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『科学』2月号 【特集】PD-1抗体治療への道

◆目次◆

【特集】 PD−1抗体治療への道【特集】 PD−1抗体治療への道がんは治る――第1章 革新的がん免疫療法の誕生[再録]……本庶 佑PD─1研究の歴史と今後の展望……岡崎 拓PD─1はどこから来たのか? PD─1は何者か?PD─1はどこへ行くのか?……石田靖雅衝撃をうけた抗PD─1抗体の効き目:いま世界でもっとも注目を集める治療法[再録]……北野滋久
[ノーベル物理学賞2018]Gérard A. Mourou博士とチャープパルス増幅法――2018年ノーベル物理学賞受賞を祝して……渡部俊太郎・鍋川康夫・板谷治郎・小林洋平アシュキン博士が開拓した光ピンセットとその科学……東海林竜也・坪井泰之
[ノーベル化学賞2018]進化分子工学:分子設計ツールとしての進化……宮崎健太郎

巻頭エッセイ 学問の新たなフィールドを開いたノーベル賞研究――思い出とともに……湊 長博

住民に背を向けたガラスバッジ論文――7つの倫理違反で住民を裏切る論文は政策の根拠となり得ない……黒川眞一・島 明美
巨大衝突クレーターの掘削――恐竜絶滅の謎に挑む……佐藤峰南・後藤和久・山口耕生・富岡尚敬

[連載]葬られた津波対策をたどって〈2〉……島崎邦彦「米」遊学〈2〉 鶏肉の炊き込みごはん「プラオ」……大村次郷これは「復興」ですか?〈23〉新築ラッシュ……豊田直巳3.11以後の科学リテラシー〈74〉……牧野淳一郎ちびっこチンパンジーから広がる世界〈206〉「ゼロ」グラビティから考える:宇宙認知科学への展望……友永雅己手紙がひらく物理学史〈5〉仁科芳雄とボーアの相補性原理……有賀暢迪失われゆく原子力発電の正当性と将来性〈15〉原子力発電技術が日本の安全保障の一翼を担っているという不愉快な戯言(7)――「空から死が舞い降り……」……佐藤 暁

[科学通信]〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 アジアダストと環境レジームシフトに関する国際共同研究拠点の構築……甲斐憲次〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 砂上の係数――崩れた被ばく防護政策の根拠……木野龍逸

今月の表紙次号予告

---------表紙=盛田亜耶 「祈りの手」 2016年 44.5×35.5cm 切り絵,アクリル絵具 photo by Ken KATO, courtesy of gallery ART UNLIMITED表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人

 

◆巻頭エッセイ◆

学問の新たなフィールドを開いたノーベル賞研究――思い出とともに

湊 長博(みなと ながひろ 京都大学理事・副学長)

 本庶佑氏のノーベル賞レクチャーについて,ノーベル委員長のトーマス・パールマン氏から,「非常にインプレッシブで委員会でも多くの人が話題にしており,近年のワン・オブ・ベストだ」という電子メールが届いている.レクチャーは,生命進化のなかに獲得免疫を位置づけるところから説き起こされた包括的で見事な講演だった.授賞式では,スウェーデン国王が本庶氏にメダルを手渡し握手されたが,その時間が心なしか長く続いたような気がした.それを見ていた本庶研究室門下の研究者や私も,思わず暗がりで互いに手を握りあった.

 PD-1抗体を用いた治療は,生体が本来もつがんへの抵抗性を顕現させる.免疫制御による「自力本願」的方法が,迂遠なようで非常に大きな効果をもたらすことが明らかになった.専らがん細胞を標的としてきた従来の治療法から見れば,大きなパラダイム・シフトである.
 激しい議論を交わしてきた20年以上の共同研究を振り返ると,ついにここまできたかと感慨深い.本庶氏は,免疫系の遺伝子組換えとクラススイッチの研究で,すでにノーベル賞級の業績を挙げてきた.本庶氏が発見した多数の免疫系分子のなかで,一見「一番目のなさそうな」PD-1研究を続けてきたのは,当初から何かひっかかるものがあったからだろう.

 発見当初,PD-1とがんの関係など想定もされていなかった.「論文になりやすさ」を基準に資金と人を導入するのが常とすれば,機能不明の分子発見の論文のみでPD-1研究は途絶えてもおかしくなかった.しかし,PD-1を同定した石田靖雅氏は研究を続けたがったし,本庶氏もそれを続けさせた.
 とはいえ,研究は一本道では進まない.PD-1遺伝子を破壊したネズミ(ノックアウト・マウス)での表現系解析が次のステップだったが,苦労して作ったノックアウト・マウスにも目立った異常がみられない.再びPD-1研究途絶の危機を迎えるが,本庶氏には捨てがたいという感覚があったのだろう,あきらめずに調べたいということで,私の研究室との共同研究が始まった.

 京都大学は,生理学・医学部門で本庶佑氏と山中伸弥氏の2人のノーベル賞研究者を擁することになった.いずれの業績も,その臨床応用の社会的意義が大きいことは言うまでもない.しかし同時に2人の研究に共通するのは,各研究領域に与えた大きなインパクトである.
 山中氏の研究は,不可逆的と思われてきた哺乳動物の初期発生・幹細胞研究を刷新したし,本庶氏の研究を契機に,免疫系が生体のなかで果たしている役割への視野が一気に広がった.腸内細菌を介した中枢神経系や行動異常の研究も進んでおり,免疫系の働きは,神経・内分泌・エネルギー代謝などを通じて,老化研究にまで波及している.新たなフィールドが開かれたのである.

 京都大学では,本庶氏の強い意志を受けてノーベル賞賞金を基礎に本庶佑有志基金を設立した.広く社会から寄付を募るとともに,製薬会社からのロイヤルティーの主な受け皿として拡大していくことになろう.大学の本務である人材育成のために,若手研究者の支援と研究環境整備に充てていく予定である.支援をうけた若手研究者が思う存分活躍し新しい科学を切り開いていくことは,人々の生活と健康のみならず,基礎研究の成果を基に展開される企業活動全体の長期的利益にもかなうはずである.この基金の成功が良いモデルとなるよう,企業の積極的な協力を期待している.
 
 

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