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『科学』10月号 【特集】再エネ:地域社会の再生へ

◇目次◇

再生可能エネルギーがもたらす便益とは……安田 陽
再エネが農山村地域にもたらす経済的な力……中山琢夫
地域を元気にする再エネ――長野県の例から……田中信一郎
再生可能エネルギーの導入と地域の合意形成――課題と実践……丸山康司
地域で太陽光発電を進めるために地域トラブル事例から学ぶ……山下紀明
ドイツの風力発電を支える計画制度……千葉恒久
再生可能エネルギー普及に,なぜ,いまゾーニングが必要か?……市川大悟
 
 
社会の危機に備える――「想定」「記録」「警戒」……吉川肇子
曲解された UNSCEAR レポート その 2――様々な誤読を呼ぶ 2013 年福島レポート……井田真人
  
[新連載]
手紙がひらく物理学史〈1〉長岡半太郎に宛てられたローレンツの書簡を読み解く……有賀暢迪
[連載]
幻獣遊学〈10〉天界で舞い,音楽を奏でるキンナラ……大村次郷
これは「復興」ですか?〈19〉「誰が維持管理をするのよ」……豊田直巳
広辞苑を3倍楽しむ〈108〉 ヒッタイトの豹……松村公仁
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈202〉DNAのメチル化を利用したチンパンジーの年齢推定……村山美穂
3.11以後の科学リテラシー〈70〉……牧野淳一郎
失われゆく原子力発電の正当性と将来性〈12〉原子力発電技術が日本の安全保障の一翼を担っているという不愉快な戯言(4)――原爆の製作を「お茶の子さいさい」だと考えている人たちへ(続・続)……佐藤 暁
続・腸内細菌に聞け!――メタボと老化を腸から考える〈4〉老いをもたらすもの……小澤祥司
 
[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 地理学・地理教育と持続可能な開発――「地理総合」で育てる地理的な“態度と価値観”とは……川瀬久美子
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 トリチウムのデータを説明しない東電とタンクの議論をしないエネ庁……木野龍逸
 
今月の表紙掲載記事について
福島第一・汚染水をめぐる議論→連載「3.11以後の科学リテラシー」およびコラム「東京電力原発事故の情報公開」参照
 
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 飯箸 薫
 

◇巻頭エッセイ◇

再生可能エネルギーをめぐる見えない障壁
安田 陽(やすだ よう 京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座特任教授)
 
 些か個人的なことから始めたいと思います.筆者は2年前に現職に着く前までは別の大学でずっと20年以上,電力工学の研究者として電気系の学科に所属していました.2年前,ご縁があって経済学の分野に転身しましたが,50歳になって「文転」(人文科学系への転身)は珍しいらしく,多くの方から驚きと感嘆と心配のお言葉をいただきました.個人的には,自分の興味あることを追いかけていったら単にこうなった,というくらいの気持ちなのですが,日本では学問の世界でも流動性はまだまだそれほど高くないらしく,分野横断や分野転向は圧倒的少数派なのかもしれません.
 
 思えば,「文系」と「理系」という用語自体,日本語で不思議な使われ方をする言葉で,例えば「僕は文系人間だから」とか「理系的思考回路のやつは」という表現は英語に直訳しても欧米の人には何のことやらさっぱり理解できません.なぜなら,文系や理系は単に大学時代の主専攻を表すにすぎず,多くの人が気軽に学科や分野を変え,場合によっては複数の学士や学位を持っているからです.日本では,「文系」「理系」という呪詛のような言葉で自らの思考回路や行動範囲を束縛しているかのような考え方が当たり前になっているのかもしれません.
 
 筆者はこれまで約20年風力発電の研究に携わってきて,日本で風力発電を始めとする再生可能エネルギーがまだまだなかなか導入されないのはなぜか?をずっと考えてきました.その答えの一つに出会ったのが約10年前で,欧州の専門家会合に出席した時のことでした.その当時,欧州でも再生可能エネルギー(特に風力)の系統連系(電力システムに接続すること)が問題になっており,さまざまな科学的知見や調査の結果,「電力系統に連系できる風力発電の量を決めるのは,技術的・実務的制約よりも,むしろ経済的・法制的枠組みである」(傍点筆者)ということが明らかになってきていました.
 
 国際専門家会合に参加するメンバーはいずれも電力や風力の専門家で,日本で言えばいわゆる「理系」と呼ばれる人々ですが,彼ら・彼女らは必要があれば経済でも政策でも何の分野でも当たり前のように取り上げ,議論をします.筆者もそのような雰囲気の中で学び多くの人に助けられながら,興味の趣くまま分野の選り好みをせず必要と思う情報を集めています.
 
 それから10年,欧州では着実に再生可能エネルギーの導入が進み,もはや基幹電源の地位を確立しつつあります.一方,日本ではまだ再エネの接続には蓄電池や水素が必要などとあたかも技術的障壁があるかのような議論に矮小化されています.理工系の研究者や技術者は経済や政策に関心を持たず,人文科学系の研究者は細かい数式や理論が登場すると敬遠する……,という見えない障壁が両分野の間にあるようです.
本誌『科学』はその名の通り,自然科学(技術を含む)と人文科学の両者の間に位置し,両者をつなぐ役割をする日本で数少ない議論の場です.そのような場で,今回,「再生可能エネルギーの便益」という工学用語と経済学用語がセットになった(そしてさらに地域分散型やエネルギー自治をスコープにした)テーマで特集が組まれ,筆者もその一翼を担うことができるのは望外の喜びです.日本の多くの方が,理系だ文系だという本来ないはずの見えない障壁を乗り越えてこそ,再生可能エネルギーの参入障壁が解消されるのではないかと考えています.

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