、八年後の「様相」という概念に集約されたように思う。
「様相」という概念は、一九八七年『機能から様相へ』と題され、岩波書店より刊行された。このタイトルからも察せられるように、「様相」は近代主義建築を支配する「機能」と対峙する概念である。
「様相」とは一言で言えば「状態」であると言う。即ち時間とともに変化する柔らかい空間である。
原は常々自然現象、雪、霧、かすみ、虹、蜃気楼などの現象を建築にしたいと語ってきた。従って「集落の教え」からも現象としての建築の断片を垣間見ることは出来る。
近代主義の建築が注目しなかった曖昧性こそがこれからの建築で考えるべき要素である、と原は指摘したかったのであろう。
彼は近代(主義)建築と現代建築のあるべき相違を次のように要約している。
近代建築 | 機能―身体―機械
現代建築 | 様相―意識―エレクトロニクス装置
(原広司『空間〈機能から様相へ〉』岩波現代文庫、二〇〇七年、二六〇頁)
確かに二〇世紀は自然科学思想、機械主義思想に基づいて物事を明確に細分化し、それによって最適解が得られると信じられていた。それが建築における機能概念を生み出し、コルビュジエに〈住宅は住むための機械である〉と言わしめたのである。
しかしコルの後期の建築は大地に根を張ったような、自然と結ばれた豊かさに溢れているし、今日の建築や都市も「機能」によって明確に分かれているとは考えられない。
原は現代建築の特質として機械に対してエレクトロニクス装置を対比させている。現代のエレクトロニクス装置と言えばコンピュータやモバイルフォンであるが、その技術革新は日進月歩である。こうした技術の進化によって、我々の身体感覚は日々変化しつつある。
かつて私は、現代の人々は二つの水によって世界と結ばれている、と述べた。一つは言うまでもなく、フィジカルな水であり、他の一つは情報のネットワークという不可視な水である。不可視な水も流動的であり、機能をはるかに超越した多様な情報の流れによって成り立っている。
これら二つの水は、原が対比させたフィジカルな身体とヴァーチャルな身体(意識)に対応しているが、近年の情報機器の進化はヴァーチャルな身体の大幅な拡張をもたらしているように感じられる。それによって均質空間は変化するのであろうか。
確実に言えるのは、人々は定められたオフィスの中だけで働かなくても仕事ができるようになりつつあるし、また住む場所を変えることも容易になりつつある、という事実である。この傾向がさらに進めば、人々は均質空間に閉じ込められることなく、外界の自然と接しながら働いたり、住むことが可能になるであろう。
そう考えると、均質空間はグローバルな経済が世界を支配する限り、つくられ続けるとは思われるが、より多様で創造的な空間が生まれることも期待できるのではないか。
均質空間からの逸脱を実現するためには、人工環境に頼らない住まい方や働き方を考える必要がある。しかし現代の技術は均質空間の強化、即ち人工環境の性能アップのために境界を明確にして閉ざしていく方向にのみ執心している。
「様相」の建築を実現するためには、逆に境界を曖昧にして、建築と自然の距離を近づけることが不可欠である。その時、建築は、原が訪れた集落のように、自然と触れ合うことによってさまざまな物語を生み出しうるかもしれない。それはミースが当初のドローイングで描いたような、空中に溶け出していく軟らかい建築のイメージとも重なるのではないだろうか。




