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『科学』6月号 【特集】”消される“原発事故

◆目次◆

【特集】 “消される”原発事故 放射線副読本・除染土壌・甲状腺がん
紙面が“除染”された「放射線副読本」――削除された「汚染」「子どもの被ばく感受性」「LNTモデル」……後藤 忍
二重基準の上にある放射能汚染土の再利用戦略――解消に向けた法改正を……まさのあつこ
甲状腺がんをめぐる歪みの連環――IARC国際専門家グループ「TM-NUC」報告書・提言とは何か……平沼百合
3.11以後の科学リテラシー78……牧野淳一郎
  
巻頭エッセイ 
 
[鼎談]崩れる“科学の条件”(2):印象操作を超えていく気づきの広がりを……上西充子・影浦 峡・黒川眞一
 
[連載]
葬られた津波対策をたどって〈6〉……島崎邦彦
「米」遊学〈6〉 笹粽のような食感のロントン……大村次郷
これは「復興」ですか?〈27〉 大熊町新庁舎開庁……豊田直巳
利他の惑星・地球[生命編]〈3〉 〈自己解体〉という進化戦略……大橋 力
ちびっこチンパンジーから広がる世界〈210〉 アメリカに渡ったニホンザル……平田 聡
手紙がひらく物理学史〈9〉 ローレンスと嵯峨根遼吉,そして加速器実験の新時代……有賀暢迪
 
[科学通信]
〈リレーエッセイ〉地球を俯瞰する自然地理学 地形のフィールドワークからネパールの大地震を読む……熊原康博
〈コラム〉東京電力原発事故の情報公開 “スピード感”だけで置き去りにされた品質管理……木野龍逸
宮崎早野論文批判補遺(1)……黒川眞一・谷本 溶
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表紙=盛田亜耶 「アダムの創造」2016年より作品右側 48.5×92.0cm 切り絵,アクリル絵具
photo by Ken KATO, courtesy of gallery ART UNLIMITED
表紙デザイン=佐藤篤司 本文イラスト=山下正人 連載「利他の惑星・地球」タイトル・デザイン=木下勝弘 目次・特集画像出典=東京電力ホールディングス
 

◆巻頭エッセイ◆

天文学と軍事研究:2年の議論を経た学会声明とこれから
柴田一成(しばた かずなり 京都大学教授、日本天文学会会長(2019年6月まで))
 
 2019年3月15日,日本天文学会は「天文学と安全保障の関わりについて」と題した以下のような声明を発表した(背景の説明と補足については http://www.asj.or.jp/news/190315.pdf を参照).
 
 ・日本天文学会は,宇宙・天文に関する真理の探究を目的として設立されたものであり,人類の安全や平和を脅かすことにつながる研究や活動は行わない.
 ・日本天文学会は,科学に携わる者としての社会的責任を自覚し,天文学の研究・教育・普及,さらには国際共同研究・交流などを通じて,人類の安全や平和に貢献する.
 
 当たり前のことしか書いてない,と思われる方もおられよう.天文学会はなぜこのような声明を発表したのか? きっかけは,学術会議が2017年3月に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表したことによる.この学術会議声明は,2015年に防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」という研究費支援制度を開始したことに関して,「問題が多い」として,「大学等の各研究機関は,(中略),軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について,その適切性を目的,方法,応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである.学協会において,それぞれの学術分野の性格に応じて,ガイドライン等を設定することも求められる.」と述べた.この声明に応えるべく,天文学会は2017年6月以来,議論を開始し,2年弱の議論を経て,ようやくたどりついた合意点が上記の声明だったのである.
 
 この間の議論を経てわかったことは,いわゆる軍事研究に関しては様々な幅広い意見があること,特に年齢によって考え方は大きく異なる,ということであった.天文学会で,防衛装備庁の研究費制度そのものに関する賛否のアンケート調査を実施したところ(2018年10月),全体では賛成が46%,反対が54%とわずかに反対が多かったのだが,20代では賛成が68%もあった.驚いたのは,年齢が10歳増えるごとに,賛成が4〜16%ずつくらい単調に減っていく結果になったことである.70代では賛成はわずか19%だった.多くの若手が賛成した理由の一つは,基盤的研究費が減少している中で,防衛装備庁の研究費制度は大変助かる,というものであった.このように世代により考え方が大きく異なっていた.
 
 もともと天文学は最先端の技術を活用して発展したきたので,実は軍事研究と深いつながりがある.ガリレオの望遠鏡でさえも,軍事技術からの転用だった.軍事研究につながる研究を否定したら,ほとんどの天文学研究が否定される.こう考える研究者もいて,学術会議声明への反発の声もあった.このように本問題に対する幅広い意見があり,学術会議や天文学会執行部に対する批判もあって,声明をまとめる過程は困難をきわめた.その結果,天文学会としてぎりぎり許容された声明が上記の声明だったのである.
 
 しかしながら,いかなる意見であるにせよ,天文学会年会での議論が自由闊達になされたことに,私は将来に対する光明を見た.今の日本では自由な意見を言いにくい空気が漂っている.沈黙は金なり,空気を読めと忖度が大はやりである.そのような中で未来を担う若者たちがどのような意見であれ,自由に生き生きと議論してくれたのは,大変嬉しいことであった.そしてまた,今後も議論を継続していく決意を示してくれた.上記の声明はその自由な議論の産物,象徴であり,未来への出発点なのだ.

   

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