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『図書』12月号 【試し読み】吉見俊哉

◇目次◇

〈読む人・書く人・作る人〉「トランプのアメリカ」と『リチャード三世』……吉見俊哉
夕陽妄語Närrische Gedanken am Abend……ソーニャ・カトー
精文館と児童誌『カシコイ』を探して (下)……行司千絵
豆本作家、松平定信……一戸渉
源氏物語・小考……熊野純彦
すいかの思い出……斎藤真理子
〈カサ・ポスケ通信1〉アンジェリーナ・ジョリーという名の羊……新井 満
〈ルビンのツボ⑱ 最終回〉主観と客観……齋藤亜矢
〈お肴歳時記 第3回〉歳暮の滋味……辰巳芳子
〈さだの辞書⑫〉スパイ・料亭・侠客……さだまさし
〈二度読んだ本を、三度読む⑮〉小説の起源ーープラトン『ソクラテスの弁明』……柳 広司
〈大きな字で書くこと〉森嶋通夫……加藤典洋
〈漢字の植物園in広辞苑②〉一二月、寒さの中の楽しみ……円満字二郎
〈風土記博物誌⑪〉動く神、歩く人、作られる道……三浦佑之
〈ミンネのかけら⑭〉東京ではじめて会ったヤンソンは、「してやったり」とばかりに笑った。……冨原眞弓
 
十二月の新刊案内

(表紙=司修)
(カット=松下好)
 

◇読む人・書く人・作る人◇

「トランプのアメリカ」と『リチャード三世』
  吉見俊哉
 
 昨秋から今夏にかけ、ハーバード大で教えるために滞米した経験を基に『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)を上梓した。その献辞に使ったのが、シェイクスピアの『リチャード三世』第1幕第1場のセリフである。なぜ、現代アメリカとシェイクスピアが結びつくのか。教えてくれたのは、ニュー・ヒストリシズムの泰斗スティーブン・グリーンブラットの最新作『暴君』(二〇一八年刊)だった。彼は同書で、シェイクスピアが暴君たちをいかに描いたかをスリリングに分析した。論じられているのは四〇〇年前の劇作だが、読み進めば著者が明らかに「トランプのアメリカ」を論じているのが透けてくる。
 刺激されて、自著に一節を引くことにした。当然、リチャード三世のセリフも引用する。そこで使う訳を選ぼうと、坪内逍遥から福田恆存、小田島雄志、近年の松岡和子や河合祥一郎までの訳文を比較したら、この作業に思わずハマってしまった。
 驚いたのは、原文は全く同じでも、邦訳は訳語や語調が微妙に違い、醸し出される雰囲気がすっかり異なることだ。それぞれ翻訳時の時代状況や発声法、演劇観の変化が如実に反映されている。坪内訳が歌舞伎の世界を内在させた名訳なのにも驚いた。使用した大山俊一訳が政治運動の盛んだった時代を感じさせる一方、小田島訳は徹底した口語の世界で文化の時代への変化が生じていた。専門家ならこれらは大論文のテーマになる。
 トランプ問題から近代日本の言語観の変化まで、「同時代人」(ヤン・コット)としてのシェイクスピアが反射して見せる世界は果てしなく大きい。
(よしみ しゅんや・文化社会学)
 

◇こぼればなし◇

 小社の二〇一八年は、一〇年ぶりに改訂された広辞苑第七版を一月に刊行したほか、岩波新書が創刊八〇年を迎えた年でもありました。それにあわせて本誌も一月号では広辞苑特集を組み、一〇月には新書を特集した臨時増刊号を用意しました。手前味噌をならべますと、いずれの号も好評をいただいているようです。小社の二〇一八年は、一〇年ぶりに改訂された広辞苑第七版を一月に刊行したほか、岩波新書が創刊八〇年を迎えた年でもありました。それにあわせて本誌も一月号では広辞苑特集を組み、一〇月には新書を特集した臨時増刊号を用意しました。手前味噌をならべますと、いずれの号も好評をいただいているようです。

 昨年は岩波文庫創刊九〇年の年でしたが、一口に九〇年、八〇年、(広辞苑なら一九五五年の刊行から)六三年、と言いますが、その歳月をあらためて想像してみますと気の遠くなるような時間です。この間、このような出版活動を小社が継続してこられた幸運を考えますと、お力添えくださった著者の方々、そして読者のみなさまのご支援に思いを致さずにはいられません。
 
 一年の終わりに、うれしい報せもありました。三月に刊行された渡部泰明さんの『中世和歌史論――様式と方法』が第四〇回角川源義賞を文学研究部門で、四月刊の佐藤卓己さん『ファシスト的公共性――総力戦体制のメディア学』が第七二回毎日出版文化賞を人文・社会部門で受賞。さらに、三月刊行の島田英明さん『歴史と永遠――江戸後期の思想水脈』、昨年一二月に刊行された山本芳久さんの『トマス・アクィナス――理性と神秘』の二冊が、ともに第四〇回サントリー学芸賞を思想・歴史部門で受賞されました。
 
 著者の方々の歓びは一入だと推察されますが、その公刊に携わることのできた出版社にとっても受賞は大きな歓びです。選考委員の方々に高く評価されたこの四冊。これを機に、多くのみなさまに手にとっていただければと思います。
 
 来年は、岩波ジュニア新書が創刊四〇年を、そして岩波ブックレットが創刊一〇〇〇点を迎えます。それぞれ記念イヤーにむけて鋭意準備中です。新しい年の小社の活動にもご期待ください。
 
 さて。列島の一年をふりかえってみますと、やはりことしも記録的な暑さや巨大地震、記録的な台風といった自然災害が、各地で猛威をふるった年でした。本欄でもたびたびふれてまいりましたが、被害に遭われたみなさまには、あらためて心よりお見舞い申し上げます。
 
 生活再建の途上で年末を、そして新年を迎えられる方々もいらっしゃることと思います。来たる年は、被害に遭われたみなさまが日常を取りもどし、だれもが平穏に過ごせる一年になることを切に願っております。
 
 本号で齋藤亜矢さんの連載が終了し、新井満さんの「カサ・ボスケ通信」がスタートです。北海道から通信が届くのは、年四回。おたのしみに。
 
 新しい年も、多くみなさまにたのしんでいただけるエッセイを提供してまいります。ひきつづき本誌をご愛読くださいますよう、お願いいたします。みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

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